第17話 酷い真似

文字数 3,799文字

 サディールが注意したとおり、声が聞こえてきた。
 引きつり、くぐもった……声? 
 少なくとも、それはネレイドの予想を裏切る音色であった。

『どうした?』
『いえ、悲鳴とかを覚悟していたんですけど……』
 
 ペドフィとネレイドは頭の中で会話をしていた。

『その段階はとうに終わっているんだろう。人間、そう長くは悲鳴をあげていられない。先に喉が壊れる。そこに暴力と脅しを加えれば、それこそ一瞬で大人しくなる』
 
 経験談なのか、ペドフィはすらすらと答えた。
 それを聞いて、この人も鬼畜の一人であったことをネレイドは思い出す。しかも三人の先祖の中で唯一、人間に毒牙を伸ばした男。

『私たちが発見した時には、既に悲鳴はあがっていませんでしたよ。もし、勝手に大人しくなったというのなら、長いこと犯されていることになりますね』
 
 頭の中にサディールの声が響いて、ネレイドは驚く。

『……その状態でも、私の頭の中で会話できたんですね』
 
 ――勝手に大人しくなった? 
 怒りと共に吐き出しそうだった言葉を必死に堪えて、当り障りのないことを口にする。 

『私の知っている魔族であれば、人間の女を暴力で黙らせる真似はしません。彼らにとって、悲鳴は心地が良いモノらしいので』
 
 まるで安心しろと言っているみたいな口ぶりが、更にネレイドの怒りに拍車をかける。

『つまり、これから目に入れるのは動物同士の交尾みたいなもんだ。少なくとも、そう思っていたほうが傷は浅い』
 
 が、初代の言葉でどうにか歯止めがかかる。

『傷は浅いって……そこまで思っても、傷つくってことですか?』
 
 それなら、普通に傷ついたほうがマシだった。

『おまえは女だからな。本人の意思を無視して犯されている姿を見て、傷つかないはずがない。それにアレを見て喜ぶのは、男でもサディールくらいだろう』
『ちょっと、先代。何さりげなく、自分を外しているんですか』
『そりゃ、他の男と女を共有する趣味はないからな。更に言えば、おまえみたいに他人がヤッている姿を鑑賞する趣味もない』
『私だってそんな趣味はありません。私が命令してヤラせているのならともかく、勝手におっぱじめているのを眺めていたって何も楽しくないじゃないですか』
 
 結局、先祖たちはいつもの調子である。
 ネレイドにとっては人生を変えるかもしれない大事だというのに……。

『そろそろ、だな』
 
 真っ先に剣を象っている先代が言った。少女の手に馴染み、片手でもどうにか振るえるサイズ。
 反射的に、ネレイドの手に力が入る。

『……どうして、先導している私より先に気づくんですか? 相変わらず、同じ人間とは思えませんね』
 サディールは羽虫サイズ。
『えぇ、明るければ私からでも見える距離にいます。それでも胸の大きさはおろか、陰毛の有無すら定かではありませんけど』
 相変わらず、酷すぎる台詞を口にする。

『なら、ここいらで始めるか』
『正気ですか、先代。人質救出が第一では? この距離だと、とても助けられません』
『だからだよ。こっちの姿が見えなければ、人質が人質になるとはわからない』
『どういう意味ですか?』
『いきなり、自分たちを襲ってきた相手が人間かどうかなんてわかるはずがない。魔族だって同種で殺しあう。それにあいつらは根本的に人間を舐めているからな』
『つまり、自分たちが犯している女を助けに来た人間と、自分たちの得物を横取りしようとしている同族の区別がつかないと』
『あぁ。そして、高確率で後者だと思い違う』
 
 二人の間では纏まったようだが、ネレイドの頭では理解できそうになかった。

『とりあえず、あんたは覚悟していればいい。だから、ありとあらゆる最悪を想像しておけ。現実は必ずそれを上回るぞ』
 
 ここまでくるともう、ネレイドは愚直に従うしかなかった。ペドフィの言う通り、最悪を想定する。私の母親、ピエールの母親。私のことをおねえちゃんと呼んで懐いていたあのコたち――みんなが酷い目に遭っている光景。

 けど、少女の想像力には限界があった。
 
 交尾や犯すという言葉は知っていても、それが具体的にどういう行為なのかは知らなかったからだ。
 
 結果、ネレイドにとっての最悪は今日見たばかりの死体であった。頭が潰されて、誰かもわからない肉塊。
 だからこそ、殺されるよりも酷い光景が待っているなんて想像すらできなかった。

『それじゃいくぜ、ネレイド。仮にも、このオレの子孫なんだ。決して、その目を閉じるなよ』

 あとはもう、成り行きに任せるしかない。ネレイドは一度だけ、黙って後ろを付いてきていた幼馴染を見ようとするも、暗闇に遮られて叶わなかった。

『はい、わかりました』
 
 そう言って、少女は振りかぶる。前は見えない。せいぜい、木々が広がっていることくらいしかわからない。
 
 音――あの声は聞こえてくる。
 獣のような呼吸。
 とても、人間が出しているとは思えない音色。
 
 初代が形を変える。投げやすいように更に小さく、湾曲した刃。あとはこれを投げればいい。

「――いきます!」
 
 最後は少しだけ、声にだしてから――ネレイドは刃を放った。
 
 闇と同化した剣は木々の間を渡り、
『お見事、命中です』
 サディールが報告する。

 まず、一人の命を奪った。
 それにより、魔族たちから驚きと怒りの声があがる。その声は人間の男と区別がつかなくて、ネレイドは少しだけ躊躇う。

『次だ』
 
 いつの間にか、手に戻った初代が言う。間違っても放り投げた時のように、飛んで戻ってきたんじゃない。
 けど、そんなことを今考えても無駄だと投じる。

『またしても命中。ですが、位置を気づかれました。予想以上に賢い上に、纏まった集団ですよ』

『次っ!』

 二代目の報告に戸惑うも、初代の命令に従った。
 刃は闇を渡り、ついに金属音を奏でた。

『早い。もう、防ぎますか』
 悠長な二代目の声。
 
 ネレイドは混乱をきたすも、
『覚悟しとけ。闇を裂く』
 初代の言葉でどうにか踏みとどまる。というか、いったいいつ戻ってきたの? と、無駄な思考が冷静さに繋がった。

『ペドフィ、頼んだぞ』

 急に剣が重くなり、ネレイドは両手で支える。とてつもなく重い。これを振るなんて無理、と思っていたのに身体は勝手に動いてくれた。

『悪いが、あんたの身体を借りる』
 
 初めて見たレヴァ・ワンと同じ大きさ。
 あり得ないことに持ち上がり、剣の腹が左肩に乗る。
 意識せず、ネレイドは上半身を左に捻じっていた。そうして、身体ごと放つ横薙ぎの一閃――宣告通り、



「――!?」
 
 光があるわけではないので、眩しくはない。
 なのに、見えるという謎の事態にネレイドは困惑してしまう。

『迎撃に動いていた六人、停止。動揺しています』
『――走れ!』

 サディールの情報を元に、初代が指示を下す。大剣が解けるように少女の身体に纏わりつき――ペドフィが馳せる。

『目は閉じるなよ。今、あんたに目を瞑られるとおれも見えなくなる』
 
 ネレイドは自分の足ではあり得ない速度に怯えていた。それでも、ペドフィの言葉で思い出す。
 これが自分の人生なのだと、目だけは見開いていた。

 だから、敵の姿もはっきりと見えた。

 背格好は人間と同じ。パッと見、違うところは見受けられない。
 が、近づくにしてわかる。絶対に自分たちとは違う、相容れない存在だと。
 目を見て気づく――はずなのだが、ネレイドはそれどころではなかった。

 何故なら、六人の魔族は全裸だったからだ。
 しかも、まだ滾った状態で起立している。

『おい何処を見ている!』
 
 視覚を共有しているペドフィからすれば溜まったものじゃない。何が悲しくて、他人の勃起した逸物を見なければならないのか。
 そんなモノよりも、敵の武器を見て欲しいのにネレイドの視線は揺るがなかった。

『でたとこ勝負。だろ? ペドフィ』
 
 初代の茶化す声で、ペドフィは覚悟を決める。姿勢を低く、走りながら右手を右肩、左手を右の脇腹にやり――纏ったレヴァ・ワンに触れる。

 対して、ネレイドは完全に混乱していた。
 何あれ? 何あれ? 何あれ? ……と同じ言葉がぐるぐると回り、アレが魔族? アレが魔族? アレが魔族? と、見当違いな答えを出そうとしている。

『――違う!』

 思考も共有しているペドフィは少女の思い違いを否定して、纏ったレヴァ・ワンから闇をすくう。
 
 一掴み、闇が掌で形を成す。

 こちらの位置が低く、敵が高いとなれば振り下ろす一撃がやってくる。
 それこそがあらゆる武器において、最大の威力を発揮するから――案の定、敵は何かを振りおろした。

 相手が誰であれ、どんな武器であろうともペドフィは受け止める自信があった。
 右手の闇は盾となり、敵の攻撃を防ぐ。同時に、左手の闇が刃と成し――切り裂いた。
 
 運悪く、ネレイドが視線を外さなかったものだから――

『おまえ、酷いことするな』
『おれの所為じゃない……』
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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