第13話 不穏な気配
文字数 3,678文字
揃って、聖都に訪れた時とは違う様相。ネレイドは漆黒に赤い紋様が刻まれた、ドレスとも戦装束とも形容しがたい衣装――レヴァ・ワンを纏い、どこか思いつめた表情。
一方、ピエールは一目で戦士とわかる鎧姿。簡素な服装で今のネレイドと並んで歩くと、悪目立ちするので着がえさせられていた。
もっとも、こちらは上機嫌である。
剣、盾、鎧とどれも自分には縁がないと思っていた装備の数々を身に付けられて、少年の心は満たされていた。
「しかし、武具の素材も変わったんですね。ペドフィ君の時代よりも軽くて、丈夫で、煌びやかなんて」
昨夜に引き続き、羽虫形態の二代目はピエールの右肩に乗って質問する。
「これはどうやって作っているんですか?」
「さぁ? 鍛冶の秘密は絶対らしく、職人以外は知らないと思いますよ」
「へ~、どれどれ」
興味を引かれてか、初代もピエールの右肩に乗る。
「……なるほどね」
「まさか、先代にわかるんですか?」
二代目の口調は完全に馬鹿にしていた。
「推測はできる。この装備の持ち主は、聖都にあれだけでかい屋敷を持っていたからな」
「それが何か関係あるんですか?」
ピエールが質問する。
「おまえが言ったんだろ? 今の世の中は平和だって。となればその装備は観賞用か、単に珍しい材質で作られている可能性が高い。もし前者ならオレにもわからないが、後者なら心当たりがある」
言いながら、初代は鎧の材質を確かめる。ただ、未だ手がないので頬や口を付けて――見ていて、ピエールは気持ち悪かった。
「この感触、オレが犯した魔物の中にいた」
更に、気色の悪い発言。
「やたらと硬い割に、剥がすのは簡単だったのを覚えている。その下の皮膚の柔らかさもな」
聞かされたピエールは、今すぐ鎧を脱ぎたくなる。
「まっ、これはしっかりと接着されてるみたいだから……そう簡単に剥がれはしないだろう」
安心しろ、と言われるもぜんぜん耳に入らなかった。そもそも、実践経験のないピエールには思いつきもしない心配であった。
武具を身に付けているものの、少年は自分が戦うとは微塵も思っていない。
そして、少女もまた――
「――止まれ」
急に、初代が命令した。今まで聞いたこともないような抑揚――言葉の意味を理解するまでもなく、ネレイドとピエールの足が止まる。
「どうか、したんですか?」
怯えながらピエールが訊くと、
「おまえら、死体を見たことあるか?」
反対に質問をされてしまった。
「死体……ですか? 何回かなら、ありますけど……」
ピエールが言い、ネレイドも頷く。
「あぁ、そうか。オレの訊き方が悪かったな。言い直す。おまえら、無残に殺された――いや、散らかった死体を見たことあるか?」
今度は二人揃って、首を横に振る。ぎこちなく、壊れた人形のように。
「たぶんだが、この先にそれが待っているから覚悟しとけ」
一行が進むのは村から町、町から街。そして都へと繋ぐ、整備された大きな道。森を切り開いて作られた、ネレイドとピエールにとっては馴染みのある風景。
「サディールは先導して、危険があれば知らせろ。ペドフィ、いざという時はおまえが使ってでも守れ。そしてネレイド――」
名前で呼ばれて、ネレイドは身を固くする。
「何が起ころうとも、目だけは背けるなよ」
打って変わって、優しい声。
最後に初代はピエールを見て、
「頼んだぞ、ピエール」
漠然としたお願いをすると、ひらひらとネレイドの手に飛んでいき――剣へと転じた。
見慣れた、神剣レヴァ・ワン。
ただ、長さと大きさは抑えられて、少女の身体に適切な形態を取っていた。
「では、行きますよ。私が何も言わない限りは、普通に進んでください」
少年少女の気持ちなど露知らず、サディールは飛び立った。
『とりあえず、歩け。ここで立ち止まっていても、仕方ないだろう?』
ペドフィに促され、ネレイドは足を動かす。それを見て、ピエールも続く。少女の背中を守るというわけでなく、単に状況に付いていけず流されて。
「これはまた、派手に散らかしましたね」
先導するサディールは散乱した死体を検分して呟いた。
それでも、後続に何も伝えなかった。既に死体があることは言っていたので、わざわざ繰り返す必要もないだろうと判断したからだ。
けど、それは失敗だった。
ここまできてなお、ネレイドとピエールには覚悟が足りてなかった。初代の言い分を疑ったわけではないが、信じ切れてもいなかった。
いや、想像力が致命的に欠けていたというべきか。死体を見つけるなり、ネレイドもピエールも駄目になった。
揃って悲鳴をあげ、身体を竦ませる。
『落ちつけ! 眼を開けて、呼吸を整えるんだ』
頭に直接響く、ペドフィの言葉も届かない。ネレイドは現実を直視できず、その場に蹲って嘔吐する。
ピエールは嘔吐こそしなかったものの、その場にへたり込んで蹲ってしまった。
「やれやれ……。もし、これをやったモノが近くにいたら、最悪ですね」
二代目は呆れながらも、死体を見続けていた。
「どうだ、サディール」
剣の赤い紋様が輝き、初代の声。
「魔物の仕業にしては、殺し方に念が入り過ぎています。全員が頭を潰されて、女に限っては腹まで裂かれていますよ」
数にして、およそ百。死体の散らばりようからして、大勢に襲われて短時間で殺されたと推測できる。
それでいて、殺し方が揃っているのがサディールは引っかかるようだった。
「明らかに、死んだ人間の頭も潰している」
「頭を潰したのは確実に殺したかったから、女の胎を裂いたのは子供がいる可能性を考慮してってとこか」
どういう思考回路をしているのか、先代はあっさりと答えを出した。
「……理解できません」
「首と胴体を切り離しても、心臓を潰しても死なない魔物はいる。けど、そいつらにとってそれは当然のことだから、自分たちが特殊だとは思っていない。ただ、それだけのことさ」
「つまり、自分たちを殺すように人間を殺したと?」
「たぶんな」
あまりに軽い口調に、サディールは改めて思い知る。
やはり、先代と自分は違うと。
ネレイドやピエールほどではないが、サディールもこの光景を見て、酷いと思っている。
けど、レイピストは違う。彼に言わせれば、これは惨殺でも虐殺でもなく、ただ殺しただけに過ぎないようだ。
「それは違うと思う」
ネレイドの声だが、発したのはペドフィだった。
「そういった魔物はおれが駆逐している。残っているとしたら、人間に擬態できる魔族くらいのはずだ」
「なら、単に人間の顔が憎かったんだろうな。あいつらは個人の区別が付かないから、人間の全てがオレに見えたのかもしらん」
逆もまたしかり。
人間から見れば、魔族はどれも似たように見える。
「そうなると、やはりレイピストへの復讐が目的か……」
「おや? ペドフィ君も違う可能性を考えていたんですか?」
「あん?」
先代だけがその可能性を疑っていなかったのか、怪訝な声。
「さすがに時が流れすぎている。いくら長命の魔族といえど、個人をそこまで憎んでいられるものかは疑問だ」
「まぁ、先代は些か特殊ですからね。それに私も結構やらかしましたし、ペドフィ君に至っては彼らを住処から追い出している」
「それはそうだが、問題なのは数だ。聖都カギはレヴァ・ワンの暴走があるとして――」
「――そこに至るまでの街は魔族たちが自力で攻略している、点ですね」
いったい、それほどの数の魔族が何処に潜んでいたのか。
「聖都カギが今も世界の中心を謳っているとしたら、落とされた街や村は十は超えるはずでしょう」
ピエールに質問しようにも、彼は未だに蹲っていて、話せる状態ではなさそうだった。
「やはり、お嬢さんは気を失ったんですか?」
「あぁ、やはりこいつは駄目だ。このままじゃ、レヴァ・ワンに喰われてしまう」
ペドフィは心配するも、
「あと数日もしたら、答えは出るだろう」
初代はばっさりと切った。
「状況からして、おそらくこいつの家族や村の人間も殺されているはずだ。それを見てどうするか。その時、すべてが決まる」
「……あんたはっ!」
自分の過去を思い出して、ペドフィは声を荒げる。少女の声色でありながらも、他者を圧倒するほどの怒声。
「ん? 待てよ、もしかすると……」
ただ、剣の形を取った初代には効果がなかった。言い淀むどころか、まったく別のことを考えている始末。
「おい、死体の頭まで潰された理由がわかったぞ」
案の定、ペドフィの怒りを受け流して、初代は自分の推測を説明し始めた。