第106話 ――真相に迫る
文字数 3,756文字
沈黙を破ったのは初代。
苛立ちの混じった口調からして、納得はいっていないが他に対案もない様子。
「えぇ、第一に人間への転生が必要です。しかし、それには充分過ぎるほどの時間が経過しています。最悪、水鏡の観測者がそうであったとしても私は驚きません」
サディールは胸を撫でおろして、自分の推論を披露する。
「しかし、その堕ちた天使は
現状を顧みて、ペドフィが疑問点を衝く。
「相手は堕ちた天使です。となれば、聖力と魔力の両方を備えていると考えてもいいのでは?」
「だから、魂は巡るって言われてもなぁ」
初代はそこが気にかかるようだ。
「その教えを作ったのも堕ちた天使ですよ。それに聖力が魂に宿り、神剣レヴァ・ワンがそれを食らうのも明らかとなりました」
教会が絡んだ知識となると、サディールの独壇場であった。
「あとはそうですね、その堕ちた天使が人間と交わるなりして、子供を作ればいい。血に宿る魔力でさえ薄まることはなく、突発的に発現することはアレサにいた魔族たちによって証明されました。時間はかかるでしょうが、魂もまた巡り巡って新たな命に宿るかと」
そして、その交わった相手か子供を教会の始祖とする。
「純潔の身体に神は宿る。先代の話を聞く限り、その経典は昔からあったモノではありません」
ルフィーアでの一件を持ち出してサディールは反論を封じ、
「そして、魂は必ずしも血縁を巡るわけではありませんが、他人よりは可能性が高いと考えられています」
昔からずっと、その環境があったことを示唆する。
「なるほど、それで神帝懲罰機関か。年老いた者は表舞台に出てこないと言っていたが、まさか?」
ネレイドの中で聞いていた話を思い出し、ペドフィは嫌そうに尋ねる。
「えぇ、普通に子供を産んでいた。もしくは、産まされていたと思われます。実際、平和な世の中が続いていたのに、孤児が集まり続ける状況は不自然です」
もちろん、本物の孤児も混ざっているはず。
血脈は絶対条件ではないのだから、他人がいても致命的な問題にはならない。
「目的は安定した器の作成、とでもいいましょうか。環境を揃えることで、人間が似たような性質を備えていくのはわかりますよね?」
教会や騎士団を思い浮かべ、初代とペドフィは頷く。
「もっとも、先代のような突然変異が稀に現れることは否定しませんが」
「人を魔物みたいに言うんじゃんねぇよ」
「これは失礼を。ただ、それこそ魂が巡った証だと私は思います。同じように育てられ、同じように学んでいながらも他者と一線を画す存在」
「――時代は巡る、か」
ここにきて、竜が言葉を挟んだ。
「汝の言う、魂や血脈は我にはよくわからぬ。だが、いつの時代においても勇気ある者は存在した。そして、その者を見つける度に我々は言っていたものだ」
――時代がまた用意したぞ、と。
「それが転生ってか?」
相変わらず、初代は気に食わない様子だった。
「その言葉を我は知らぬ。だが、汝は汝であろうレイピストよ。それに我が知る限り、汝のような化け物じみた人間は記憶にない」
「つまり、同じ魂が巡ったとしても同じ人間になるわけではありません。生まれや環境、経験によって人は変わりますので」
竜に感謝をしながら、サディールは話を進める。
「ゆえに、その為の神帝懲罰機関です」
魂の違いを見分けるには、その他の条件をできる限り揃えておきたい。
「気の長い話だが、千年程度ならどうってことないと言ってたな」
初代は言いつつ、竜を見る。
「左様。多少、
「もちろん、人間たちは違います。だからこそ、神帝懲罰機関から教会が生まれ、蔑ろにしていた聖なるモノたちの末裔からは王家が誕生したのでしょう」
こんな状態でありながらも、サディールが人外だと思うのは初代と竜だけであった。
「これまでの間、その天使紛いが転生した可能性はあると思うか?」
もう一人の人間、ペドフィが質問する。
「正直な話、堕ちた天使が強力な魔の存在を封印していたのは、人間にレヴァ・ワンを与える為だと私は思っています」
「まぁ、あんなのが魔境にいたらとても見つけられなかったな」
初代ですらレヴァ・ワンがなければどうすることもできなかったと言う。
「たとえ転生していたとしても、目的を果たせなかったのは間違いないでしょうが……」
はっきりとしないサディールに代わり、
「レヴァ・ワンを見つけられなかったか、見つけたが主として認められず食われたか。もしくは、既におれたちの誰かが主となっていて、奪い取れなかったか」
ペドフィが口にする。
「後者だとしても、簡単に諦めるわけねぇだろ?」
初代の指摘は正しいだろう。
「心当たりとか、ねぇのか?」
なんせ数千年に一度、あるかないかの機会だ。
「そうは言われましても……」
サディールは困ったように言う。
「現に、三人とも殺されていますからね」
更に言えば、初代を除けば神帝懲罰機関が大きく関与している。
「それに私たちが死んで、封印されていた間はさすがにわかりかねます」
「だが、今回の騒動の大きさを考慮すると、一度失敗したからだと思わないか?」
ペドフィからしてみれば、明らかにやり過ぎであった。
「水鏡の観測者は、わざわざレイピストに恨みを持つ魔族を探し出している。もちろん、その後のことはすべて、おれたちが身体を奪った魔族たちの主導かもしれないが」
大選別の日程や参加者の記録など、その目的を知っていながら手を貸していた節はある。
「相手は仮にも元天使だろう? 英雄や鬼畜として恐れられていたとしても、たかが人間相手にそこまで警戒するか?」
先祖を棚に上げて――竜が初代を恐れているのを知っていながら――ペドフィは疑問視する。
「だから、知っていたんじゃないのか?」
レヴァ・ワン――ひいては初代レイピストの力を。
「そうですね。もし今回が初めての転生だとすれば軽く二千年以上は待ったわけですし……立場的に、レヴァ・ワンを奪うのも難しくなかったはず」
水鏡の観測者であれば、その機会はいくらでもあったとサディールは指摘する。
「加え、前例がある」
「ですね」
ペドフィとサディールは揃って、先祖に目をやる。
人間でありながらも、悪神の頂点からレヴァ・ワンの支配権――契約を奪い取った存在。
「人間が、神から奪い取ることができたんだ」
「元天使が、人間から奪い取れると考えるのは自然ですね」
「だから、オレはただ死にたがっていた神に引導を渡しただけだっての」
初代はそう否定して、
「それよか単に契約が生きているか、確かめたかったんじゃねぇのか? 今となっては、教会がオレたちの血縁を徹底して殺した理由も穿って考えるべきだ」
竜を見る。
「我々にとって契約は重い。改竄する天使や悪魔でさえも、裁定が下された契約に関しては素直に従っていた」
つまり、天使や悪魔には契約を奪い取る発想自体がない。
「そういう意味では、レイピストの言が正しいやもしれぬ。汝の血筋を絶やし、契約を白紙に戻す。もっとも、元天使の考えなど我にはわからぬ。魔に堕ちたとはいえ、結局は我々とは違う存在であったゆえに」
付け加えられた答えを聞き、レイピストたちは頭を抱える。
「これ以上は、仮定と推論だけじゃ話にならないですね」
「あぁ、後は直接本人に訊くのが早い」
「それに、オレたちを見逃す気がないってことはわかった」
これまでの推測が正しければ、堕ちた天使は必ずネレイドを殺す。いや、殺さなければならなかった。
「そうなりますと、アレサでヘーネルさんを逃がしたのは正解ですね。その情報をチラつかせば話し合いはできますし、最悪、時間稼ぎにもなります」
「別に問題ないさ。オレの血縁がいなくなったとしても、最終的にはオレとの一騎打ちだろう?」
初代が物騒な笑みを浮かべるも、
「……ですから、心配なのですよ。先代は既に飽きているでしょう? 殺してくれるのなら、喜んで殺されるのでは?」
サディールはそれを見せかけと判断した。
「向こうがオレを信じて、殺してくれるのならな」
「それなら、心配いらないでしょう。相手が常軌を逸しているのは、疑いようもありませんから」
言い得て妙だが、堕ちた天使は種族と時代――そして、世界をも越えた壮大なる恋愛劇の主役を演じているようなモノ。
「聞いた話によりますと、恋をしていれば、どんな狂気のただ中でも喜びを見出せるそうですよ」
にっこりと笑って、
「現に、私に恋してしまったとほざいていた捕虜は――」
サディールは経験談を話そうするも、
「はい、解散」
「なら、私はお菓子とお茶の続きを楽しむとしよう」
「おれも、ご一緒させて貰おう」
耳を傾けるモノは誰一人としていなかった。