第49話 少女たちの行きつく先

文字数 3,223文字

「そう言えば、まだ名乗ってなかったね。私はネレイド、十四歳。エリスはいくつ?」
 熊の皮を剥ぎながら、ネレイドは気安く投げかけた。

「……十六歳だ」

「じゃぁ、二つおねえさんだ」
 言いつつも、口調は変わらなかった。

「……いいのか? そんな風にレヴァ・ワンを使って?」

「だって、便利だもん。これなら大した力も入れないで切れるし」
 そもそも、レヴァ・ワンの包丁でなければ、熊の解体なんてやってられなかった。

「いや、そういう意味ではない。魔力を消費して大丈夫なのか?」

「あー、そっち? さぁ、どうだろう。レイピスト様たちが何も言わないってことはいいんじゃない? 形を変えるくらい」
 狭い村で暮らしていたネレイドにとって、十四歳も十六歳も対して変わらなかった。
 
「……」 
 一方、エリスは違う。教会の施設で集団生活をしていただけあって、たった一つであろうとも年の差に敏感であった。

「脂身は表面を焼いてから、赤身はお酒で蒸してから――あ、サディール様いつもの鍋をお願いします」

 虚空に黒い渦が出現し、羽虫型のサディールが飛び込む。
「はい、どうぞ」
 そうして、自分よりも大きな鍋を出してきた。しかも、鍋の中には色々な瓶や器も入っている。

「仮にも、神剣になんということを……」
 便利な収納袋にされているのを見てエリスが十字を切るも、

「エリスは真面目ね」
 ネレイドはその一言で済ませて、料理の続きに取り掛かった。

「切った野菜は全部、この鍋に入れていいから。そうだ、火お願いしていい?」
 レヴァ・ワンで点けると、また何か言われると思って頼む。

「――あなたは、もう少し自分の立場を考えるべきだ」
 
 が、無意味であった。

「あ、そういうのは火を点けてからでいい? 時間かかりそうだし」
 考えて気遣ったんだけどなぁと内心で呟きながらも、口では図々しいことを口にする。

「――火をつけろ(イグナイト)
 言われ通りに点火してから、
「あなたは――」
 エリスは繰り返した。

「あ、手動かしながらでいい?」

 別段、ふざけて言ったわけではない。
 単純に認識の違いである。

 ネレイドにとって、料理はお喋りをしながらするものであり、女同士の交流の場。
 
 対して、エリスにとってはお勤め。それに加え、教会においては寡黙であることが美徳の一つと教えられている。
 更に言えば、お勤めの際に無駄口を叩くのは規律で禁じられていた。

「――あなたね!」

 結果、エリスのほうが爆発する。
 年齢の件を始め、色々と引っかかりが多過ぎた。

「話はちゃんと聞くから、手も動かす!」

 ネレイドは母親のように言うも、単にお腹がすいて苛々していただけである。
 それでも、相手に比べると余裕があった。この手の言い合い、コミュニケーションは日常茶飯事だったからだ。

「それでは言わせて貰いますけど――」
 野菜を切断しながら、エリスは切り出す。
「まず、口の訊き方がなっていません。わたしのほうが年上なんですよ?」

「年上って言っても、たった二歳じゃん。それに口の訊き方って……私はただ仲良くしたいと思っただけだよ?」
 肉を切り分けながら、ネレイドは言い返した。

「そもそも、なんでわたしたちが仲良くしないといけないのですか? わたしが同行するのは、あなたたちの監視と報告という任務があるからです!」
「それでも、せっかく年の近いコと一緒なんだから仲良くしたい。だって、今までこれと一緒だったんだよ?」

 指さすのは、肉をつまみ食いする二匹の先祖。手伝ってくれるのかと思いきや、炙った肉を自分の口に入れている。

「それに私がエリスに悪感情を持つと、レヴァ・ワンが勝手に襲い掛かる心配もあるし」
「……それは脅しですか?」
「だから、なんでそうなるの? 仲良くしたいって言ったばかりでしょ?」
「そんな言葉、信じられるはずがないでしょう」
「どうして? 神は信じられるのに、人は信じられないの?」
「それは……あなたがレヴァ・ワンだからです。神を殺した者と、どうして仲良くなれるというのですか?」
「さっきは神が良くて、人は駄目。今度は神が駄目で、人は良い。結構、いい加減ね」
「どういう意味ですか?」
「神帝懲罰機関なら、人を殺したことあるんでしょ? 神様はそれを禁じているはずなのに」
 
 エリスの手が止まり、
「……我々は神の意志によって振るわれる剣です」
 それで言い訳になると思っているのか、断言した。

「だから、仕方ない? だったら、私もそうだよね。神を殺す者(レヴァ・ワン)なんだから、神を殺すのは当然じゃない?」

「……そう。だからこそ、わたしたちが仲良くできるはずがない」
 先ほどの剣幕が嘘のように、エリスは吐き出した。

「私はそうは思わないけど? 現に、こうしてエリスとお喋りするのは楽しかったし」

「……お喋り? ……楽しかった?」
 まるで、理解できないと言わんばかりである。

「うん。だって、レイピスト様たちが相手だとねぇ。結局、からかわれるか言い包められるんだもん」
 
 またしても盗み食いをしようとした二匹を指ではじいて、

「それにずっとレヴァ・ワンでいるのも疲れるし。エリスだってそうじゃない? ずっと神帝懲罰機関だと息が詰まりそう」

 ネレイドは肉を炙り、蒸し始めた。

「――っ!」

「生まれ育った環境の違いです。別にあなたのことを馬鹿にしているのではありません」
 飛ばされたサディールはエリスの肩に着地して、呟く。
「お嬢さんにとって、それらは使命などではなく、ただのお仕事なんですよ」

「仕事、だと?」
「えぇ。ですから、さっさと終わらせたがっています」

 だからこそ、人を救うことを第一としなかった。
 それには終わりが見えないから――

「黒幕さえ殺してしまえば、放っておいても人は救われます。それこそ、あなたたち教会が張り切るでしょう」
「……それで、普通の生活に戻れるとでも?」
「望むくらい、いいでしょう? もし、その邪魔をするのであれば、今度こそ教会には滅んでいただきます」
「……我々がどうこうしなくとも、人々が許さない」
「ご冗談を。扇動する者がいなければ、人はわざわざ強者に牙をむいたりはしない。それに今回の件は教会の失態ですよね? 私たちが処刑台に運ばれたように、あなた方全員を追いつめて差し上げましょうか?」
「……結局、そうやって脅すのか?」

「殺すだけのあなた方よりはマシです。たとえ、あなた自身にその経験はなくとも、神帝懲罰機関が血に塗れていることは頭に叩き込んどいてください」
 言い捨て、サディールは飛び立つ。

「そんなまどろっこしいことしないで、言ってやったらどうだ? 既にこの世界の神は死んでいるって」
 盗み聞きしていたのか、空中で初代が言う。

「そんなの関係ありませんよ。究極のところ、信仰というモノは存在しないモノを信じることですから。そして、彼女たちにはその力が充分に備わっています」
「言うだけ無駄ってことか」
「今更、自分たち人間の都合で人を殺していたなんて、認められるはずがないですからね。それに、彼女たちが殺してきた相手は死んだほうがマシな連中です。ペドフィ君は除きますけど」
「どうせ殺すなら、神の名の元に正義の裁きをって奴か」
「お嫌いですか?」
「いや、別に。罪と自覚していながら、犯す奴よりかは健全だろう」
「確かに。その手のタイプは改心の余地もないですからね」
 
 まさしく、自分たちがそうであった。
 自らの意志で一線を踏み越えた人間はどうしようもない。
 奇麗事を並び立て、自分を正当化しようとする人間よりもずっとずっと――救いようがなかった。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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