第20話 女の怒りは刹那を焦がす
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それでも、理解していたとは言い切れなかった。その例として、彼らの認識ではレヴァ・ワンは身の丈ほどの大剣だった。
実際、その大剣を扱っていたのは初代レイピストだけなのだが、よほど彼の印象が強かったのだろう。
だから、魔族たちは少女の持つ剣と纏っている黒衣をレヴァ・ワンだと見抜けなかった。
結果、少女には味方がいると判断した。奇襲を仕掛け、先遣隊の六人が倒された事実を考慮すると、それは自然な見解であった。
そんな推測を裏切る一閃――首が跳んだ。
少女はまだ弓矢すら届かない距離にいるのに――また一つ、首が跳んだ。
わかりやすい武器を持っているからこそ、視線が誘導される。加え、この暗さだとレヴァ・ワンからすくい取った闇は同化して見えづらくなる。
誰も、少女が纏う黒衣の裾が解れていることに気づかなかった。そして、そこから黒い糸が地面に垂れ、数百匹の蛇が這うように進んでいることにも。
この期に及んでも、魔族たちは周囲を警戒していた。奇襲の際、飛来してきた刃の影を探し、遠くを見渡している。
その隙に少女――ネレイドは慎重に足を進める。一歩、一歩ずつ。何故か、今度は闇を裂くことをしなかったので、彼女には周りが良く見えていなかった。
『その調子です。ゆっくりと、進んでください」
ただ、頭に響くサディールの声に従うだけ。
一方、ペドフィは集中していた。闇を集めすぎると感づかれてしまう。かといって、糸のように細いままだと首を断つこともできない。
なので、一瞬だけ闇を収束させる。
目で捉えらきれないほど早く短い時間――処刑刀は振り落とされていた。
三度、四度……五度目は上手くいかなかった。所詮は首を斬り落とせる程度の闇だったので、鉄くずの刃で防がれる。
「女だ! 敵は女一人だ!」
しかも、防いだ男は嬉しくないことを大声でのたまってくれた。
「気を付けろ! 足元は奴の魔力で蔓延っている」
もしかしなくても、リーダー格のようだ。前線にまで出張っていることからして、形式だけでなく実力も確かなのだろう。
「――
レイピストたちにとっては懐かしい響きだった。単純な発火の魔術。殺傷が目的ではなく、明かりや火種に使われる程度の代物。
だが、レイピストたちは揃って心の底で吐き捨てた。
――この馬鹿がっ!
炎に照らされたことにより、ペドフィが張り巡らせていた闇の糸は丸わかりとなった。
同時に、
先祖たちがネレイドに見せたくなかったモノ
も。「……えっ?」
最初、ネレイドにはそれが何かがわからなかった。少なくとも、人間だとは思えなかった。
だって、尻尾や棘が生えている。
けど……。
形は人間だった。
肌の色も血の色も人間だった。というか、知っている顔があった。よく知っている、見慣れた母親やおばさんの顔を見つけてしまった。
こんなに沢山の人がいたのにどうしてか……見つけてしまった。
「あ……あ……あぁぁぁぁっ!!!!!」
壊れた声が漏れる。なんで? なんで? なんで? ……アレは何? 尻尾じゃないの? 最初から生えている棘じゃないの?
『冷静になってください、お嬢さん。別にあれくらいのこと人間だってします。男は回数に限りがありますからね。頭の欲望に身体が追いつかないんですよ』
サディールに油を注いだ自覚はなかった。
彼は本当に親切心から伝えていた。
『その所為か、ついつい別のナニカで代替してしまう。ようは穴があったら入れたくなるという奴です』
ネレイドは理解したくなかったのに、理解してしまった。周りに転がっているのが人間の女たちだと。
棘だと思ったのはささくれたった縄で縛られていたからだ。尻尾と思っていたのは、棒やら蛇やらといったモノをお尻やアソコに差し込まれていたからだ。
なんで、そんな酷いことができるのかは訊くまでもなかった。ついさっき殺した男たちや先祖が既に教えてくれていた。
彼らは
楽しんだ
だけ。けど、
飽きてもいた
から……。「……ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなっ!!!!」
驚き、悲しみ、恐怖といった様々な感情が去来するも――怒りが勝った。それも特定の誰かや種族に向けたモノではない。
それは
女として
、男に対する憤怒
であった。『――ペドフィ、防御を頼む。サディールは目となって、ペドフィに敵の動きを伝えろ』
そのことを初代だけがわかっていた。
だから、他の二人が余計なことを口にしないよう釘を刺した。下手をすると、自分たちも消されかねなかったから。
それほどまでに、今のネレイド――いや、女の怒りは刹那を焦がす。
先なんてない。未来のことなんて微塵も見えていない。
ただ、この一瞬を許さない。
他人はおろか、自分がどうなろうとも構わない。
その怒りは燃え尽きるまで――自らを含め、焼き尽くす。
『もう、攻撃は任せて大丈夫だ』
今までにないほど、初代の声は優しかった。
『ネレイド、あれはおまえにもあり得た未来だ。レヴァ・ワンを手にしていなかったら、おまえもああなっていた』
また、張り詰めたネレイドが噛みつけないほどに哀しくもあった。
『だから、殺すのなら自分の為にしろ。誰かや皆の為じゃなくて、
自分の為に殺すんだ
』そう伝えて、初代は形を変えた。
少女の手に馴染んだ包丁に。
これで、嫌でもネレイドは意識せざるを得なかった。
自分の意志と手で、誰かを殺すということを。