第80話 覚醒

文字数 4,763文字

 ネレイドはあくまで人間だった。
 異形の手足と翼こそあれ、少女の面影をきちんと残していた。
 
 しかし、ペドフィは違った。
 纏う量も質も半端ではなく、もはや闇に呑まれているといった具合。また、その闇は炎や雷のように爆ぜており、近づくことさえ躊躇われる。
 現に制御できていないのか、飛び散った闇が建物や壁に亀裂を入れていた。
 それでいて顔は少女のまま――

「――怯むな、撃てっ!」
 
 命令が響き渡り、懲りずに砲口が弾を吐き出す。
 が、遠距離で誰かを巻き込む危険性があるのならともかく、この状況下であればなんの脅威でもない。
 
 特にペドフィは動かずに戦える。

 第一射を防いだように、纏った闇から無数の触手が飛び出し――先端が花開くように砲弾を包み込んだ。
 そして、今度はそれだけに留まらず、触手は敵へと襲い掛かる。うねりながら空中で絡まりあい、巨大な大蛇と化して魔族たちを容易く丸呑み込んでいく。

 少女は一歩も動かず。
 その身体に纏った闇だけが荒ぶる様は、さながら悪魔に憑りつかれているようだった。
 
 目に見える光景に怯んでか、砲声が止まる。

「――らぁっ!」
 その隙を逃さず、初代は魔族たちの隊列に飛び込み、敵を切り裂いていく。
 
 が、既に指揮官と思しきリビは逃げていた。
 もしかすると、残っていた魔族たちは彼を逃がす為の捨て石だったのかもしれない。

「やっと、起きたか」
 茶化すように、初代は投げかける。

「……あぁ、目が覚めた」
 ペドフィは闇を収め、いつものネレイドの姿になってから応じる。

「そうか。なら、行くぜ。おまえはすぐ引き籠るから、嬢ちゃんの身体にいないほうがいい。ちょうど引っ越し先もあるし、自立するにはもってこいだ」

「かも、しれない」
 ペドフィはそう返事をしてから、
『もうしばらく、身体を借りる』
 ネレイドに声をかける。
『それまで休んでいろ』

『はい……すいませんが、少しの間、私の身体をお願いします』
『あぁ、任せておけ』

 ネレイドにとっては重傷のようだが、ペドフィにしてみれば大した支障ではなかった。傷は痛むが、それだけのこと。
 充分、戦える。

「さて、まだ次の策はあるのかね」

 初代が口にした途端、今までとは別の爆音が響き渡った。
 音に引かれて見てみると、神殿のほうから黒い煙が上がっていた。




 エイルにとって、今回の計画は楽しみだった。
 だからこそ、協力もしたし今も頑張っている。
 それでも、彼自身にはこれっぽっちの復讐心も生まれてこなかった。
 レイピストたちの罪を知っても、傷ついた仲間たちを見ても――他人事の域をでることはなく、何処か冷めた気持ちのまま。

 容姿からして、魔物の血を引いていることは否定できないのに――三十歳を超えているはずなのに、エイルの背丈は子供のままだった。
 それも十代の前半。これで可愛らしい顔立ちだったら、そんなに悪いことではないのかもしれないが、皮肉にも顔だけは年老いている。

 子供の背丈に大人の顔。これは本当に気持ち悪い。
 人間に似た、人間ではないモノは総じてそうだ。
 だから、人形や彫刻を気持ち悪いと思う人がいる。木目やシミに人間の顔を重ね、怯える人がいる。

 究極のところ、人間は自分たちに似て非なる種族を許さない。

 目や耳の形はおろか、肌の色が違うだけでも駄目。それどころか、考え方や信仰の相違でさえ認めない者すらいる。
 
 エイルはそういう意味で人里――正確には、教会から追放されていた。
 
 彼にとって、教皇と呼ばれている人を始め教会の司祭たちは凄そうに思えなかったのだ。
 一方でレヴァ・ワンやレイピストには強く心を揺さぶられた。
 もともと、各地の伝承を探るのが趣味だったこともあり、生きた伝説に辿りついた時には興奮を隠しきれず――ついつい、やらかしてしまった次第である。
 
 そう、エイルがここにいる理由は好奇心のみ。作戦を立案し、実行に協力するのも楽しいからに他ならない。

 ――自分の力で最強と呼ばれた伝説を攻略する。

 それだけの目的、自分が楽しむ為だけに仲間の命を使って聖都カギを滅ぼすことも決めた。
 とはいえ、本人の実務能力は限りなくゼロに等しい。それを自覚しているからこそ、自分が一番の無害だと本気で口にした。
 事実、平気でえげつない作戦を立てるくせして、自分では何一つ実行できないのだ。

「やだなぁ……」

 それでも、馬鹿ではないので動く時には動く。ここで竜に乱入されてしまったら、レヴァ・ワンの攻略どころではない。
 ――が、心の何処かで竜を見てみたいという好奇心もあって、エイルは手間取っていた。
 
 仲間たちからすれば迷惑な奴である。

 旧い神殿だからか過度な装飾はない。入り口から見える屋根に十字架と鐘が掲げられているくらいで、実に質素な造り。
 ただ、やたらと柱が多かった。建物を支える為だけでなく、いわゆる区画の防壁に当たる部分まで列柱でまかなわれている。

 数えるのも嫌になってくるほど――だからこそ、仕掛けに気付けた。

 百本近くありながらも、僅か三本の柱を破壊してやるだけでこの神殿は崩れ落ちる。
 しかも、ただの崩壊ではない。
 柱が壊れることで発動する魔術があり、それにより区画内を吹き飛ばす。
 
 もっとも、アレクトからの受け入りなのでどれほどの威力を発揮するかは不明であった。
 またリビ曰く、柱のあちこちに記されている紋様は召喚魔術(サモン)なので、何らかをこの場に()び出すとのこと。

 抜け道が第三区画に繋がっていたのを考慮すると、第三階層(山)は確実に消えるだろう。
 
 ―― 壊せば止められない。
 
 そして、その柱の前には既に魔導砲を構えた部下たちがいた。

『では、今から神殿を破壊します』

 復讐心に共感こそできなかったものの、アレクトは仲間だった。それも彼女が人を集めて、繋いでくれた。
 沢山の目は決して無駄ではなく、本当に色々なモノを見出していた。
 他の仲間たちも同じ気持ちだろうと、わざわざ全員に報告してからエイルは命令をくだす。

「壊してください。その後はすぐに退避。石の街まで戻ります」

 仲間たちからの返事はなかった。
 飛び交う言葉からして、余裕もないのだろう。
 それなのに、持ち前の好奇心からエイルは柱が壊れるのをじっくりと見届けようとしていた。



 エリスは地上へと急いでいた。
 来る時に罠は解除しているので、ひたすらに駆け走る。

「なに――!?」
 
 そうして地上に出た瞬間、激しい破砕音。

『強力な魔の気配がする』
 次いで、内なる竜の警告。

「まさか、これが?」

 話には聞いたことがあった。この神殿には最悪に備えた仕掛けが施されていると。
 もし魔物の侵攻がここまで及んだとしても、決してこの場を明け渡しはしない――

「どうにかできませんか? おそらく、この神殿は古の魔術によって破壊されます」

 証するように、外から爆音が響いた。

『逃げるほうが賢いぞ』
「わかっています。でも、守れるのなら守りたいんです」

 エリスや教会の人間にとって、この場は聖域である。
 だからこそ、魔族に明け渡すくらいなら壊してやるという気持ちも理解できてしまう。

「ここは信仰の礎を築いた場所であり、人々の希望でもあったんです。もし魔族を排除したとしても、この場所が失われてしまっていては私たちは勝ったと言えません」

 もっとも、その理屈を理解してくれるのはサディールだけであろう。

『理解はできんが、負けるのは我も好きではない』
 竜もわかってはくれなかったが、協力はしてくれるようだ。
『それに人間の魔術でこれほどの魔を発せられるのは、我が知る限り 血の契約(フォエドゥス・サングイニス)だけだ』

 つまり、魔に属する何かが召喚される。

『運が良ければ、懐かしいモノに会えるかもしれん』
 竜は笑えない台詞を口にした。
『一先ず、外に出るべきだ。来奴に命じられているのは神殿の破壊であろう』
 
 従い、エリスは外へと駆け走る。
 と、外は煙に満たされていた。それも黒くて臭くて、前が見えない。

 これは耐えられないと、
「――旋風(ウェルテクス)
 竜の翼を羽ばたかせ、風でなぎ払う。

 だが、煙は風の流れには従わず、不思議な軌道を辿った。死骸に集る虫たちのように、黒い煙は統率した動きを見せる。

『ナロウ・スレイブか』
 竜にしては珍しく、険のある物言いだった。

「どういうことだ? 話が違うではないか」
 黒煙の中から、粘りつくような陰湿な声。
「生贄も用意せず、我を喚び出すとは……。人間如きが舐めた真似をしてくれる」

 黒い煙はかつての竜に似た形を取っていた。
 しかし目を凝らして見ると、燻る煙の中には別の身体がある。
 ところどころに空洞が見受けられるも、形としては四つ足の獣。そう、まるで骨だけで作られた四足獣の姿が隠れている。

「相変わらず、口だけは達者だな」
 小型化した竜が飛び出し、いきなり喧嘩を吹っ掛けた。

「……貴様は? まさか、アイズ・ラズペクトか?」
 その声からは驚きだけでなく、怯えも感じられた。

「やはり、腐っているのは性根だけか」
 本当に嫌いなのか、酷い言い草である。

「くっくく……っ、そのような姿でよく吠えるものだ。どうした、誇り高き最後の竜よ。貴様が縛られていたのは水たまりだったのか?」
 しかし、相手も負けていない。粘着質の声がますます増長している。

「自由を求めた結果だ。我は貴様のように、人間に隷属したりはできないのでな」
「隷属ではない契約だ。隷属は貴様のほうでないのか?」
「おかしなことを言う。ならば、どうして出迎える者も生贄もいないのだ?」

 怒りに震えているのか、煙が揺らいで形が中の獣に近づいていく。

「哀れな紛いモノが。貴様は後始末の為、用意されたに過ぎん」
「――黙れっ!」
「それどころか、何も知らない者が利用しようとして、貴様は喚ばれたのだ」
「黙れっ!!」
 
 エリスからしてみれば恐ろしく禍々しい存在であるが、竜にとっては格下の魔獣のようだ。
 余裕を見せていたのは、竜の小ささに気づいた時だけ。話を聞いている限り、それで調子に乗ったようにしか思えない。

「今の貴様が我を舐めるなっ!」
「そうか、なら良いことを教えてやろう。ここには魔を食らう者(レヴァ・ワン)もいるぞ」
「……我々を滅ぼす者(レヴァ・ワン)、だと?」

 面白いぐらいに魔獣は動揺し、威勢を失う。

「左様。死にたくなければ、とっとと帰るが良い。もし、帰れるのだとしたらな」
「……馬鹿なっ! 馬鹿なっ! 馬鹿なっ! 何故、人間如きにこの我が――!」

 反応からして、無理のようである。

「それともう一つだけ、教えておいてやろう。我は人間に隷属しているのではない。我は人間――いや、このエリスと協力しているのだ。もちろん、レヴァ・ワンともな」

 遅すぎる竜の回答は挑発にしか聞こえなかった。
 どう転ぶかは明らかだったので、エリスは戦闘態勢を取る

「ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁぁぁっ!」

 だが、案に相違して魔獣は襲い掛かってこなかった。

 エリスから離れた方向へと駆け走り――
「わぁぁぁぁぁっ!」
 いつからいたのか、小さな魔族をその煙で包み込んでいた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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