第114話 始祖の武器、終結の集い
文字数 4,133文字
魔を統べる神、審判者を自称するヴァンダールが問う。
「……嫌がらせ?」
精一杯の虚勢から、ネレイドは答えた。
「あながち間違いではない。ただ、ワタシ――いや、魔に属するモノはレヴァ・ワンを恐れている」
今更な情報だが、少女は黙っていた。
休憩させて貰えるのなら、素直に聞いてあげようと。
「人間がいうところの死神の鎌、死の象徴。そんな言葉ですら足りないほど、汝が振り回す剣は恐ろしいのだ」
ヴァンダールはしつこく繰り返す。
いかにレヴァ・ワンが怖いかを。
「そう、剣だ。それこそ、すべての世界で初めて創られた武器なのだ。ゆえに神と魔は剣を恐れる。それ以降、多くの武器が誕生し、進化していってなお――剣こそが我らを脅かす、唯一の武器と言わんばかりに」
始祖の武器。
世界が、血が、魂が――剣の威力を憶えている。
「神々でさえ、剣による戦いなど知らなかった。だが、レヴァ・ワンは強制的に我々をその場に引きずり下ろし、次々と屠っていった」
善神と悪神、魔神に聖神、天使に悪魔。
肉体を持たない力の集合体では、勝負にすらなりやしない。
彼らにとって、戦いは自らの身体を消費すると同義。またあらゆるモノを生み出し、操ることもできたので、他の武器に頼る発想に中々たどり着けなかった。
「随分と犠牲を払ったものだ。我々が壊していったモノが、武器になると気付くまでにな」
火、水、風、土、木、雷。
簡単に支配し、操れるモノがレヴァ・ワンには効くという皮肉。
そうして肉体を持たぬモノたちは、自分より弱いモノを武器とすることを覚えていった。
「それでも、勝敗は変わらなかったが」
物質の支配権を争う戦いにおいても、レヴァ・ワンのほうが強かった。
結局、自分たちの力を使えば使うほど、レヴァ・ワンには敵わなくなる。
「だから、我らは人間の武器を扱うようになった」
壊さないよう握るところから始まったので、自然と人間の身体を使うことになったという。
「……それで、なんで私と一緒なの?」
話を聞いていても、そこがわからなかったのでネレイドは尋ねる。
「見本が目の前にあるからだ」
つまらない理由に、
「それだけ?」
つい訊き返してしまう。
「そうだな。攻撃が読みやすくなる、というのもあるな。同じ身体だと、どう動かしているのかが実にわかりやすい」
それで、自分の攻撃が当たらないのかとネレイドは納得する。
「同じ武器を使うのも?」
「根本的な問題だ。我々にはどういった身体の人間、またどういう武器が強いのかがわからない」
次元が違うゆえの乖離。力の多寡がすべてだったからこそ、戦いにおける相性の概念が存在しないのだろう。
「我々にはその多くを把握し、理解するのは困難である。だから、同じモノを使うのだ」
まさかの消去法。それも楽だからという、安直的な理由。
なのに、憎らしいほど厄介であった。
「それで、そろそろ動けそうか?」
ネレイドは剣を杖にして、身体を起こす。
聖力を宿した戦装束のおかげで、傷らしい傷はないものの全身が痛かった。
それに白い装束がだいぶ汚れてしまっている。損傷を肩代わりしてくれたのだとすると、楽観視していられる状況でもない。
なんであれ、服が破れるのは嫌だった。
「案ずるな。汝が諦めない限り、ワタシは無駄な破壊をしない」
「……」
死ぬまで――いいや、一生痛めつけられるのかと思うと、ネレイドは諦めたくなってくる。
「それとも、やる気がでると言うのなら――」
苛立ちに任せて、ネレイドは剣閃を放つ。地面を走るような衝撃波は同様の力に塞き止められ、静けさが際立つ。
さすが魔を統べる神といったところか。こちらが選んだ魔術と同等の力を瞬時に選び、相殺してくる。
すなわち、魔術は通用しない。
少なくとも、不意打ちでない限り徒労に終わる。
勝つには剣技で圧倒するしかないと、ネレイドは身体の操縦に意識を割く。
そうして、黒い翼と四肢を収めた。
「……やっぱ痛い」
強く握れば握るほど、鈍い痛みが生身の手に伝わってくる。足もそう、地面を踏み潰す勢いだと痛くて嫌になる。
懐かしい感触だった。
馬鹿みたいに走って、遊んで、こけて、泣いて――そういった、思い出に残っている痛み。
「よしっ、やるぞっ!!」
ネレイドは顔を上げ、勝ち気な笑みを見せる。
「――時代がまた、用意したか」
ヴァンダールは訳のわからない台詞を口にしてから、
「眷属ではなく、汝もまた新しい時代の新しいレヴァ・ワンかもしれぬな」
ネレイドに似た顔に相応しくない表情を浮かべた。
それは喜びの中に悲しみと寂しさを忍ばせた、大人びた眼差しだった。
水鏡の間を後にしたサディールとペドフィは、大聖堂の宝物庫を物色していた。
「……おまえ、本当そういうところ凄いよな」
ペドフィが呆れながらも、賛辞する。
まさかあそこまで格好つけて、盗みを働くなど想像すらできなかったと。
「私は分際を弁えていますからね。それに、ただ死ぬのは御免です。使えるモノは使って、精々抗ってみせますよ」
偉そうなことを言っていたものの、実のところ二人は竜を宿したエリスにも劣る。
「それに、ペドフィ君は命を使うんでしょ?」
「まぁ、な。それが一番、確実な方法だ」
自ら死を受け入れても駄目。自滅でも蘇った。
だからこそ、ペドフィは自らの意思と行動でもって、自分を粉々に壊す気でいた。
「なら、無駄死にはさせられません」
二度も無駄死になんて可哀そうだと、サディールは心の中で漏らす。
「悪いな」
「いいえ、お気になさらず。おかげで泥棒の大義名分ができました」
今のサディールには魔力を宿した錫杖だけでも、無いよりはマシである。
「で、どっちを狙う?」
「堕ちた天使ですね。個人的に殺してやりたいので」
「ここに来ると思うか?」
「来るに決まっていますよ。たとえ悪魔に成り下がっていたとしても、この状況です。
それにほんの僅かでも、天使としての名残があれば人間を無意味に殺しはしない。
「それに、堕ちた天使にとって今の世界は変わって見えるはずですからね。ここが同じ世界だと確信する為にも、既知の間柄を求めるのが道理でしょう」
「魔を統べる神、アイズ・ラズペクト、レヴァ・ワンか」
「えぇ。あとは精神面で転生体と繋がっていたかどうか。幾千もの間、悪魔として恐れられていた影響次第ですけど」
竜曰く、神でさえ人間の祈りで随分とおかしくなっているらしい。
「どっちに転んでも、レヴァ・ワンを殺しには来るかと」
「今更、
「同感ですけど、来るなら準備を終えた後でお願いしたい。結界を始め、設置できる術式は可能な限り用意しておきたいので」
そういうわけで、サディールとペドフィはかき集めた術具を持って、外へと移動し始めた。
その頃、サディールの推測通りに堕ちた天使は戸惑っていた。
マテリア――
その姿は、背中に黒い翼をはやした人間の少女。
大勢の人間が見上げている中、堕ちた天使は世界に意識を傾けていた。
そして、世界がすっかり変わってしまった事実に気づく。
自然に満ち溢れていた魔力は枯れ、感じられるのは人間の器に納められたちっぽけな残滓のみ。
ゆえに、どれほどの犠牲を強いて自分が召喚されたかを悟る。
本来、
だが、時代に合わせて、堕ちた天使の転生体が手を加えていた。
その一つが場所――アルベの街に辿りつくなり、マテリアは堕ちた天使の声を聞くようになった。
――魔族を殺せ。街を占拠した魔族を殺せ。
内なる声に急かされるまま、マテリアは動き続ける。途中から、それを神の声だと決めつけて――自らを神の剣とした。
奇しくも、それが神帝懲罰機関としての使命とも一致していたこともあり、抗う理由はなかった。
ただ、五芒星の街を解放していくごとに、マテリアとしての意識はあやふやとなっていった。
ナターシャと同じように、他人の精神に浸食された次第である。
そうして、五芒星の街を魔族の血で満たし――自らがレヴァ・ワンによって空いた穴を埋めれば、二つ目の条件も満たせる。
残りは一つ。
果たして、それこそが初めに嵌められていた枷であり、欠かすことができない絶対条件――強力な魔の存在であった。
そう、かつてレイピストが言っていた契約者の務めは正しかったのだ。
すなわち、教会の最終手段。
もし、レヴァ・ワンがいない状況で人の手に負えない魔が現れた際、それを退け――レヴァ・ワンが生まれ次第、贄となる運命の殉教者。
つまり付け加えられた条件はすべて、時代と共に枯渇していった魔力を補う為のものに過ぎなかった。
「あぁ……」
ふと、堕ちた天使は思い出す。
その時が来るまで、
次いで、そのことを知っている人々を殺さなければと思った。
――
可哀そうだから
。慈悲のつもりで、堕ちた天使は殺戮へと繰り出す。
だって、あの人たちは本当に親身だった。心からマテリアを案じて匿ってくれた。それなのに、こんな結末ではあんまりだ。
助けた人が大罪を犯したと知ればきっと傷つき、後悔してしまう。
――だから、知らなくていいように今ここで殺してあげる。
ただ、堕ちた天使に人間の個体は判別できなかったので街ごと殺す羽目になる。
それでも慈愛の心は忘れず――復興させやすいよう、街があった形跡すらも残さず消滅させた。
「……ボクは何処だ?」
力を行使したのに、反応が探れない。
自らの半身ともいえる、魂を一切感じることができない。
「……ここは本当に、ボクがいた世界なのか?」
それを知るには、強力な魔の元へ行くしかなかった。
そうして、堕ちた天使は人々の前から姿を消す。
空間を渡り、神とレヴァ・ワンが戦う場へと馳せ参じる。
――滅び去ったアルベの街の空には黒い羽が舞い散っていた。