第77話 サディストの本領

文字数 4,721文字

 敵は最初から逃げるつもりでいたのか、サディールたちが神殿の地下に踏み入れるなり、無数の罠が出迎えてくれた。
 何処かに『目』が設置されているのか、絶妙なタイミング。

「気を付けてください」
 先を走る、サディールが忠告する。

 低い天井が崩れ、蠢く気配。
 歪な瓦礫に混じって、やたらと丸いモノが散乱していた。

「おそらく、瓦礫に擬態した隠密型の魔物です。特殊装甲を持っている可能性もありますので、注意してください」

 細かい説明は竜がしてくれるだろうと、サディールは要点だけ伝えた。

『この手の魔物も、より強く進化したモノではない』

 竜はそう言って、再びエリスの喉を操る。
 どうやって出しているのか、人間の声でありながらも竜の咆哮――瓦礫の山から、高速で回転する球体が飛び出してきた。
 
 大きさとしては、赤ん坊が丸まったくらい。
 激しい回転に身を任せて、転がってくる。

 サディールはそれらを上手くかわして、
「あとは任せます」
 先へと急ぐ。
 
 勝手すぎると文句を言いたくなるも、エリスは黙って迎撃。
 飛び上がるほどの高さはないので、接触する直前に横へと飛び、すれ違いざまに竜の爪で斬りつける。 
 が、魔物の外皮は硬く、傷を与えることはできなかった。

『硬いな。叩き潰してやるといい』
「叩き潰すって?」

 転がってくる攻撃を避けながら、エリスは訊く。

『エリスよ、汝は人である。我に拘る必要はない』

 指摘され、反省する。
 以前、サディールにも注意されたことであった。
 異形の手だからといって、武器を持てないわけではない。
 
 エリスは魔力でメイスを形成し、相手の勢いを利用して叩きつける。重さはないのか、魔物は軽々と吹き飛び――嫌な水音を立てた。
 目をやると球体の姿はなく、どう見てもコロコロ虫の死骸。外皮とは裏腹に、内側には無数の足が蔓延っていて非常に気持ち悪い。
 
 それでも、正体がわかると安心できた。
 エリスは冷静に避け、攻撃を合わせる。知能はないのか、魔物は転がって来る以外の攻撃を知らないようだった。

『隠密型の魔物は擬態を見抜いてやると混乱して暴れる』

 竜がその生態を哀れむように口にする。
 真っ向から、敵と戦うようにできていないのだと。

『相手の隙を衝けなければ、あとはやみくもに暴れるしかないのだ』

 とはいえ、エリスだけではその擬態を見抜くことはできなかった。
 レヴァ・ワンのような感知能力はなく、竜みたいに咆哮一つで怯えさせる術もない。
 
 改めて、魔境を開拓したレイピストと先人たちの苦労を思い知る。

 エリスは警戒しつつ、更に地下へと進んでいく。低い天井に広い空間。その隅に階段があり、少しずつ下りていく造り。
 
 アレサの構造的に、今はまだ第三階層(山の中)。
 おそらく、この抜け道は第二階層(丘)の何処かに繋がっているはず。
 サディールが先導しているおかげで、罠の脅威は小さい。エリスは広い空間に出る度に咆哮を上げ、怯えて出て来た魔物を殺していき、ようやく追いついた。

 しかし、声をかけることはできなかった。
 さすがに三回も同じ手は食わないのか、サディールは既に魔族の女を無力化していた。

「あぁ、やっと来られましたか」
 一方で、サディールはいつもの調子で話しかけてきた。
「でも、こちらはもう大丈夫です。エリスさんはお嬢さんの救援をお願いします」

 魔族は裸のまま両手と両足を大きく広げた状態。その身体に黒い杭を打ちつけられ、壁に固定されていた。

「どうやら、傷を負ったようです」

 それも身体中にある目を潰すように、杭は打ちこまれている。
 つまり、数えきれないほど沢山。また、火も使ったのか魔族の肌は醜く焼かれていた。
 
 それでいて、顔だけは奇麗なまま。敵意も衰えてはおらず、苦痛の表情を浮かべながらもサディールを睨みつけている。

「傷を? 大丈夫なのか?」
「わかりません。ですが、負傷するには早すぎます。致命傷であろうとなかろうと、追いつめられているのは確かでしょう」

 咳込む声が挟まれ、
「……もう、遅いわ。神殿は破壊される。あんたたちは逃げられない」
 魔族が苦しそうに言葉を操る。
「まぁ……私の身体を諦めれば話は別だけど。その場合、無駄足ご苦労様、というところかしら?」
 嘲るように、ざまぁみろと言わんばかりの表情。

「抜け道の先は、塞いであると?」
「……」

 返事はなかった。
 
 サディールはおもむろに魔族の顔を殴りつけ、
「ふふっ」
 状況に不釣り合いな微笑を浮かべながら、その頬を優しくなでる。

「エリスさん、急いで戻ってください。もし神殿が破壊されたら、色々と面倒です」

 どういう神経をしているのか、魔族の顎を持ち上げ、親指で唇をなぞる片手間の命令だった。

「……わかった」

 背筋に冷たい汗が流れ、エリスは従う。
 実際、神殿を破壊されるわけにはいかなかったので、急ぐほかない。

「さて、あなたにはさっさと〝屈服〟していただきましょうか」
「……誰が、するもんか。レイピストが相手ならともかく、サディスト如きに」

 もう一度、サディールは顔を殴りつけた。

「これから、あなたは犯されます。先祖と同じように無理やり」
 そのくせ、殴った後は優しく愛撫する。
「もっとも、今の私に肉体はありませんので。あなたを犯すのはただの道具です」
  対して、身体の刺し傷や火傷は傷つけるだけだった。

「先ほど、あなたはサディスト如きと言いましたがそれは違います。あなたは人間が作った道具如きに〝屈服〟するのですよ」
「ぐっ……」
 
 そう言って、魔族の秘部に疑似男根を捻じりこむ。
 
 そのまま、恋人にするようおでことおでこをくっつけ――
「――可哀そうに、寒かったんですね」
 同情を滲ませた。

「……おまえっ! 見るなっ! 私の記憶を……っ!」
 初めて、アレクトは動揺を露わにした。

「その少し前まで、浮かれていたのが本当に馬鹿みたいですが。痛くて痛くて、怖くて寒くて……可哀そうに。本当に、それしか知らないんですね」
「黙れっ! 私は……っ!」
「――醜い化け物だから」

 あれほど身体の痛みに強かった割に、過去の傷をほじくり返されるのは駄目なようだ。

「誰も優しく抱いてくれない。醜いから。誰も愛してくれない。醜いから。誰も触ってくれない化け物だから」

 もっとも、拷問中の表情からしてそれは察せられた。
 もし未来や信仰の為だとしたら、痛みに耐えはするものの我慢はしない。
 
 そう、この女からは慢心が感じられた。痛みを耐えながらも、この程度、という驕り。
 その手のタイプは過去に辛い思いをしている。それと比べるから、どうしても相手を見下さずにはいられなくなる。

「今までは可愛いと褒められて嬉しかったのに、もうその言葉では喜ぶこともできやしない。だって本当の自分を晒しだしたら、誰もが掌を返す。なんて醜いんだろうと」

 魔物の特性からして、他者よりも強くと進化した種ではない。また、この女は自分のプライドを守るより、相手のプライドを傷つけるのを優先した。

「でも、私たちなら愛してさしあげますよ? 優しく、甘やかしてあげられます」

 すなわち、典型的なひねくれ者。
 これを堕とすにはまず、安全地帯から引きずりださなければならない。
 つまり、遠い過去に置き去りにした素直な心を徹底的に苛め抜くところから始まる。

「このまま死なせるには、あなたはあまりに可哀そうです」

 未来志向の人間と違って、過去に拘る相手は最期に幸せを求める傾向が強かった。揃いも揃って、馬鹿みたいに死にざまを拘るのだ。

「最期に愛されたいと思いませんか? それとも、自分にはその資格すらないとお思いですか?」
「……やめ、ろ。私は、わたし……わ」

 まず言葉が乱れ、次に概念が乱れ、それから事態が乱れる。
 痛みによって、女の身体は既に疲れ果てていた。そして犯すと宣告を受けた所為で、快楽に抗うよう意識を集中させてしまった。
 
 結果、優しさには無防備となる。

「優しいんですね。ご自分が死んだあとの、お仲間の心配ですか?」
 
 あとは言い訳を潰していけばいい。 

「あなたのお仲間なら、きっとお優しい方々でしょう。あなたが最期に、ほんの少しだけ幸せになるのを責めたりはしません」

 耳触りのいい言葉を投げかけながらも、サディールの手は女の顔、身体、秘部と無駄なく動いていた。
 時に痛めつけ、時に優しく、時にいやらしく――

「それにあなたは充分、頑張ったじゃないですか」

 持てる技術を総動員して、サディールは女の精神を〝屈服〟させんと、必死であった。


 

 アレサの第一階層、第二区画――石の街では、誰もが目を見張っていた。
 静かに、落ちていくレヴァ・ワン。
 それを仕留めた狩人は膝を付き、粗い息を繰り返している。

『よくやったぞ! ヘーネル』
 頭にリビのうるさい声。相変わらず、声だけはかしましい。

『……ごめん』
 涙を堪えながら、ヘーネルは否定する。

『仕損じた』
『どこがだよ?』

『どこって……』
 振るえる両手を見て、泣き言のように説明する。
『狙いが甘かったの。最低でも顔面か喉を射抜くつもりだったのに……』

 当たったのは腹部。祭服の下がどうなっているからわからないから、的から外していた場所。

『あんなのまぐれよ。獲物を逃がしたくない一心で放ったのが、たまたま当たっただけ』
『馬鹿がっ! まぐれで当たるかよっ! おまえの実力だ。天才的直感が当てたんだ』
『リビ……』
『俺たちは、おまえがくれたチャンスを逃さない。納得がいかないのなら、また狙えばいいだけの話さ』

 ヘーネルは自分の手を見る。
 まだ震えて、満足に矢を番えることすらできやしない。レヴァ・ワンが落下していく際、初代レイピストと目があっただけでこのざまなのに……。

『まっ、ここでレヴァ・ワンを逃がすつもりはないけどな』
 
 耳に聞こえてくる爆音からして、始まったようだ。
 ならば、援護に行かなくてはと思うも、立ち上がることすら難しい。完全に腰が抜けている。緊張の糸が切れたのに加え、レイピストの眼光。また、最高のチャンスを逃してしまった事実。
 それらが重なり合って、一時的にヘーネルは動けなくなってしまった。

『では、今から神殿を破壊します』
 エイルからの連絡。これで本当にアレクトは帰って来ないと実感する。

『初代レイピスト、やっぱ無理。リビ、もう負けた』
 弱気なケイロンの報告。

『っるせぇ……! まだ負けてない。左腕を斬り落とされただけだ』
 リビも生きているようで、胸を撫でおろす。

『とりあえず、一度、態勢を立て直しましょう。今ならレヴァ・ワンのほうも、無理に追ってこないだろうし』

 ヘーネルは現実的な提案をする。アレクトがいない以上、自分が場を纏めるしかないと。
 性格的に、リビとケイロンは論外。エイルは長期的な作戦ならともかく、思考の瞬発力には欠ける。

『いやっ! ヤレるとしたら今しかねぇ!』
 が、リビは聞く耳持たず。

『珍しく、リビの言う通り』
 それどころかケイロンまで続き――
 
 神殿が破壊されたのか、山のほうから爆音が轟いてきた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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