第21話 男と少女と人間と
文字数 3,210文字
ここにいる魔族たちは自分に流れる血を大義名分として、これまであらゆる蛮行を行ってきた。
人間として生まれ、生きてきたにもかかわらず、ある人物に魔の血脈を受け継いでいると教えられただけで、人間であることをやめたのだ。
それが間違いだったわけではない。その血があったからこそ、彼らは強い魔に惹かれた。
そして、酔いしれた。
究極のところ、魔とは他を圧倒する力である。個体によって在り方は様々であるものの、それだけは微塵も揺るがない。
ゆえに、より強い魔の前では無力であった。
だから、ペドフィとサディールには初代が下した命令の意図が掴めなかった。これから始まるのは一方的な虐殺なのに、どうして防御と警戒が必要なのか。
戦う意思があり、敵が魔を持つ者である限りレヴァ・ワンは負けない。
事実、戦いを知らなかったペドフィでさえ、教会の正規軍を圧倒した魔族たちを蹴散らすことができた。
魔族にとって、レヴァ・ワンは天敵である。どれだけ研究し攻略を試みても、本能が邪魔をしてまともには戦えなくなる。
そのはず――だった。
『ペドフィ君、右から敵接近。五、四、三、二、一。防いでください』
理解はできなくとも、警戒していたサディールからの警告。彼の秒読みに従って、ペドフィは対応する。
とはいえ、視界は完全に固定されていた。ネレイドは正面の敵しか見ておらず、周囲にはまったく意識をさいていない。
その為、ペドフィは過剰に防衛する。纏ったレヴァ・ワンの背中から、身体を覆うように闇を展開――さながら、大翼を広げた。
『もっと恐怖を煽るような形にできますか? 誰もが左右、後方から攻撃しようと思わないほどに』
サディールの言葉通りに修正する。大きな二枚の羽ではなく、無数の羽が集まったかのように分割。その一つ一つを鋭利に刺々しく。一部は炎や雷が爆ぜるように形成。また、牙を持つ触手を模して威嚇するようにうごめかせる。
『上出来です。これで敵は正面からしか来ないでしょう』
『……さっさと、終わらせてもらいたいものだ』
ペドフィは吐き捨てる。任されたのは防御だけなので、展開させた闇をいつものように暴れさせるわけにはいかない。
それが中々に面倒だった。
基本的に彼の戦闘スタイルは二つ。一つは纏ったレヴァ・ワンから必要なぶんだけ闇をすくいとり、扱うといったもの。
もう一つは、自分の許容限界を超えた闇を展開させ、半暴走状態にさせること。
身体を操縦しないで済んでいるおかげでなんとか制御できているものの、現在展開させている闇は完全に許容範囲を超えていた。
このままでは、転がっている人質まで殺しかねない。
『案外、殺してしまったほうがお嬢さんの為になるかもしれませんよ?』
無意識に伝えていたのか、それとも推測したのか絶妙なタイミングでサディールが投げかけた。
『どうせ、全員は助かりません。何人かは既に死んでいますし、これから勝手に死にます。だったら――』
『相変わらず、あんたらが使う
優しい
って言葉は理解に苦しむ』『じゃぁ、お嬢さんにアレの手当てをさせるんですか? 遠目で見ただけで、こんなにも怒り狂っているのに』
『それは……』
『ちなみにピエール君は使えませんよ。子供であっても男ですからね。そこにいるだけで憎悪の対象です』
余計なことを考えていたからか、制御が乱れてきた。それとも、レヴァ・ワンの本能か。
触手の何本かが死体から血を――魔力を吸い取っている。
そう、ネレイドは確実に相手の命を奪っていた。
戦いなんて知らなかったのに、レヴァ・ワンと初代のおかげで難なくこなせている。
『力はいらない。当てるだけでいい。レヴァ・ワンは斬るのではなく、喰らう。安心しろ、敵はびびっている。覚悟を決めた、おまえのほうが断然早い』
初代の言う通り、敵の動きは大振りだった。がら空きの胸に包丁を突き立てるのは簡単にできた。走って、ぶつかるだけでいい。
幸いにも、この武器は手に馴染んでいる。
『レヴァ・ワンを前にして、奴らの魔は死んだ。だから、おまえの敵はただの人間だ。それも恐怖に怯え、それを払拭しようとしているだけの惨めな男だ』
人間という言葉に一瞬だけ躊躇うも、男と聞いた時点で振り切れた。
『そして、人間だからこそ自分よりも強い存在に立ち向かえる。かつて、オレが神を殺したように。子供で女であるおまえが、大人の男を殺せるように』
初代はそう言うも、魔族たちから見たらネレイドは人間ではなかった。ペドフィが操る闇は無数の蛇や巨大な蜘蛛の手足のように不気味で、言いようのない恐怖を与える。
それなのに、正面から対峙した際の顔は少女のまま――怒っていた。
だからこそ、男たちは逃げなかった。魔族としての血がどれだけ恐れようとも、心のどこかで少女を舐め腐っていた。
男としての本能か何かが――
そんな中、魔族のリーダー格――レイピストたちから馬鹿な真似をしたと揶揄された男だけは竦んでいた。
魔が強いからこそ、レヴァ・ワンに立ち向かえないのだが、彼は未だにわかっていなかった。いや、確かめる術を持っていながらも実行しなかったことからして、わかってはいたのだろう。
だけど、周囲は違う。
――本当にわかっていなかった。
だから、味方の数が着実に減っていくと男の魔術を求めた。
その要請を却下する明確な理由が説明できず、男は従った。魔術が扱えるという理由からリーダーに選ばれた以上、使わない選択肢はない。
「
そうして、またしても馬鹿な真似をする。
彼の手の上で炎が生まれ、暗闇を照らす。明るさにより、少女の闇は際立って見えた。
怒りの形相もまた、一層強まっている。
「――
少女の視線に射抜かれた瞬間、逃げるように男は魔術を放った。
指向性を持った爆炎。少女の身体を吹き飛ばすほどの威力を有していたにもかかわらず――
何気なく振るわれた横薙ぎの一閃で、炎の痕跡は跡形もなく消え失せた。
「……レヴァ・ワン」
ここにきて、男は認めざるを得なかった。大剣を持たずとも、少女が
「この女、レヴァ・ワンだっ! 撤退だ。相手にできるはずがない!」
そう、叫んで男は逃げた。
だが、部下たちは怖いモノ見たさか、それとも納得ができなかったのか、その場に留まって少女を観察していた。
「なんで……?」
遅れて、ネレイドは追いかける。
「――逃げるつ!?」
相手が逃げたと理解した途端、言いようのない怒りが込み上げて我慢できなかった。
「そこをどいてっ!」
魔術の巻き添えを避ける為に、男たちは固まったままだった。リーダーに従って逃げるか少女を迎え撃つかを決められず、立往生している。
「――どけぇっ!」
こちらの言うことをきかない男たちに苛立ち、ネレイドは叫ぶ。
奇しくも、そこでペドフィの限界がきた。少女の意志に触発されてか、展開させていた有象無象の闇が敵を薙ぎ払い、血肉を食い散らかす。
男たちの断末魔が響き渡り、爆音が轟く。
逃げた男が森に火を放ったのか、進行方向が明るくなった。
「ふざけるなっ!」
それがまた、ネレイドの怒りを買う。
もはや、男のやることなすこと、すべてが気に入らないといった具合であった。
『
そっち
でいいのか?』だから、初代の質問も無視した。
ただ、逃げた男を追いかけることしか頭になかった。