第37話 ルフィーアの女たち

文字数 2,734文字

「まさか、こんな子供がレヴァ・ワンに選ばれるなんてね」

 キルケと名乗った女は同情を滲ませた。顔も腕も胸も胴も脚も――とにかく、全てが太い女である。
 服装はカーテンのような長い一繋ぎの布を纏って、腰の辺りで結んで留めただけ。髪もぼさぼで短く、一目見ただけでは男と見間違うほど逞しい。

「今度は、どんな鬼畜が誕生するのやら」

「……私は鬼畜になんてならないもん」
 反抗心だけでネレイドは言い返す。

「おや? 意外と負けん気が強いじゃないか」
 キルケが褒めるも、

「いえ。ただ、周囲にあるモノを目に入れたくないだけでしょう」
 サディールがネタ晴らし。
「男を知らない、田舎育ちで初心な生娘ですので」
 
 余計なことをっ! と、ネレイドは内心で吐き捨てる。

「そりゃいけないね。良かったら好きなのを持って行って構わないよ。長旅には、こういうのも必要だろう?」
「け、結構ですっ!」
 
 少女は全力で拒否をする。キルケが勧めたのは疑似男根。この部屋の棚には様々なサイズ、形、特徴のあるソレが置かれていた。

「なんだい。あんたのご先祖様が作った偉大なモノだよ? これのおかげで、どれだけの女が欲求不満から救われたか」

 キルケは立ち上がると、躊躇いもなく一つを掴み、テーブルに置いた。

「お勧めはこいつだね。大きさといい形といい反り具合といい、完璧さ。しかも触ったらわかる程度に微妙な突起も付いている。更には保温性に優れているから、本物と同じ温度で使うこともできる優れもの」

「だからぁっ! いらないって言ってるじゃないですかっ!」 
 ネレイドは完全に余裕を失っていた。
「それにこんな大きいのが入るわけないじゃん!」

「お嬢ちゃん、子供が何処から出てくるか知ってるかい? それと比べたら、こんなの余裕だって」
「えっ? いやっ、だって……でも、そんな……」

 赤ん坊の大きさとテーブルに起立したソレを頭の中で比べ、少女は混乱をきたす。

「あの、キルケさん? お嬢さんで遊ぶのは、それくらいにして貰えませんか?」
 先ほど、余計なことを言ったサディールが助けに入る。

「おっと、すまない。お嬢ちゃんみたいに可愛らしいコは久しぶりで。ついつい、虐めたくなるんだ」

 ネレイドはベールを限界まで下ろして、俯いてしまった。

「けど、これでも気を遣ったんだよ。確実に男の精液が散っていないと言えるのは、ここしかなくてね」

「この街も魔族に襲われていたんですね?」
 サディールはお店の格から察した。
 色街で一番の美女たちが見逃されるはずがないと。

「そうさね。あの馬鹿たちが所構わず、獣のようにおっ始めたもんだから、色々と後片付けが大変だった」

 さすがに不憫に思ってか、キルケは机の上の疑似男根を元の棚に戻した。

「正確な日付はわかりませんが、やはり襲われたのは他の街と一緒ですか?」
「さて、どうだろう? 他所から客が来なくなったことからして、恐らくそう推測はできるけど、確かめたわけじゃないからね」

 キルケは語る。
 およそ十日前、急に街の男たちが暴動に走った。
 昨日きたばかりのお客から、一週間以上滞在していた客まで――どういう繋がりかはわからないが、一斉に武器を振り回して用心棒を殺し、店の女たちに襲い掛かった。

「そこまでは見事な手際だったんだけどね。(やっこ)さんたちは、ここで働く女たちを甘く見過ぎた」
 
 一方、慣れている女たちは大人しくしていた。
 たいていの男は一発出したら、それで満足すると知っていたからだ。そうでなくとも、二度三度と続けて出してやれば勝手に疲れ果てる。

 また、女たちは様々な手管を持っており、ここにしかないような性道具もあった。
 なので、男たちを退屈させることなく一晩中、楽しませてやった。

「あとは獣を捕まえるより簡単だったさ」

 もちろん、男たちは寝る前に女たちを拘束した。
 だが彼らは面倒くさがって、普段女たちが商品として納められている籠や仕事用の道具を使ってしまったのだ。
 それらにはいざという時の為、外せる仕掛けが施されているとも知らないで。

「はっきり言って、男たちを運ぶのと掃除のほうが苦労したよ」

 男たちを拘束し、更には薬で動きを奪う。
 それでも、女手だけで運ぶのは辛かったので手近な場所――商品のように保管するしかなかったという。

「その結果が今のルフィーアさ。他所から客が来ない。でも、他所に行くのは危ない」
 
 また、ルフィーアはあくまで男たちが遊びに来る街。女たちが楽しむには、色々と不足であった。

「あとはまぁ、この街にいる女たちの性分かね。どいうもこいつも、普通の生活じゃ物足りないんだ。そんな女たちが満足できる娯楽なんて、二つに一つさ」

  女同士で楽しむか、捕らえた男で楽しむか。

「おかげで疑似男根を始め、色々な玩具が売れまくった。客が来なくても、これでしばらくは生活できる」

 キルケは自嘲気味に笑ってから、サディールに礼を言う。

「それもこれも、あんたのおかげさ。サディストと呼ばれたあんたがいなければ、こんな商売、思いつきもしなかった」
「それはどうも。ですが、真に感謝すべき相手はルフィーア・クルチザンヌでは?」
「その人は私たちにとっての神様だからね。毎日、祈らせて貰ってるよ」
 
 やっと本題に入りそうだったので、ネレイドは顔をあげた。

「その、ルフィーアさんはどんな人なんですか? それにサディール様と同じ時代の人なのに、どうしてこの街の名前にされていたり、知っていたりするんですか?」
 
 ここぞとばかりに質問を連ね、会話を誘導する。

「どんな人かは、このサディストのほうが詳しいだろう。私たちが知っているのは、彼女が記した書物が残っていたからさ。正確には、守られ伝えられてきたからだ」
「えーと……。確か、千年くらい前の人でしたよね?」
「教会が語る昔話よりかはマシじゃないか? 現に、こうしてサディストとレイピストが目の前にいることだし」

「あん? オレの面も知ってんのか?」
 羽虫型なのに特定され、初代が口を挟む。

「褐色の肌に赤い刺青。それだけ特徴があればわかるよ。ほんの少しだけど、あんたのこともルフィーアが書き残してくれた」
 
 キルケは懐に手を入れ――まるで司祭が聖書を扱うように、古い書物を取り出した。

「教会の罪を――そして、自分が犯した罪のことも」

 そう、それは告解書であった。
 かつて神聖娼婦と呼ばれながらも、最期は魔女として追われた女の……。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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