第42話 神帝懲罰機関
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その結果、残された四人の少女たちは混乱をきたす。
「近づくなっ! この鬼畜どもがっ!」
なにをとち狂ったのか武器を抜き、警告を与える。
しかし、声の出し方からして慣れていないのが見え見え。現に、短剣の握りが強すぎる。あれでは柔軟に動かせず、突き刺すことしかできないだろう。
「聖職者なのに、刃の付いた武器を持っていいの?」
既に敵対の意思はなく、マテリアを介抱する気でいるネレイドは気安く声をかけた。
「……」
しかし少女たちは答えず、
「神帝懲罰機関は、教会が表立って許されないことをする為の組織ですからね」
サディールが答える。
「それで、なんで女性しかいないんですか?」
「建て前として、魔に誘惑された聖職者の粛清が目的とされているからです。ようは、女に手を出した男の聖職者の始末。それには、女のほうが都合がいいでしょう? 相手に弁明の余地を与えない為にも」
「あ、それで色香で誑かせてからの暗殺が得意なんですね」
ネレイドは素直に納得するも、
「この不埒者がっ! 勝手なことを言うな!」
当の本人たちは不満だったのか、声高に意見してきた。
「わたしたちは神の名の元に集いし、神聖なる戦士であるぞっ!」
三人がマテリアの身体を支えていたので、突っかかってきたのは一人。幼さを充分に残した顔立ちからして、まだ十代といったところ。
それでも、胸の膨らみからして年下はあり得ない。ネレイドは自分の胸と見比べて、年上に違いないと判断する。
「あの教皇様ですら、わたしたちには命令することはできない。何故なら、わたしたちは神の剣であるからだ!」
ベールからはみ出した銀色の髪を振り乱して、顔を真っ赤にしながら主張する。
このコもこちらの話に耳を傾ける気がないな、とネレイドは察する。
「非常時以外、堂々と日の光を浴びることすら許されないのにですか?」
嗜虐心が刺激されたのか、サディールは口元を釣り上げた。
「日の光の下では、神の剣が必要とされる状況にならないからだ。断じてっ! やましい行いをしているからではないっ」
「そうですか。では、これを差し上げましょう」
サディールはローブの中に手を入れるなり、脈絡もなく疑似男根を見せつけた。
「――っ! け、汚らわしいモノを出すなっ! 何を考えているんだ!」
それを目にするなり、少女は耳まで赤くして距離を取る。
「おや? これが何か知っているんですか?」
これ見よがしに手でしごきながら、サディールは追いつめていく。
「もし、神の剣ならこのようなモノを知る機会はないと思いますが? 教役者様はいったい、どんな目的が教えたのでしょうか? それとも、あなたがご自分で勉強なさった?」
「違うっ! わたしはただ教わっただけで……」
「ちなみに、どのように教わったのですか? この扱い方を」
ネレイドは見ていられなくて止めようとするも、
「神帝懲罰機関が女しかいないのは、
初代が目の前にやってきて、急に語りだした。
「サディールが言っていたのは表向きの理由だ。一応、教帝が管理しているって体だったから、いらぬ誤解を避ける為にでっち上げられたんだ」
「いらぬ誤解って、神聖娼婦ですか?」
「いや、もっと悪い。たとえ年老いて使えなくなったとしても、神帝懲罰機関の女は表舞台に出ることを許されなかったからな」
教帝が若い女を集め、その女たちは絶対に姿を見せない。そして、年を取るといつの間にかいなくなる。
男ならそこでハーレムを疑うも、ネレイドはわかっていない様子だった。
「とはいえ、テスタメントになれるのはほんの一握り。かといって、その候補である優秀な人材を遊ばせておく訳にもいかないから、いつしか教会にとって都合のいい役目を担うようになったってわけだ」
そもそも、何故このタイミングでその話を?
と、考えたら答えはすぐに出た。
「あーっ!」
気づけばサディールに突っかかっていた少女が座り込み、泣いていた。ベールの下から両手で目を覆いしくしくと。拒絶するように首を横に振っている。
「サディール様っ!」
それどころか他の三人も――マテリアを守るように身を寄せ合いながら、泣いていた。
「ちょっとした、確認ですよ。お嬢さんはもちろん、この扱い方を知っていますよね?」
「蹴っ飛ばしてあげましょうか?」
苛立ちに任せてネレイドが言うと、
「そう、ある意味それが正解なんです」
何故か、合格を出された。
「女の子であれば、これは男の急所として教えられるもの。なのに、この娘たちはそれを知らなかった」
「……それが、なんだって言うんです?」
「その代わり、これが男に快楽を与えるモノ――性感帯ということは知っていた」
正確にはそう教えられていましたと繋いで、
「つまり、神帝懲罰機関は決して神の剣ではないということ。男を色香で誑かし、殺すことを目的とした娼婦兼殺し屋。もっとも、娼婦のほうがよっぽど素晴らしい職業ですけどね」
少女たちに言い聞かせるよう、サディールは厭味ったらしく口にする。
「……それで、どういう思惑があったんですか?」
二代目だけならともかく、初代まで結託していたところから、ネレイドは見抜いた。ただの嫌がらせにしては、やりようが小賢しい。
「もちろん、円滑な話し合いの為です。もっとも、こちらに必要なのはマテリアさんだけで、この娘たちは邪魔でしかない。それでも、大人しく黙っているのなら同席しても構いませんが、とても期待できませんでしたので」
納得のご高説であったが、
「大人なんですから、もうちょっとやり方を考えましょうよ」
同じような年頃もあって、ネレイドは彼女たちに同情せずにはいられなかった。
「もし、大人なら諦めていますよ。幼い頃から洗脳され続けた、少女の価値観を壊すなんて面倒くさいこと」
酷い言いようである。とはいえ、このコには話が通じないと思っていたネレイドは反論できなかった。
「その特性からして、神帝懲罰機関は身寄りのない孤児から選ばれるんだ」
初代が補足する。
だからこそ、少女たちの価値観は偏っている上に頑なであると。
「とにかく、これでやっと話ができます。マテリアさんを起こすので、どいてくれますよね?」
まるで襲われたかのように、少女たちはサディールを恐れていた。傷はおろか着衣の乱れすら見当たらないのに、いったい何をされたのやら。
「サディールは精神的に相手を虐めるのも大好きで得意だからな。特に、信仰を持った相手だと張り切る」
「それは……可哀そうなことをしました」
あんな露骨な手で足止めされなければ、助けられたかもしれないと思うと、ちょっぴり申し訳なくなる。
「というか、まさか手に持っているアレで起こす気じゃないですよね?」
「不安なら、嬢ちゃんが変わってやれ。こういう時は、尿か酒の匂いを嗅がせてやれば目を覚ますはずだ。それで駄目なら飲ませてやれ」
真面目に助言してくれたのはわかるが、
「……お酒にします」
尿はあり得ない! という気持ちが強過ぎて、ネレイドの答えは素直ではなかった。