第86話 決着、城塞都市アレサ
文字数 5,021文字
サディストのお手付きだからと、リビが気に入っていた男も同じように。
そして、そんな状況でサディストと竜の乱入。
「私たちもいかない?」
ヘーネルは自分たちの勝利を諦め、提案する。
「ここで見ているだけってのは性に合わない」
「オレは構わないぜ。サディールみたいな趣味はねぇからな」
そう言って、初代レイピストは荷物を運ぶかのように抱え、屋根の上から飛び降りた。
もはや、抵抗や文句を言う気分でもなく、ヘーネルはされるがまま。
「よう、上手くいったようだな」
「……その方はヘーネルさん、ですね?」
気安く、レイピストたちは会話を始める。サディストの肉体がアレクトのモノとわかるも、ヘーネルにはどうしようもなかった。
「おまえは相変わらず悪趣味だな」
「捕虜は威勢がいいのに限ります」
「誰が捕虜だ! 放せこらぁっ殺すぞっ!」
黒い鎖で拘束されたリビは喚くも、無駄な様子。
本当に悪趣味だと、ヘーネルは今更ながらサディストの異名を思い知らされる。
「先代はそちらの身体に?」
「正直、オレが肉体を持つとレヴァ・ワンがどうなるかわからんからな」
「お嬢さんが解放され、レヴァ・ワンがそちらに移るのなら問題はありませんけど期待はできませんね」
「だろ? こいつも血縁だし、そこにオレが入ったら嬢ちゃんは要らなくなるわけだ。かといって、食い意地の悪い馬鹿剣が素直に手放すとは思えん」
ヘーネルとリビにしてみれば、聞いていて最悪の話題である。
まさか、家畜の気分を味わうことになるとは思ってもいなかった。
「じゃぁ、片方は処分ですか? 勿体ない」
「嬢ちゃんに決めさせる。あいつが女を殺せるかどうか、そこもわからんし」
「あー、言われてみればそうですね。でも、このリビさんも女ですよ? なんでも、
「元神帝懲罰機関か。
「大丈夫ですか? 下手したら、ペドフィ君が負けそうですけど?」
「ただ煩いだけの女にあいつが負けるはずがない」
「――ふざけんなぁぁぁっ!」
聞き捨てならなかったのか、地面に転がされたリビが喚く。
「好き勝手ほざきやがって! 俺が負ける? 上等だ! もともと、あんたら纏めて俺が殺すつもりだったんだぜ? ペドフィスト如き、呑み込んでやる!」
「本当に口煩い女だな」
初代はバッサリと切り捨て、無視する。
「……アレクトさんの記憶を読む限り、一応、そういうつもりではいたみたいですよ」
「マジかよ? こんなの、おまえの玩具になるのがオチじゃねぇか」
「黙れっ! 俺は沢山の魔物を身体に受け入れ、打ち勝ってきたんだっ!」
「あっそ、じゃぁ頑張れよ」
冗談でも煽りでもなく、初代は眼中にない様子であった。
「……こいつにおれが?」
そうして、空間転移――突如、見慣れない男が現れた。
内気そうな少年に見えるが、瞳の輝きは暗く死んでいる。長い黒髪もただ伸ばしただけのようで、やぼったさしか感じられない。
「元神帝懲罰機関だそうだ」
それを聞くなり輝きが更に沈み、
「なら、悪くない」
瞳に鮮血のようなシミが浮かびあがった。
「来いよっペドフィスト! 殺してやる。女のガキにしか手を出せなかった臆病者にこの俺が負けるもんかっ!」
初代の所為で、リビの威勢は負け犬の遠吠えにしか聞こえなくなってしまった。
「……そうか」
三代目の姿が消えるなり、
「乱暴ですね、ペドフィ君も」
サディールが零す。
「あいつに、おまえみたいな器用な真似ができるかっての」
初代はそう返して、最後の一人に目を向けた。
「怖いか?」
「死ぬのは怖くない。でも、食べられるのは怖い」
ヘーネルは正直に心の内を吐露する。
「そして、何よりもあなたたちが恐ろしい」
二人の話を聞いていると、殺すのが優しさに思えてくるほどであった。
「だったら、命乞いでもすればいいさ。あんたの処遇に関しては、嬢ちゃんが決めるからな」
「まぁ、それでいいでしょう。ヘーネルさんはただの狩人であって、それ以外の何者でもなかったようですし」
そうして、三人はネレイドを待つ。
改めて見ると、彼女の戦い方が一番レイピストに似ていた。
単純に早く、強く、的確な攻撃。威力も規模も段違いに低いものの、方向性としては一緒だった。
「――
突風で敵を怯ませると同時に接近。
目を開けていられないほどの風となると、どうしても瞑るだけでは堪えきれず――相手の腕を封じることに繋がる。
だから、容易く切り刻むことができた。
一方、エリスは上空で逃げる敵を見定め、急襲している。
「……とんだ化け物ね」
石の街から人質がいなくなった途端、戦いは虐殺へと転じた。
しかも、二人の少女のほうが異形であるからか、見ていてこれが当然の報いなのか疑問すら浮かんでくる。
「……その人は?」
作業を終えたネレイドが問う。
血はレヴァ・ワンがすするからか、見た目は奇麗なまま。
それなのに酷い死臭を漂わせているものだから、異様な雰囲気。とても、人間の少女には見えなかった。
「魔族の一人。聖都カギに始まり、
説明は以上、と言わんばかりである。
初代は羽虫型になって定位置――ネレイドのヴェールに止まってから、
「どうするかは嬢ちゃんが決めな」
いつもながらの口調で預けた。
「……女の人、いたんだ」
ネレイドからすれば、理解に苦しむことだった。いつからか勝手に、敵は男と決めつけてしまっていた。
今まで見てきたのが乱暴狼藉の類であったから、そこに女の姿はなかったから。
それがなくとも、女が女を殺す例は少ない。
女が殺すのはまず子供で次に男。同性を殺すのは嫉妬が導火線となった場合であり、ここでは無縁の感情である。
「魔族は全員、殺すって決めてたから……」
責任感からネレイドは選ぼうとするも、
「首尾一貫ってのは想像力のない人間の最後の拠り所だぜ。いわゆる、小者の防衛意識って奴だ」
頭の上から、からかう声。
「だからこそ、民衆受けはいいけどな」
ネレイドは感情的に頭を払うも、たぶん避けられた。ムカつく、とそんな感情がふと懐かしく思う。
「……何か言い残すことはある?」
ぶすっとした表情で少女は続ける。
初代レイピストのおかげで、ヘーネルの心は落ち付いていた。ネレイドがただの少女にしか見えなくて、言うつもりのなかった台詞が浮かびあがる。
「――私の勝ちだから」
「……え?」
「私の矢はあなたを落とした。だから、勝負は私の勝ち」
急に勝ち誇られても、ネレイドには訳がわからない。
それでも清々しい笑顔と上から目線が気に食わなくて、
「そんなことないしっ!」
感情的に言い返す。
「私、負けてないもんっ!」
「そう? 初代レイピストがいなかったら、負けてたと思うけど?」
「違いない」
またしても茶化す声。
今度は両手を使うも、羽虫は逃げおおせている。
「レイピスト様は、何が、したいんですか?」
完全に拗ねた物言いで、ネレイドは尋ねる。
「嬢ちゃんが、無抵抗の女を殺せるかどうかが知りたいだけだよ」
「だったら、黙っていればいいじゃないですか。なんで……意地悪ばっか言うんです? 私だって、どうしたらいいかわかんないのに……」
せめて戦闘の最中だったら、迷うことなく殺せた。
なのに、終わった後でやらせるなんて酷いとしか思えない。
「オレにとっちゃ大事なことだからだよ。この一線はな」
「……この一線て?」
「無抵抗の相手を殺せるかどうか。特に女が女を殺せるか。それも組織や誰かに起因する責任とは関係なく、個人の采配でヤレるかどうか」
「……」
「以前も言ったが、衝動で人を殺すと後が面倒だ。かといって、そこに色々と理由を付ける必要もない。ただ、殺したいから殺す。それこそが正しい」
憶えている。
だからこそ、ネレイドは今まで殺してきた。
「罪という概念のほうが後付けなんだ。それでも、人が人を殺したくないという気持ちは確かにある。たとえ何百、何千と殺していようともな。周囲の馬鹿どもは理解に苦しむらしいが、そういうもんだ。オレにだって殺したくない気分の時はあった」
「え? 気分……?」
一緒に聞いていたヘーネルが思わず漏らすも、誰も反応しない。
「そっか……」
ネレイドはディリスの森のことを思い出し、反省する。あの時は先祖たちを鬼畜だと決めつけ、自分の代わりに魔族を殺して貰おうと浅はかなことを考えていた。既に沢山殺しているんだから、今更増えたって別に構わないだろうと。
でも、違った。違ったんだ、と少女は嗚咽を呑み込む。
「そして、それを乗り越える為に人は色々な理由や大義名分を用意する。ペドフィがまさにそうだ。英雄であることにこだわり、敵である魔族を容赦なく葬った」
ネレイドも同じである。ただ誰かを助ける為じゃなく、自分が許せないという個人的な理由を振りかざしてここまでやってきた。
「けど、オレはそいつが気に食わない。できない奴に無理やりやらせる必要なんてないって思っている」
「……あ」
その言葉でやっとネレイドはわかった。
「そっか……」
初代が言わんとしていること、彼の優しさが――
「殺さなくて、いいんだ」
自分で決めたのだから、やらなければならないって思い込んでいた。
じゃないと、沢山の人が苦しみ、困るかもしれないから――
でも、そんなのは殺したくない気持ちを隠す為だけの言い訳でしかなったのだ。
「という訳で、好きにしていいぞヘーネル」
「え? ……いや、本当にいいの?」
「オレたちはな。けど、街の人や教会は違う。だから、死にたかったら頼めばいい。エリス――竜を宿した神帝懲罰機関の女なら喜んで殺してくれるぞ」
「……あなたに言っているんじゃありません」
ヘーネルはネレイドに向けて、
「本当にいいの?」
確かめる。
「私はまた、誰かを殺すかもしれない。あなたを傷つけるかもしれない。それでも、いいの?」
ネレイドは泣き顔のまま頷いて、
「その時はきっと後悔すると思う。でも、後悔したくないっていう理由で今嫌なことをやりたくはない。だって、後悔したくないってただの個人的な我儘だもん」
「それも妄想じみたな」
懲りずに頭――羽虫型の初代をはたこうと手を振る。
「あと、あなたを殺したい人は沢山いるから。私がわざわざ嫌な思いをしてまで、殺す必要なんてないかなって」
表情の所為でいじらしく聞こえるも、言っている内容はかなり酷かった。
さすが鬼畜の末裔――レイピストの子孫といったところか。
「そう。じゃ、お言葉に甘えて逃げさせて貰うわ」
最後に一目だけ、リビを見やってからヘーネルは駆けていった。
軽々と建物の屋根に跳躍し、渡っているところからして並大抵の人間では捕らえることはできないだろう。
「えっ!? ちょっとまさか! 逃がしたんですか?」
サディールと何やら話していたエリスが、咎めるよう訊いてくる。
「うん、逃がした。殺したかったら、そっちでやって。私はもう疲れたから」
「あなたねぇ……」
開口一番、甘ったれた我儘をぶつけられエリスは肩を怒らせる。
「言っておくが、あの女は弓の名手だからな。レヴァ・ワンがあったから超遠距離狙撃は許さなかったけど、そうじゃなかったらかなり厄介だと思うぜ」
「はぁ……。わかりました。後で教会に通告しておきます」
許す気はないが、今から追いかける気にもなれなかった。エリスとて色々あって疲れているし、これからのことを考えると気が滅入る。
「そういや、黒幕は水鏡の観測者で決定らしいな」
世間話の軽さで初代は言う。
「はい。ですから、ここも安全とも言えません。もし彼女の単独でなかった場合、神帝懲罰機関や王国騎士団も敵に回すことになります」
「あれ? おまえはなびかないのか?」
「わたしは神の剣です。罪が明らかとなった以上、相手が誰であっても容赦はしません」
「そりゃ、頼もしい。ここに魔獣が封じられていたことを考えると、戦力はいくらあっても嬉しいもんだ」
初代の視線を追うと、見慣れない男性が立っていた。
だが、首から下は確かネレイドと戦っていた魔族。
「おかえり、ペドフィ」
二人の少女が訝しな顔をする中、初代はあっさりとその名を呼んだ。