第47話 虐げられる二人の少女

文字数 2,347文字

 大した勢いはなかったものの、色々と噛み合ってしまった結果、翼で打たれたエリスは気を失っていた。
 そうして意識を取り戻すと男の背中にいることに気づき、真っ先に懐の短剣を握る。

「物騒ですね。下ろしますので、着地してくださいよ」

 せっかく忠告したのに、短剣を離さなかったものだから、エリスは尻もちをついた。

「……サディール・レイピスト」
 見下ろす男の顔を見て、やっと把握したようだ。
「ここは何処だ?」

 レイピストたちを待ち伏せしていた場所とは違う。それにあの時よりも、太陽がだいぶ傾いていた。

「ヴィーナの街へ向かう道中です。あなたちがニューロードと呼んでいる街道ですね」
「……何故だ?」
「あなたが起きるのを待っていられるほど、暇じゃなかったからです。ちなみに、マテリアさんたちは五芒星の街へ向かいました」
「違う、そうじゃない! 何故、わたしを連れて来た? わたしは……負けたのに」

 本当に悔しそうに、エリスは吐き出した。

「あなたの敗因は認識の浅さです。見たところ、色々と考えていたようですが想定が甘すぎる。あれほど目立つ翼を見落としていたなんて」

 痛い指摘である。

「それは……翼は飛ぶ為のモノだから……」
 それでも反抗心から口にして、

「はぁ~」
 呆れられる。

「そういう決めつけが、あなた方の悪い癖ですね。相変わらず視野が狭くて、偏った経験をしていらっしゃる」

 とはいえ、わざわざ魔術で翼を転換する人間はいなかった。

「ところで、あのような翼を付けただけで人は飛べると思いますか?」
「無理だ。翼の造形を深めたとしても、人間の身体を飛翔させようと思ったらとてつもなく大きくなる。それに飛翔だけが目的なら、翼など必要ない」

 すなわち、翼を作ったところで魔力の無駄か装飾にしかならない。

「そこまでわかっていらっしゃるのに、どうして気づかなかったんですかね」
「それは……」
「質問されて答えられるだけの知識なんて、知らないのと一緒ですよ」

 エリスはここで彼の異名を思い出し、
「……もしかして、わたしを虐める為だけに連れて来たのか?」
 最悪の可能性を考慮する。

「それは心外ですね。あなたにまで、そんな風に思われていたなんて」
「じゃぁ、どうして?」
「使えると判断したからです。たとえ、あなたが自分のことを無能だと思っていたとしてもかまいません。私には知恵がありますら。あなたですら、役立たせることができるくらいにね」
 
 趣味と実益を兼ねて、サディールは言葉を操る。

「エリスさん、あなたは決して弱くはない。ただ、ちょっと頭が足りないだけです。けど、それはあなたの所為ではありません。知恵がないのは偏った教育を施されたからであって、あなた自身が特別に馬鹿というわけではないのですよ」

 笑顔かつ穏やかに言われ、エリスは困惑してしまう。褒められているのか、馬鹿にされているのか、それとも励まされているのか……さっぱり判断ができなかった。

「とりあえず、まずは立ち上がって歩きましょうか? 日が暮れるまでには街道の休憩場に着きたいので」

 言われて、急に恥ずかしくなる。地面に座りこんでいたなんて、まるで駄々をこねる子供みたいだ。

「……あの娘は?」
「走っています。先のことを考えますと、もう少し身体を鍛えておかないと困りそうだったので」
「なら、わたしも走る」

 何故か対抗心が沸き上がり、エリスはそう言わずにはいられなかった。

「そうですか、なら今度は私が運んで貰いましょうか」

 意味を問いただす前にサディールは羽虫サイズになり、肩に止まった。

「では、行きましょうか?」
「……」

 釈然としないものの、エリスは走り始める。姿勢を低くして、手足を揃えて出す変わった走法。また転換魔術(チェンジ)で冷気を生み出し、身体に熱が溜まらないようにしていた。

「器用ですね。転換魔術(チェンジ)はいくつ扱えますか?」
「……実戦で使えるのは雷と炎。あとはエネルギーへの転換が割と得意なほう……です」
「持久力には自信ありってことですか。では、付加魔術(チャージ)は?」
「一通り扱えます。でも、肉体の強化はあまり得意じゃない……です」
「それは私もです」

 同意の声があがるも、エリスは無視をした。同じだからといって、この羽虫と意気投合したくなかったからだ。
 その後も、質問してくるサディールの相手をしながら走り、日が沈む前には街道の休憩所に辿りついた。

「……?」
 
 なのに、誰の姿も見当たらない。

「食材の調達に行っているようです。こちらは水を汲んで、沸かしておきましょう」
「媒体もなしに、テレパシーが使えるんですか?」
「今の私たちは、レヴァ・ワンで繋がっていますので」

 それによって、サディールには伝わっていた。先代の非常識が、またしてもネレイドを苦しめていると。
 確かに、身体を鍛えたほうがいいのはわかる。同時に、近接戦闘技術を身に付けさせるのも効率的に正しい。

 だからといって、いきなり熊と格闘させるのはどうかと思えた。

 一応、防御にはレヴァ・ワンの使用を許可しているようだが、少女の細腕で熊を仕留めるのは難しいだろう。
 それも与えられた武器は包丁一本。
 ネレイドも熊も互いの攻撃が通用せず、本来であればあり得ない長期戦を強いられているようだ。

「日が暮れるまでに決着がつくといいのですが……」

 あの先代のことだ。暗闇で戦うのも練習になると言って、止めさせはしないだろう。
 また倒したところで、少女の力だけでここまで運ばせかねないのが怖かった。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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