第72話 進化の行きつく先

文字数 3,364文字

 野生における種の頂点は翼を持つ大型の鳥である。
 鋭い爪とくちばしを持ち、安全圏から獲物を狙い定め――死角から急襲。鳥といえど、人間の子供くらいなら楽に掴んで飛ぶ力を持っている。

 もっとも、食物連鎖の頂点だからといって最強というわけではない。
 ただ、負けないというだけ。
 隙が少なく、狙う相手を見極めているからこそ、その頂きにいるだけに過ぎなかった。

 それは魔物においても変わらない。

 安全圏を確保しやすい翼あるモノたちが有利な一方で、地を這うモノたちは常に危険と隣り合わせ。地面からも狙うモノはいるし、身を隠せる木々や草むらなど、僅かな隙間にも敵は潜んでいる。

 結果、最強の魔物は地上において生まれた。

 しかし、最強と呼べる個体が生きていられる時間はそう長くはない。起伏に乏しい、狭い世界では尚更である。
 またどれだけ移動に特化しようとも、平地では翼を持つモノに及ばない。となると、身を守る方向に進化していく他なかった。

 その内の一つが、既にネレイドによって殺された柔らかい不定形である。

 重くて柔らかい特殊装甲を持つことで、天敵を無くす。が、相対的に鈍重となってしまい、狭い世界では捕食に苦労する羽目となる。
 似たようなタイプで、硬い装甲を持つモノもいた。

 だが、その両タイプとはまったく異なる進化を辿った魔物もいる。

「気を付けろよ、嬢ちゃん。そろそろ、この世界の王者が出てくるぞ」
 初代が忠告する。

「なんですか、それ?」
 空を飛ぶ魔物を誘う為に、ネレイドは地上で戦っていた。邪魔をされないよう地面を広範囲に破壊して、窪んだ大地の上で待ち構える。

「大半の天敵だ。だから常に警戒されて、まともに食べることにすら苦労する羽目となった難儀な奴らだよ」
 
 大剣の切っ先を地面に刺し、座り込んでいると空から羽ばたく無数の音。
 罠を仕かけるような種はこの狭い世界にはまだ誕生していないのか、馬鹿みたいに引っかかってくれた。

「けど、この状況なら話は別だ。レヴァ・ワンと嬢ちゃんの所為で、どいつもまともな判断できなくなっていやがる」
 
 ネレイドは大剣を蹴り倒して、座ったまま持ち手を掴む。

「――落ちろ!」
 
 剣の腹で地面を叩くと、その命に従って次々と翼ある魔物が墜落していく。
 先に作っておいた窪みは、レヴァ・ワンにわかりやすく命令する為であった。この範囲内に侵入した翼を落とせ、と。

「さて――!?」
 
 ネレイドが落ちた魔物たちを殺そうと立ち上がるよりも早く、何か巨大な影が窪みに降り立った。
 その大きさに考える間もなく飛び出し、斬撃を飛ばす。

「りゃぁっ!」
 
 が、巨体に見合わない動きで

は避けた。

「……何アレ?」
 
 ひたすら、落ちた魔物を貪り食っている。
 大型の四足獣に人間が跨ったシルエット。しかも、腹からは無数の蛇のような代物が蠢いていて気持ち悪い。

「時間と空間的死角を無くす方向に進化した魔物だ。やっぱ、ああいう多種族を取り込んだ形になるみたいだな」
 
 交代で眠って見張る多眼に始まり、最終的にはあらゆる方向に順応していくとのこと。

「正面は獣、地面は蛇、その他は人型」
「確かに人型ですけど……」
 
 大きな上半身に頭が二つ。口や鼻はなく、沢山の目玉があるだけ。四本の腕にはそれぞれ粗末な剣と槍が握られているが、掴み方からして指は五本もないのだろう。

「気持ち悪いのっ!」
 
 再度、斬撃を飛ばすがまたしてもかわされる。

「言ったろ? 空間的死角を無くす方向に進化したって。不意打ちはまず無理だ」
「じゃぁ、避けられない攻撃ですか?」
「もしくは接近戦で仕留める。ありゃ、あくまで敵から身を守る為の進化だからな。見た目ほど、戦いに特化しているわけじゃない」
「……武器の握り方からして、わからなくはないですけど」
 
 獣の牙と爪は充分に怖く、
「あんまり近くで見たくないかも」
 それ以上に、見た目が恐ろしい。

「それか、もう少し放っておく。色々と食ってくれると思うぞ」
「もう見たくないから、ここで殺します」
 
 と言いつつも、落ちた翼ある魔物たちが片付けられるのを待って、ネレイドは仕かけた。

「――風よ、泣き叫べ(ルドラ)
 
 さすがに風は避けられないのか、人型の手から武器が離れる。これで、敵のリーチは大幅に狭まった。

「でぇぇぇぇぇぇぇぇ――」
 切先で地面を削りながら駆け走り、
「――りゃぁぁぁっ!」
 土くれごと斬撃を飛ばす。

  斬撃はともかく、細かな砂の粒まではかわせなかったのか醜い声。構造的に獣の顔が直撃を受け、怯んだようだ。

 その隙に少女は間合いを詰め剣を振り下ろすも、魔物は後ろに跳んで避けた。
 が、予想通り。
 ネレイドは刃を蹴り上げ、もう一度振りかぶる。

「いい加減に――」
 今度は直接攻撃でも、斬撃を飛ばすわけでもない。
「――しろぉっ!」
 ただ、地面を叩き壊す。
 
 蛇の部分が喚起を告げてか、魔物は空高く跳躍した。
 翼も持たないくせして――

「――風雷よ、打ち壊せ(ペルーン)
 
 確実を期す為に、城門を容易く破壊した魔術で仕留める。剣を振るのに少し手間取ったが、魔物が地につくよりは圧倒的に早かった。
 見えていても空中ではどうすることもできず、魔物の身体は飛散した。血が蒸発してか、あちこちの地面から煙と嫌な臭い。

「今更ながら、レイピスト様って凄かったんですね……」
「何がだ?」
「だって、ああいうのとずっと戦ってきたんでしょう? しかも……」
「犯したな」
「本当、信じられません」
「時代の違いだろ」
 
 そういう次元ではないと思うも、ネレイドは黙っていた。

「そっか、みんな魔物と戦ってたんですね」
「あぁ。みんなが戦って、その行為を勇敢だと褒め称えていた。きっと、戦えない男たちにとっては辛かった時代だろうな」
「やっぱり、いたんですか?」
「いたよ。絶望的に向いてない奴は。なんで生まれて来たんだって責められてた」
「うわぁ、酷い」
「仕方ないことさ。誰だって、いざという時に家族を守ってくれない男は嫌だろ。それに、あの時代はいざという時がそう珍しくもなかった」
「今と逆ですね」
 
 平和だったから、戦い慣れている人なんて少なかった。特に集団での争いなんて、想像すらしていなかったはず。

 だからこそ、多くの街が奪われ、占拠され、傷つけられた。

 もしかすると、これからは誰もが備える時代になるのかもしれない。その過程でまた、存在が許されない人も増えていくだろう。

「本来、あるべき自分になれない。持つべきモノを持てないって人間はいる。いつの時代にもな」
「そう……かもしれない」
 
 ふと、ネレイドは虚無感に襲われる。
 もう、かつての自分が思い出せなくなっていた。
 どんな風に生きていたのか。
 振り返って見えるのは、沢山の死体と血と傷ついた人たち。

 すべてが終わったとして――レヴァ・ワンが必要とされなくなった時、私はどのようにして生きていくのだろうか?

「あんまこういことを言うべきじゃないかもしれないが、嬢ちゃんはこの戦いで死ぬ可能性だってある。だったら、先のことなんて考えるだけ無駄だ」
「……そう、ですよね。おかしいな、私……」

 いつの間にか、負けるはずがないと思い込んでいたようだ。

「それに、先のことを考えないと生きていけない奴ばかりじゃない。なんとなしで、生きていける奴だっている」
「レイピスト様とか、それっぽいです」
「つまり、選ばれた人間ってことか? だったら、嬢ちゃんだってできるはずさ」
「でも、レヴァ・ワンは誰だっていんですよね? レイピスト様の血さえ継いでいれば」
「あぁ、だから嬢ちゃんでもいいんだ」
「……そっか。――そう、なんだ」
 
 何故だか、その言葉にほっとしてネレイドは笑みを零す。同時に暗闇まで零れたように、周囲の景色が色を変えていく。
 気づけば、空が白みだしていた。
 
 ――朝の訪れである。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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