第109話 魔を統べる神

文字数 4,594文字

 旧聖都カギは灰燼と化していた。
 山々を背にして建てられた大聖堂以外、人が住んでいた形跡は見当たらない。

「……何アレ?」

 ネレイドは空から地上を見下ろし、異様な光景に目を疑う。
 
 まるで巨大な墓標と言わんばかりに様々な武器が突き立てられていた。それも大きくて、汚くて、乱雑に――とても、人間が作ったモノとは思えない。
 
 察するに、材料はここにあった街そのもの。
 瓦礫や木々などの残骸を寄せ集めて、どうにか武器の形にした仕上がりだった。

 そんな風に上空で呆然としていると、下から炎が襲ってきた。
 
 が、レヴァ・ワン相手に魔力を用いた奇襲は通用しない。
 だから裏を読み――ネレイドは炎をぶった切る勢いのまま空中で回転し、背中を向ける。と、案の定、炎幕に紛れて武器が飛んできていた。
 それを黒い翼でなぎ払い、ネレイドは敵を見据える。

「ついに現れたか――我を殺す者(レヴァ・ワン)!」

 声を張り上げたのは、人間の形を成した化け物。
 爬虫類を彷彿させる鱗の脚に、鋭い肉食獣の両腕。それでいて、手指は器用に動かせるようでゴミの武器を握っている。

 そして、黒く鋭利な翼に人間の男の顔。

 大きさを除けばある意味、今のネレイドにそっくりだった。異形の黒き四肢と翼を持った、人間に似たナニカ。

「しかし、小さいな。ワタシの記憶では、人間はもう少し大きかったと思うが」

 長い髪はペドフィが操る闇のように蠢き、周囲を威圧していた。

「随分と奇麗な顔」
 ネレイドは素直な感想を述べる。顔以外が黒い異形の所為もあるが、否定のしようがないほど整って見えた。

「お褒めに預かり光栄だ。ただ、ワタシとしては今の姿が気に食わない」
 その苛立ちを示すように、男から魚の尾に似た触手がが生えて来た。
「忌々しくも、このように自己主張が激しくてね」

「あなたが食べたお仲間ですか?」
「その通り。ワタシが先に食べてしまった」
「別にいいですよ。おかげで、私はあなただけで済みます」

「……あぁ、そうだ。思い出した。汝は女で子供という人間だ」
 だから小さい、と男は笑う。

「確かにそうですけど、あなたの身体は男の大人の倍は大きいですよ?」
「これは失礼を。なにぶん、目を覚ますのは久しぶりでね」

「どうして、そんなにも眠っていたんですか?」
 サディールが知りたがるだろうと、ネレイドは質問した。

「やることがなかったからだ。争いが終わって、ワタシがすべきことはなくなっていた。それに争い以外――他の楽しみを教えてあげる、と言ってくれた少女も消えてしまったから……」

 その人を偲んでいるのか、男の声は悲し気だった。

「そう! あの少女の所為だ。あいつがいたから、ワタシは世界を壊すことに疑問を覚えてしまった」

 と思いきや転調。
 男の声は上ずりだし、その顔も醜く歪んでいく。

「けど、今は違う。もう、あいつの愛した世界の面影もない。現に、ワタシはここに在ったモノを壊した。同胞たちも含めて、すべて喰らい尽くした」

「大聖堂が残ってますけど?」
 ネレイドは大剣の切っ先で、指し示す。

「あれは駄目だ。そういう、契約を交わしている。おまえが存在する以上、ワタシにあれは壊せない」
「私というか、レヴァ・ワンですかね?」
「そうだ。我を殺す者(レヴァ・ワン)をワタシの前に連れてくる。奴はその契約に準じた。だから、ワタシも従わなければならない」

「レヴァ・ワンと戦いたかったんですか?」
 それは今までの魔と相反する理由だった。

「あぁ、そうだ。退屈だったんだ。もとより、争う為に生まれた存在。戦いこそがワタシの喜び。ワタシの使命」
 自らの存在を誇示するように、男は吠えた。

「嬢ちゃん。もしかするとあいつは悪魔や魔人なんかじゃなくて……」
 初代が気まずそうに言う。
「神かもしれないぜ」

 ネレイドは納得する。
 それでレヴァ・ワンが朝から、はしゃいでいたのだと。

「左様。ワタシこそが、この世界の魔を統べる神だ」

 その言葉に従うように、彼の異形は成りをひそめた。完全に支配下に置いたのか、目の前の男は人間と変わらぬ姿をしている。

「あぁ、思い出した。ワタシは神だった。だが、もう我を知るモノもいない。……残っているのは、アイズ・ラスペクトと少女の翼だけか」
「じゃぁ、あなたを含めてその三体を倒せば、レヴァ・ワンは別の世界に喚ばれるの?」

「おそらくな。同属の駆逐。それこそが環を止める者(レヴァ・ワン)に課せられた宿命であろう?」
 神に尋ねられ、

「……たぶん」
 ネレイドは自信なさげに答えた。

「ちなみに、ワタシに課せられた宿命はこの世界の滅びだ」
 神といえど、所詮は創られたモノ。
「そして、それを変えられるのは理を崩す者(レヴァ・ワン)のみ」

「……その宿命を変えたいんですか?」

「わからぬ。既にワタシは神を殺した少女(レヴァ・ワン)によって、傷を負わされているからな」
 
 力あるゆえに、傷つくことを想定していないからこそ神の傷は治らないという。

「宿命に従うのはどうも気に食わない。だから、我を殺す者(レヴァ・ワン)と戦いたいと願ったのだろう。そして、それがやっと叶うのだ」

 そう言って、神はまたしても姿を変えた。

「……私?」

 ネレイドそっくりに。
 違うのは体格というか性別。その他は黒い四肢も翼も同じ。

「人間の少女よ。汝の名は?」
 ゴミの剣を握って、神は尋ねる。

「……ネレイド」

「では、ネレイドよ。汝の世界を守りたくばワタシに打ち勝て」
 神の手の中で、ゴミがレヴァ・ワンと同じ形にまで圧縮されていく。
「だが、ワタシは汝よりも強い。それでも、レヴァ・ワンはワタシを遥かに上回ってる」

「え? それ、どういう意味?」
 ネレイドも剣を構える。
 ただ攻撃ではなく、防御を想定していた。

「汝にも勝ち目はある。ゆえに諦めるな」
「――え?」

 神はもう、待ってくれなかった。
 一踏みで同じ高さまで上昇し、一閃。
 ネレイドは剣の腹で受けるも、止めるのは諦めた。勢いに乗って離脱。
 
 ――が、神は抜け目なく追いすがってきた。
 
 同じ形態だけあって、動きを読まれている。
 逆にいえばこちらも想定できるわけだが、
「もうっ!」
 前言通り、神のほうが強くて受け止めるには至らない。

 剣では勝負にならないと距離を取ろうとするも、そう易々と逃がしては貰えないようだ。

「――風よ、泣き叫べ(ルドラ)

 また、半端な魔術では足止めにもならなかった。
 神も似たような魔術でもって相殺して、剣を叩きつけてくる。
 このままではマズいと思ったその時、神の剣が砕けた。

「……あれ?」

 ネレイドは驚くも、神にとっては想定内の様子。
 すぐさま地上に刺してあるゴミの剣を呼び寄せ、同じ形に圧縮させていく。

「……こういうことか」
 ネレイドはここで、先ほどの言葉の意味を理解する。

「先に言っておくが、ワタシを倒したくば直接レヴァ・ワンを叩き込むしかない」
「……本当に?」
「試してみるがいい」

「――風雷よ、打ち壊せ(ペルーン)
 風雷の塊は神の生み出した黒い盾に吸い込まれ、
「――秘密の裂け目(ヘルカズム)
 闇の眼は同色の闇で塞がれる。

「仮にも、ワタシはこの世界の魔を統べる神。たとえ異世界の神を()ばれたとしても、簡単にやられはせぬ」

 ネレイドは苛立ちに任せて、
「――動くな!」
 命令する。
「――死ね!」
 そうしてから剣を振るも、神は普通に動いて剣閃をかわした。

「そして、レヴァ・ワンの本質は魔を喰らう剣。魔を吐き出すのは得意ではない」

「うぅぅぅぅー」
 柄にもなく、ネレイドは唸る。

「そう、落ち込むでない。それでも、並大抵の魔であれば充分に通用しよう」
「思ったけど、防げるってだけで効かないわけじゃないよね?」
「左様。だが、あまり吐き出させてばかりいると、レヴァ・ワンは汝の魔力を喰らうのでは?」

 図星だった。
 どうしようかと悩んでいると、神の左手に黒い球体――閃光となって、放たれる。

「……どういうつもり?」

 が、それはレヴァ・ワンに吸い込まれて消えた。

「今のが、ワタシ本来の戦い方だ。剣など使わず、魔力の放出のみですべてを破壊する」
 そう説明して、神は同じ球体を王都のほうへ向ける。
「そうしないのは、汝に対する敬意なのだよ。ネレイド」 

 守るよう旋回したネレイドに告げて、神は球体を収めた。

「それはどうもありがとうございます」
 少女は生意気な口調で言う。

「ゆえに、汝もワタシに敬意を抱くべきだ。つまらぬ真似などせずにな」
「つまり、剣で戦えと?」
「あぁ。それと、レヴァ・ワンで生み出した眷属たちもさっさと吸収して貰いたい」

 ネレイドは黙って攻撃を仕掛けた。
 ゴミの剣は壊れるのだから、一撃でも多く早く叩き込もうと全身を振るう。

「……懐かしい。やはり、人間は変わっていない」

 自分と似た顔が言っているからか、ネレイドは腹が立って仕方がなかった。

「――壊れろ!」

 ネレイドは先に地面に突き刺さっていた無数の剣を粉々に砕いた。黒い剣閃は地面にぶつかるなり弾け、ゴミの剣を削り取る。

「これでどうだっ!」

 高揚した勢いで吠えるも、神は涼しい顔。
 無手のまま手を上げ、瓦礫が空高く舞い上がる。その内の幾つかは神の手に集まり、また剣となった。

「酷い真似をする。あれはこの街に生きていた、人間たちの為に作った墓標だったのだぞ?」
 責めるように言われるも、

「ふざけるな!」
 ネレイドは聞く耳を持たなかった。

「気を付けるといい。この程度のゴミでさえ、汝にとっては致命的であろう?」

 先に上空の瓦礫を壊そうとするも、神はその隙を与えずに斬りかかってきた。
 そして時折、瓦礫が落ちてきては地面で砕ける音がする。
 どうしてもネレイドは気を取られてしまい、完全に防戦一方となっていた。

「……くっ!」

 遊ばれている事実に少女は泣きたくなる。悲しみではなく、怒りと許せない気持ちから涙が滲む。

「道は示したはず。あとは汝の問題だ」
「神如きが! 私に指図するな」

 悪魔のささやきならともかく、ネレイドに神の言葉を聞く気はない。そんなモノはとっくに殺してやったと、壮絶な笑みを浮かべる。

「それでこそ、神を殺す者(レヴァ・ワン)だ」

 認めるような言葉と裏腹に瓦礫の雨が降り注ぐ。
 同時に神の剣も襲い掛かり、ネレイドは多少の痛手を覚悟する。
 
 しかし、耳をつんざくほどの突風が吹き荒れ、瓦礫は遠くへと流されていった。

「また、久しいモノがきた」
 それだけを理由に神は攻撃を止めて、ネレイドから目を逸らした。

「何故、生きているヴァンダール?」
 竜は小さき姿を晒し、魂に訴えかけるような声。

「大丈夫、ですか?」
 そして、エリスは気まずそうに少女の肩を支えた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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