第51話 三代目の罪
文字数 3,535文字
戻ってくるなりサディールは報告した。
「なら、敵はオレと嬢ちゃんで片付ける。そっちは、街の解放を頼む」
その歯切れの悪い物言いから初代は街の状況を察し、請け負った。
「わかりました。いい機会だと思いますので、できるだけ、お嬢さんの力で、戦わせてあげてください。せいぜい、百人程度しかいません」
それでも、更に念押ししておく。サディールから見ても中々に酷い惨状だったので、間違ってもネレイドには来て欲しくなかったからだ。
「では、エリスさん。一先ず、上空に特大の光をお願いします」
既に日は落ち、辺りは真っ暗だった。見下ろすヴィーナの街の明かりが目立つほど、周囲には人の存在が感じられない。
そんな状況で光を出せと言われ、
「……え?」
エリスは戸惑いを露わにする。
「言われたらすぐ行動する。状況によっちゃ、おまえ死ぬぞ?」
初代に急かされ、
「――
ムッとしながらもエリスは応じた。
魔力を球状にして、高く放り上げてから光に転換。
それでも、眩さに目を閉じてしまう。
覚悟していてその有り様だったので、ぼーっとしていたネレイドはキャーキャー喚いていた。
「では、行きましょうか」
光が消え、人型になったサディールが先導の姿勢を見せる。
「夜目はききますか?」
「問題ない」
エリスは簡潔に答え、走り出したサディールの背中を追った。
二人が闇に消え、
「思ったんですけど、私って囮だったりします?」
残されたネレイドが漏らす。
「おっ、だいぶ知能があがってきたな」
暗に馬鹿にしている賛辞を受け、
「もう……」
少女は溜息を吐く。
「じゃぁ、のんびり歩いて行けばいいんですね」
ネレイドは返事を待たずに歩き出すも、
「……レヴァ・ワンを使って、夜目? がきくようにできます?」
前がよく見えなくて、三歩目でつまずいてしまった。
「方法は幾つかある。一つ、ディリスの森でやってみせたように闇を斬る。二つ、視力を強化する。三つ、闇を見通すレンズを作る」
初代は淡々と言い連ねた。
「……三つ目がお勧めですか?」
試されていると察し、ネレイドは答える。
「どうしてそう思う?」
「一つ目は辛そうだし、無駄な消費が多い。二つ目は……そのなんて言いますか、レヴァ・ワンを信用できない、かな?」
思えば、ペドフィもサディールも肉体の強化をしていなかった。正確には、自分の身体に直接魔力を注ぎ込む真似をやっていない。
また、ネレイドも無意識的に恐れていた。だから、わざわざ闇で手足を纏うという形を取っている。
「正解、この馬鹿は信用できん。下手すれば、魔物の手足に変えられる危険性するあるからな」
「それって、魔物の手足のほうが強くて速いから、ですか?」
「あぁ、実に馬鹿な発想だろう?」
あり得ないと言い切れないのが、この剣の怖いところだった。
「それに肉体の力ってのはかなり曖昧でいい加減だ。現にオレの普通と嬢ちゃんの普通は違う」
「はい、とっても」
「例えば、壁を壊したかったらそう命令すれば事足りる。けど普通の鈍器を使って壊す場合、必要な力を具体的に把握するのは難しい」
「そっか。目的を果たしたいだけなら、肉体を強化する必要ないですもんね」
「そういうこった。それに肉体ってのは慣れているから使いやすい。実際、ペドフィの身体はサディールなんかよりもずっと強かったが、あいつは上手く扱えなかった」
もっと力があればいいと思う時はある。
けど、それは目的ではなく手段の場合が多い。重たい物は運べればいい。硬い蓋は開けばいい。
力なんてなくとも、それは叶う。
そして、今の自分には本当に様々な方法が取れる。早く移動したければ、飛べばいい。暗くて見えないなら、見えるレンズを作ればいい。
そのレンズは真っ黒くて先を見通せるとは思えないかったが、
「うん、ばっちし」
かけてみるとなんの問題もなかった。
「傍から見てると、面白い顔だぞ」
「あーっ、もうそれは言わないでくださいよっ!」
想像しただけで嫌になってくる。
「でも、メガネなんて初めてかけます。高いんですよね、これ」
聖職者くらいしか、付けている人を見かけたことがなかった。
「それで、今回はどうすればいいと思います?」
「サディールの言葉を聞いていなかったのか?」
「聞いてましたけど、その必要はないかなって思いました。だってあれ、ただの時間稼ぎが目的ですよね?」
「どうやら、本当に知恵がついてきたようだな」
「ふっふ~ん」
偉そうに、ネレイドは鼻を鳴らす。
「私だって成長しているんですから」
「胸と尻回りもそうだといいな」
「むっ……」
指摘されたので触って確かめてみるも、明確な進歩は見つからなかった。
「やっぱり、もっと必要です?」
「男を喜ばせたいならな」
「じゃぁ、いらない」
「もっとも、ペドフィみたいにそういうのを喜ぶ男もいるがな」
「……そう言えばペドフィ様、ぜんぜんでてきませんよ?」
マテリアたちが姿を見せたのを最後に、一度も存在を示していない。
「あいつもガキだからな」
「信じて、裏切られたんですよね?」
「あぁ。それも自分が毛嫌いしていた、先祖たちの行動を真似た結果な。劣情に流された自分が、あいつは一番許せないんだ」
「そこまでわかってあげてるのに、色々と酷くないですか?」
「だから、だよ。わかってたから、あいつを唆すのは簡単だった。さすがに不憫に思ってな。今まで我慢した挙句があの様ってのは。せめて、やることやった後だったらまだ笑ってやれたんだが」
それでも笑える状況じゃありません、と心の中でネレイドは呟く。
「教会の女を殺してやるって息巻いてたのも、結局はガキの癇癪さ。今まで完璧だった自分を、汚されるのが許せなかっただけだ。いや、誹られる現実に耐えられなかったか。あの時、生きようと思えば生きられた」
あんな風に言われてますけど? と、伝えるも反応はない。
「神帝懲罰機関を皆殺しにして口封じさえすれば――そんな馬鹿なことをあいつは考えていた。そうすれば、自分は今までのままでいられると思い込んでいた。けど、それは無理だ。かといって、女の色香に騙された男として生きていくこともできない」
以前、ペドフィに聞いた話があったので続きはわかっていた。
「だから、鬼畜の末裔として死なせてあげたんですね」
女に騙された汚点をどうしようもない罪と汚濁で塗り潰したのだ。
「救いようのない、馬鹿だろう? せめて長く楽しめばいいのに、たった一晩で終わらせやがったんだぜ?」
本当にガキで弱い、と初代は吐き捨てる。
「処刑台にいて、民たちに蔑まれる自分を想像しただけであいつは逃げた。石を投げられ、罵声を浴びせられるのが嫌で死を選んだ」
初代は想像だけで全てを片付けたことが許せないようだった。
彼を慕っていた民、兵士、教会の司祭や修道女たちの気持ちすらも――ペドフィは自分の頭の中だけで決めつけて、放棄した。
「しかも、なんの罪もない少女たちを犠牲にした。その上、自殺の手段に使った。あのコたちには、死者を責めることができないとわかっていたのにな」
少女たちの気持ちは、想像するだけで痛かった。
自分たちを傷つけた相手であっても、信仰に基づいて丁寧に扱わなければならないのだ。恨むことも許されない。
もっとも、中にはそのまま信仰を捨てて者も少なからずいるだろうが。
「それでも、おまえはあのコを憎むのか? 神帝懲罰機関という理由だけで、視界に入れるのすら拒否するのか?」
届いていないはずはないのに、ペドフィは黙ったままだった。
「ったく、こんだけ言ってもだんまりか。救えないな。おかげで、嬢ちゃんは無策で敵に突っ込まないとならない」
「……え?」
ここに来て、ネレイドは思い至る。
話を逸らされただけという、恐ろしい事実に。
「不安の強い相手は泰然と構えていられない。不審な光を見つけたら、確かめずにはいられないんだ」
目を凝らしてみると、十人程度の人影。まだ距離はあるものの、周囲を警戒しながらこちらに向かっている。
「あーもう……っ!」
先に教えてくださいっ! という言葉を飲み込んでネレイドは四肢に闇を纏った。
そうして背中から大翼を生み出し、地面を強く蹴る。
相手が怯えているのなら、もっと怯えさせればいい。
そういった判断から、少女は月明かりに姿を晒した。
夜の空、際立つは血のように赤い髪と黒い翼。
次いで、黒い手足とメガネ。
その結果、見上げる魔族たちにはそれが人間の少女に見えなかった。
情けなくも、全員が一斉に背中を見せ――あっけなく、闇に呑まれることになる。