第36話 カメリアの館
文字数 2,197文字
「今気づいたが、この街、大通りが逆五芒星を描いているな」
「しかも、黒と白の石で斑に舗装されています」
「で、中心にカメリアの花か」
初代と二代目が真面目な話を始めたので、ネレイドは顔をあげる。恐る恐る周囲を見渡し、十字路が斜めに交差しているのを見つけた。
「随分と愛されているじゃないか、サディール」
「ここまで愛が溢れ出ていると、さすがに怖いですけどね」
初代はいつもの調子のようだが、サディールは些か違った。緊張か動揺かまではわからないが、尻込みしているようである。
「となると、意図的に逆にしてんのか。表通りが色街で、裏通りが普通の街並み」
空高く飛び上がり、戻ってくるなり初代が言う。
「それならそうと、早く教えてくださいよぉ」
精神的な疲労を隠さず、ネレイドは零した。その所為か、文句というよりは愚痴に聞こえる。
「サディールに言え。あんな報告されたら、確かめるしかないだろうが」
「すみません。あまりの衝撃に気づきませんでした」
いつもの惚けた様子ではなく、本当に見落としていたようだ。
「……この辺りは普通なんですね」
むしろ、奇麗であった。どの建物もお城のミニチュアのように、夢溢れた造形をしている。しかも前庭を有しており、覗いてみると色とりどりの花園。
「格が高いんだろうな。確かめるまでもなく、上玉をご用意していますっていう自信と信頼の表れだ」
初代が説明する。
他の二人は娼館の存在こそ知っていても、訪れた経験はない。サディールは仮にも教会の人間だったし、そもそも女に不自由することがなかった。
そして、ペドフィは自ら禁欲を課していたからだ。
「えーと、普段は女の人がその……いるんですよね?」
「門番の話を信じるならな。けど、他所から客が来ない今は誰もいないだろう。買う奴がいないのに、待っていても意味ねぇし。それに男の為にするオシャレと、自分が楽しむオシャレは別ものらしいからな。いたとしても、商品じゃない普通の女たちだ」
ネレイドにとって、売られる女性は可哀そうな人だった。だけど、この建物を見ていると、とてもそうは思えない。
認めたくないけど、こんなところで生活できるなんて羨ましいと、感じてしまっている。
館の周辺は花に囲われ、漆黒の飾り門を開けて通ると奇麗に舗装された道と噴水。水しぶきを浴びる女神の裸像はとても美しくて、ずっと見ていたいくらい。
「さて、神が出るか魔がでるか」
物騒な台詞を口にしながら、サディールがベルを鳴らす。
重厚な扉に備え付けられていたのは、まるで教会の鐘。大きくも、どこか嬉しい気持ちにさせてくれる音色が響き渡る。
「誰だい? こんな時間に……。何か面倒事か?」
そうして、出てきたのは恰幅のいい女性だった。横だけでなく、縦もサディールより大きくて、ネレイドはついつい見上げてしまう。
「あぁ? 教会の人間がなんでここに?」
睨みつけられ、少女は本能的に怯える。
「教会の格好をしているだけですよ。色々と便利ですからね」
「そいつは罰当たりだね」
「でも、滅んだのは聖都カギで」
「私たちは元気に生きている」
サディールと女は物騒な笑みを合わせ、通じ合った様子。
「お初にお目にかかります。私はサディール・レイピスト。昔話を聞きに、こちらへは参りました」
「おぃおぃ。あんた、馬鹿言っちゃ……」
女は途中で口を閉ざした。鋭い目をして、サディールの髪と瞳を覗き込んでいる。
と、猛禽の瞳が黒衣とほぼ同化している羽虫の初代にも気づいた。
そして、最後にネレイドがぶら下げている黒いロザリオを見るなり、大胆な十字を切った。
「あぁ……ルフィーアよ」
それでも、女の口から出たのは神ではなかった。
「入りな。もっとも、あんたの相手をできるコはいないけどね。どいつもこいつも、ここんとこ化粧はおろかムダ毛の処理すらしていやがらない」
同じ女性の言葉とは思えず、ネレイドはまたしても硬直する。
「皆さん、男で遊ぶのに夢中ですか?」
「人聞きの悪いことを言いなさんな。どいつもこいつもちょっとばかり真面目で、度を越して勉強熱心なだけさ」
「つまり、今後の為に学んでいると?」
「もちろんだとも」
二人は矢継ぎ早に言い合いながら、進んでいく。
「おぃ、ぼさっとしてないで行くぞ」
初代が目の前に飛んできて、急かす。
「えっ? ……私も行かないと、駄目なんですか?」
「なんだ、嬢ちゃんも男の勉強がしたくなったのか?」
「だ、誰がぁっ!」
「冗談だ。けど、嬢ちゃんが一人でいるのはお勧めしない。変な女に持って帰られたら困るからな」
「……はぃ?」
「いいことを教えてやろう。女が女を買うこともある」
この街に来て、何度口にして思ったことだろうか。
「……嘘?」
「本当だ。男が相手なら嬢ちゃんやペドフィでも対処できるだろうが、女が相手だと難しいんじゃないのか?」
「もうやだぁ……こんな街」
心の底から泣き言を言う。早く帰りたい、と。
別にアックスの村とかじゃなくて、とにかく違う場所に行きたかった。