第90話 サディールの暇つぶし
文字数 3,102文字
御者を勤めるのは王国騎士団。また、周囲にも騎兵隊が配置されている。
城塞都市アレサの陥落に伴って山賊が増えたので、その警戒とのこと。
状況的に黒幕からの奇襲はあり得ず、レイピストたちはくつろいでいた。
中には八名ほどが座れるスペースがあるが、乗客は七名(内一名は羽虫)。
ネレイド(初代)、サディール、ペドフィ。
その対面にエリス(内なる竜)と追加人員――王国騎士団と神帝懲罰機関から一人ずつ推薦された者が同乗していた。
「こっちのほうには初めて来ましたけど、
外の景色を眺めながら、ネレイドが感心する。
広がるのは人間の手が加えられた果樹園。遠目からだと、本当に色鮮やかで見ているだけで微笑んでしまう。
道も広くて奇麗で――馬蹄や車輪の響きすら、心地よく感じられた。
「開拓地では難しかった芸術性、生活様式を整えることで住民を繋ぎとめようとしたのでしょう」
サディールはそう推測して、緊張を露わにしている二人に声をかける。
「もう少し、穏やかになれませんか? こうも狭いと、気になって仕方がないのですが?」
更に言わせて貰えれば、共に若くもないので見ていて微笑ましいとも思えなかった。
「こ、これは失礼いたしました」
立ち上がり、頭を天蓋にぶつけたのは王国騎士のニケ・アマノサグメ。金色の髪を後ろに逆立てるように流し、広い額を脂汗で輝かせている中年の男。
この一行に加わるのを推薦されただけあって、身体は逞しく背も高い。
今は簡易な鎧に身を包んでいるものの、重装備が映えそうな容貌――目が鋭く、鼻が大きい威圧的な面構えをしている。
「……無茶を仰る」
エリスと同じ祭服――黒を基調に赤い十字架を模した――を纏ったユノは上品に首を振る。
黒い髪に切れ長の瞳。凜と佇むだけで、場を支配できそうな冷たい美しさを持っていながらも、現在はからっきし。
子供みたいに視線は泳ぎ、相手を窺うように不安げな表情を浮かべている。男から見て、いわゆる隙だらけでどこか抜けている女そのもの。
「あなたたちが、どうしてもと仰ったから同行を許可したのですよ? 芸でも披露して私たちを楽しませろとは言いませんが、場の雰囲気を悪くするのは止めていただきたい」
当然のように、両組織はサディールの言い分に納得しなかった。
どれだけ役立たずと罵っても、折れることなく――しつこかったので、逆にこちらが折れた次第であった。
もっとも、おかげで快適な旅路を得られたので、必ずしも妥協したとは言い難い状況ではある。
「しかし、こんなのにも近くに生きた伝説の方々がいらっしゃると……」
ニケの視線はネレイド――の肩にいる初代に向けられていた。
が、些か興奮した顔つきなので、当の少女からは思いっきり警戒した視線を返されている。
「こうも強く、強大な魔に囲まれていては泰然となどしていられません」
ユノは同僚であり、年下のエリスを怯えるように見ていた。
詳しい年齢は不明であるが、祭服を着てもなお隠し切れない色気からして、三十手前だとサディールは推測する。
自覚のあるエリスは申し訳なさそうに身を縮め、自覚のないネレイドは騎士に背中を向けるようにして外の風景を楽しんでいる。
「
「もちろん、大っぴらにはされておりません。ただ、最強の戦士として語り継がれていたと申しますか……」
「先代には憧れるだけ無駄ですよ。戦い方といい強さといい、出鱈目過ぎてなんの参考にもなりませんから」
「それは存じ上げております。相手より強く、早く、確実に敵を切り伏せる。その教訓もまた語り継がれて、おりますゆえ」
話題の焦点の羽虫は気にも留めず、ネレイドと一緒の外を見ていた。僅かでも、かつての面影を探そうとしているのかもしれない。
けど、世界はあまりに変わり過ぎていた。
「で、そちらは仮にも同僚でしょう?」
「十二も離れていますと、一緒に生活することも顔を合わせる機会もありませんので」
ユノが否定して、エリスも頷く。
「では、マテリアさんは?」
「よく知っております。私は彼女を姉として、慕っておりましたから」
音信不通を思い出してか、ユノは悲し気に目を伏せる。
「それなら、
サディールの提案で、そちらにも何人かは動いていた。マテリアを見つけることは無理でも、せめて街にいない事実だけは確認しておきたい。
彼女の失踪はどう考えても、
「私の能力は探索よりも、戦闘に秀でていますので」
「どれだけ強かろうと、私たちには及ばないんですけどねぇ」
「それでも、神の剣が逃げるわけにはいきません。特にその相手が錆びて朽ち果てた同胞というのなら尚更に――」
命令する立場でありながらも、黒幕が傀儡にするのを諦めただけはある。ここまで頑なだと、面倒で仕方がない。
「……」
ペドフィは我関せずと、沈黙を貫く。
ネレイドは騎士の視線が嫌々な様子。
エリスは静かに佇み……いや、内なる竜と話している。
自分の行動を客観視できないのか、ニケは隙を窺っては少女を盗み見。
ユノはおろおろとして、「――はっ!」そんな自分に気づいて戒め、「うぅ~」またおろおろを繰り返す。
「はぁ……」
誰一人、歩み寄ったり周囲を気に掛ける気配がなくて、サディールは嘆息せざるを得なかった。
自分も好き勝手にしたいものの、こんな狭いところでエリスやユノを虐めるわけにもいかない。かといって、外に『目』を飛ばせば悪戯に部隊を混乱させる危険性が高すぎる。
「――ねぇ、ペドフィ君」
「黙れ。おまえの暇つぶしには付き合わない」
「少しは先祖を敬いませんか?」
「真面目な話ならいい。だが、おまえのふざけた話には絶対に付き合わない」
もしかしなくとも昨夜、穴を貸して欲しいと頼んだことを恨んでいた。
別にイヤらしい気持ちはなく、実験したい好奇心から口にしただけなのに、冗談の通じない相手である。
弁明したいが、たぶん聞いてくれないだろうとサディールは諦める。
そもそも座った席が失敗だったと、今更ながら後悔する。
ネレイドとペドフィは窓から外を見ていられるが、間にいては身の置き場がなかった。
正面にいるエリスは完全に心あらず。
その隣のニケは、一番遠くのネレイドの肩にいる初代に夢中。
からかって遊んでやろうかと思わなくもないが、この狭さであの巨体に喚かれたら、不快感のほうが勝ってしまいそうだ。
となると、暇つぶしできそうなのはネレイドか対面にいるユノしか残っていない。
とはいえ、昨夜の食事から察するにネレイドはまだ傷が完治しておらず、無駄なお喋りに付き合わせるのは些か躊躇われた。
先代は柄にもなく哀愁に囚われているようなので、恐ろしくて触れられない。
サディストだけあって、相手の感情には敏感であった。
つまり、残ったのはユノだけ。
彼女であれば、からかわれたとしても耳障りに喚きはしないだろうと、
「ねぇ、ユノさん――」
サディールは嗜虐的な笑みを浮かべて、声をかけることにした。