第60話 始祖の言葉
文字数 4,198文字
が、いつまで経っても敵は出てこないし、サディールからの連絡もない。
「これって、私たちのほうで門を開けといたほうがいいですよね?」
ふと思い立って、初代に訊いてみる。
「退屈しのぎにはなるな」
「別に、そういう意味で言ったんじゃないんですけど?」
まるで暇つぶしに提案したみたいに言われて、少女はムッとする。
「冗談だ。ちなみに、その杖で壊せるか?」
「イメージして、壊せって命令する!」
サディールに教わったことを口にするも、何故か初代は呆れていた。
「間違っちゃいないが、少し補足しておくか。サディールは天才だから、人に教えるのは向いてないんだよ」
「だからといって、レイピスト様が向いているとも思えないんですけど?」
なんせ、剣で山を斬るようなお人だ。
「こと魔術に関していえば、オレには才能がない。そのぶん必死で頑張ったから、なんとなしにできてしまったサディールよりかはマシだっての」
「そういえば、魔術は苦手だと言ってましたっけ?」
そのことを思い出し、ネレイドは耳を傾ける。
「あとは時代によるものだ。今と違って、言語や文化の違う人が沢山いたからな。言葉の力ってのが身近だったんだ」
いまいちわからなかったので、少女は黙って先を促す。
「魔術を行使する際、今とは違う言葉を使うのは何故だかわかるか?」
「レヴァ・ワンが勘違いするから?」
実際、止まれと言っただけで敵の両足を切断したことがあった。
「それも一つの理由だが、他の奴らには関係ないな」
「えーとじゃぁ……イメージしやすいから?」
「それもある意味、正解だ。けど、なんで普段と違う言葉のほうがイメージしやすいと思う? 普通、逆だと思わないか?」
「言われてみたら、そうですよねっ!」
凄く納得ができたので、ネレイドはつい大声で同意してしまった。
「教会は自分の魔力で魔術を行使するって考えだが、オレのように魔境で生きていた者は違う。自分の魔力はあくまで代償であって、魔術を行使するのは世界だと考えていた」
「つまり、世界にわかる言葉を使うってことですか?」
「正解。そして、言葉ってのは本当に沢山あったんだ。もっとも、失くなった言葉の代わりに新たな言葉も生まれてるわけだが。現にレイピストはオレの名前でしかなかったのに、今じゃ無理やり女を犯す男を示すようになっている」
内容とは裏腹に、初代は軽い調子だった。
「だけど、そいつは人間にしか通じない言葉だ。それも限られた一部の時代のな」
「でも、魔術に使う言葉も同じじゃないですか? その時代に生きていた人にしか通じませんよ」
「大事なのは使われた年月じゃない。オレたちは忘れてしまっているけども、かつて先祖たちが使っていた言葉がある。そして記憶になくても、それは確かに伝わっているんだ」
血――すなわち、魔力に。
「えーとえーと……ご先祖様が使っていた言葉?」
「そう、もっとも強い魔力を持っていたであろう、始祖の言葉だ」
「始祖の、言葉」
噛み締めるように、ネレイドは口に乗せた。
「イメージして、今の言葉を使っても魔術は扱える。けど、始祖の言葉を使うことができれば、その威力は本人の想像すら超える威力を出す」
本人は憶えていなくても血が、魔力が、世界が憶えているから――
「もっとも、それを見つけることは難しい。サディールは天才的直感で自分に合う言葉を探すことができたが、誰もがそう簡単にいくわけじゃない」
だからこそ、教会は体系化させた。始祖とまではいかないが、それに近い先祖が使っていた言葉を。
「じゃぁもし、教会が体系化させている言葉で上手く魔術が扱えなかったら?」
「当時、主流だった人とは違う血筋だってことだ。教会の連中はそいつらを劣等種みたいに扱うけど、実際は違う。主流じゃないってことは、オレのように魔境で生きていた少数部族ってことになるからな」
逆に、強い魔力を有している可能性が高い。
「へー。でも、私の場合はサディール様と同じ言葉でいいんですよね?」
「そういうわけでもない。嬢ちゃんの場合、本当の意味で魔術を行使するのは自分でも世界でもなく――」
「そっか、レヴァ・ワンだ! あれっ? でも、そうなると神様の言葉を見つけないと駄目なんじゃ?」
レヴァ・ワンの生みの親は神。
それも善神と悪神の頂点に君臨していたとされる。
「う~ん、もしかしなくても始祖の言葉を探すより難しくないですか?」
「その神たちは沢山の世界を支配して、数多の神々を従えていたんだぜ? だったら、該当する言葉は人間の始祖なんかより遥かに多いはずさ」
「数をこなせば、辿りつくってことですか?」
「いや、こういうのは直感がモノをいう。なんとなしに気に入った言葉が、実はそうだったって場合が多い。知らないのに、初めて耳にするのに、何故か記憶に残る言葉ってあるだろ?」
わからなくはなかった。子供の頃、何が楽しいのか同じ言葉を繰り返して喜んでいた記憶はある。
「それにサディールが見つけたのが、始祖の言葉とも限らない。その先がある可能性だってあり得るんだ」
「えー、サディール様でも見つけられなかった言葉ですよ? 私なんかじゃ無理だと思います」
「そうでもないさ。なんたって、嬢ちゃんは女だ。そして神にも女――女神を称するモノがいる」
「う~ん、理屈はわかりますけどー」
「また、男を毛嫌いする女神もいる。逆に女を蛇蝎の如く嫌う神もいるけどな」
神様って案外俗物だな~、とネレイドは心の内で呆れかえる。
「更に言えば利口な人間が好きな神もいれば、馬鹿で間抜けだけど憎めない人間が好きな神もいる」
「ちょっと、その言い方は悪意がありますってば」
言われなくとも前者がサディールで後者がネレイドであろう。
「ちなみに、レヴァ・ワンってどういう言葉なんですか?」
ふと気になってネレイドは尋ねた。
「神を殺す者、魔を喰らう者、理を崩す者、世界を滅ぼす者、無へと帰す者、宿命を果たす者、環を止める者、座を揺るがす者、悪魔を狩る者、天使を召す者、我を壊す者、己を捨てる者、自らを消し去る者――」
初代は淡々と羅列するも、憶えられそうになかった。
「……ありがとうございました」
それでも、何かを怖したり殺したり――台無しにすることだけは理解できた。
「レヴァ・ワンにも意思はある。言葉を喋ったりは無理だが、ほんの少しだけならわかりあうこともできなくはない。犬や猫だって、人の言葉に反応を示すんだ」
「色々と試して、上手く探っていけってことですね」
相変わらず、初代にとってレヴァ・ワンは小動物と同程度の扱いのようだ。
「それじゃぁ、やってみますっ!」
ネレイドは目標に向かって杖頭を突き出し、門を破壊するイメージを浮かべた。
そうしてから、レヴァ・ワンに聞かせるよう、適当な言葉を頭の中で組み合わせていく。
直感が大事と言われたので考えない。
ただひたすらに並べ立てながらレヴァ・ワンの反応を探っていき――
「――
閃いた呪文を声に出す。
「きゃんっ!」
予想以上の反動にネレイドは尻もちをついてしまうも、
「お見事」
初代の賛辞と轟く破壊音から、成功したことを悟る。
「見たところ、風と雷の塊だったぞ」
破壊された門を見てみると、派手に砕かれて破片が飛び散っていた。それでいて、外壁などに余波は見当たらない。
「うわぁ……」
自分でやっておいて、ネレイドはその破壊力に引いてしまう。
それに気づいてか、初代の助言。
「せっかくだから、慣れておいたほうがいいな。他の門も壊すぞ」
開かれた門の先には大勢の人影。何人かは門と一緒に吹き飛んだようで、外に出るのを躊躇った様子を見せている。
「あとでいいだろう。上空から狙いをつけてやれば、文字通り天罰を下せる」
初代の言う通りだったので、ネレイドは従う。
背中に翼を付けて外壁に沿って飛翔し、
「――
門を見つけるなり、破壊する。
翼に留まるよう命令していたので身体は流されず、今度はしっかりと目にすることができた。
が、早すぎてわからないというのが本音である。自然の雷のような軌道は見当たらず、黒い光が走ったと思ったら炸裂音が轟いてた
木と金属を組み合わさた格子門は跡形もなく吹き飛び、その欠片を渡るように黒い電気が飛び交っている。
「……門って、まだあります?」
「この街の造りからして、あと二つ以上はあるな」
「なら、もう一つだけいっておきましょうか」
ネレイドは同じように飛翔して、門を打ち砕く。
今度は最初の時のように羽をしまって、地面に足を付けてから――覚悟をして放つも、踏みとどまることはできなかった。
尻もちこそつかなかったもの、思いっきり後ろに飛ばされてしまっていた。
「もう一つ、いっておくか?」
「……いえ、さすがにこれ以上は街の人に悪いので。魔族たちで試します」
それに、確認しておきたかったのはあと一つだけ。いつものように足を闇で纏った場合、踏みとどまれるかどうか。
ちょうど、破壊した門から魔族たちがでてくる。どうやら、水位は膝を超えているようで走りにくそうだ。
狙うのは人。
だけど、イメージする威力は先ほどと同じ。
「――
結果、踏みとどまることはできた。けど、それだけで精一杯。前を見ていることすら難しい。
「戦闘で使いたいなら羽が必須だな。その場で跳んで撃つのもありだが、結局、羽がないと壁にぶつかるだろうし」
そのように、初代は判断した。
「そう……みたいですね」
吹き飛ばされた魔族たちは原型をとどめていなかった。内側から弾けたように、血と肉片をあちこちに散乱させている。
どうせなら、跡形もなく吹き飛ばしてくれれば良いのにと、ネレイドは身勝手な苛立ちを覚える。
「レヴァ・ワンの様子はどうだ? 早く魔力を食わせろと訴えているか?」
初代に指摘され、注意深く窺ってみるもこれまでと違った反応はない。
「大丈夫みたいです」
「なら、良い言葉を見つけたな」
珍しく初代に褒められて、ネレイドは嬉しくなる。それも皮肉なしの素直な賛辞だ。
「それじゃ、残りの敵を片付けようか」
「はいっ!」
元気よく返事をして、翼を付けた少女は空へと舞い上がる。
そうして、逃げ惑う敵に向かって無慈悲な天罰を下し始めた。