第84話 魔獣狩り

文字数 3,599文字

 ペドフィストに闇の壁を形成されてしまうと、魔族たちに取れる手段は二つに一つしかなかった。
 その上を超えるか、横に回り込むか。
 しかしながら、横に回り込める投擲武器の用意はない。

「――次」

 一方で、あちらは易々と壁を回り込んで攻撃を仕掛けられる。
 十人近くを、纏めて握り潰せるほどの異形の手。さすが殺戮の英雄と呼ばれた男というべきか、扱う闇が大きい。
 
 集団戦闘に、一度に沢山を殺すことに慣れている。

 初代レイピストを避けられない災害だとすると、三代目は獰猛な魔獣。
 街と人間を人質にしてどうにか檻に閉じ込めたものの、そのぶんこちらも逃げられなくなってしまった。

 それでも、枷さえ嵌めてやれば大人しくさせられると、魔族たちは無謀にも繰り返す。相手の動きを読み切る為に、色々なパターンで襲い掛かる。

 今度は魔導砲を正しく使わなかった。
 砲口を塞いだまま魔力を込め続け、至近距離で爆発させんと目論む。が、魔力の鳴動から察したのか、間合いの遥か外からなぎ払われてしまった。

 厭らしいことに、部隊が変わる度にペドフィストも殺し方を変えてきている。

 こちらは五百人以上残っていて、相手はたったの一人なのに――手を変え品を変え、彼の闇は変幻自在に場を蹂躙する。
 百人近く失ってわかったのは、ペドフィストが比較的近接戦闘を苦手としていること。

 見慣れた武器こそ使っているが、たいていは一振りで終わる。
 つまり、技がない。
 渾身の一撃――槍はなぎ払い、剣は切り裂き、斧は断つだけ。

 とはいえ、魔力で肉体を強化している相手はわかるのか、接近戦を仕掛けようと思ったら遠距離から攻撃される。
 地表で襲い掛かる闇の津波の前では、回避も防御もままならず――

 そうして血も死体も奇麗に呑み込まれて、
「――次」
 ペドフィストはおかわりを所望する。

「あの野郎……っ! やろうと思ったら、一瞬で全員殺せるのかよ!」

 リビは屋根の上から、観察していた。もちろん魔族側の陣地にいて、人間の盾も見えるように置いている。

「一度に扱える闇に限り、ある。それを超えると半暴走。面白い。ペドフィスト、弱いのに強い。下手なのに上手い」
 ケイロンの言葉は矛盾していたので、

「なんだそれ?」
 リビは問う。

「ペドフィスト、いつも闇を出している。少しずつ少しずつ、闇を増やしている。形を変えるのはそれを隠す為。そして、その量が一定値を超えると消費して、闇を抑える」
「そこが狙いめってとこか?」
「たぶん、暴走恐れてる。初めてレヴァ・ワンを取った時、滅茶苦茶にしたという話、正しい」
「じゃぁ、あの半暴走は?」
「だから、強くて上手い。猛獣の背に乗るようなモノ。抑えつけることは無理でも、操るのは可能」

 むしろ、その気がないからこそ、定めることができるのだろう。

「でも、今は無理。あいつ、半暴走させる気ない。だから、その覚悟をさせる前に仕留める」
「簡単に言ってくれる」
「頑張って、ヘーネルが初代レイピストを封じている。あいつの為にも、やるしかない」
「ものは言いようだな」

 正直、封じられているのはヘーネルだった。しかも彼女の弓が攻撃の要だったので、最悪の状況である。

「どうせ、おれたち死ぬ。それだけのことをした、生きてはいけない」
「なんだ、後悔してんのか?」
「わからない。ただ、仲間に会えてよかった。おれ、一人で惨めに死ぬと思ってた」
「悪いが、俺はレイピストを殺すまで死ぬ気はねぇぞ。それにサディストの野郎にもまだ会っていねぇのに、死んでたまるか」
「リビは強い。だから、リビに託す」

 そう言って、ケイロンは文字どおり重い腰を上げる。人並外れた巨漢といえば聞こえはいいが、所詮はただのデブであり肉団子。
 裕福な生まれならともかく、まともに働けないのに、食べる量だけは多い人間を養ってくれるお人よしはいない。
 
 結果、捨てられたケイロンは自分で自分の肉を食べるという奇行を覚え、周囲から化け物呼ばわりされる人生を送っていた。
 だからこそ、仲間の為に命を賭けるのになんの躊躇いもなかった。



 どれだけ殺したかはわからないが、目に見えて魔族たちの数は減っていた。
 誰もが人間に近い容姿をしていても結局、別の種族なのだろう。誰一人として逃げる様子もなく、命令に従って死地へと赴く。

 もっとも、ペドフィが生きていた時代にもこの手の人間はいた。教会にすべてを捧げ、戦うことが自らの役目と信じていた者たち。

「――ペドフィストぉぉぉっ!」
 ここにきて、あの喧しい女の呼び声。
「ここで決着を付けてやる!」

 目を向けると屋根の上。
 何を考えているのか、巨大な男が空高く舞い上がった。
 付加魔術(チャージ)転換魔術(チェンジ)を駆使した、人間ばなれした跳躍。
 熊すら踏み潰せそうな勢いと圧が感じられるも、黙って受けてやる義理はない。

 地面に円錐状の闇を設置して、ペドフィはその場を離れようとすると、レヴァ・ワンの脈動。

「――!?」
 
 あろうことか、巨体の男が空中で自らの腹を切り裂いた。
 そうして、赤い鮮血が雨のように降り注ぐ。

「ちっ」
 レヴァ・ワンの反応からして、巨漢もレイピストの血縁に違いない。浅ましくも、纏っていた闇がその血を欲して勝手に動こうとする。

「いいのかぁぁぁぁ暴走するぞぉぉぉ?」
 空から不気味な声が降って来る。
 
 聞く道理はないはずなのに、ペドフィは設置していた闇をしまった。
 その場を離れ、天にかざした闇のマントで血を受ける。興奮してか、レヴァ・ワンの脈動は激しさを増し――嫌な過去を思い出させた。

 それにより、致命的なミスを犯す。
 巨体と血に紛れて、もう一つの存在を見落としてしまった。
 
 巨体が地面へとぶつかる前に、その背中から誰かが飛び立ち――ペドフィに襲い掛かる。
 果たして、振るわれたのは異形の左腕。
 同時に巨漢が地面で弾け、軽い地響きを起こす。

「そんなに使っていいのかぁっ! 暴走するぞ?」
 闇の盾で防ぐなり、目の前の男から女の声。

「なんのことだ?」
 つい、ペドフィは応対してしまった。

「さてねぇっ! それはてめーがよく知ってんじゃねぇのかっ!」

 左目も異形。
 人型ではあるが、耳に牙に体毛と中途半端な魔物の特性が多い。

「逃がすかっ!」

 後ろへ跳ぶと、異形が追いかけてきた。
 ペドフィは翼で切り裂こうとするも、かわされる。
 
 タイミングの良さからして、感知能力に長けていると判断。着地と共に地面へ手をやり、闇の波動を巻き起こすも結果は変わらず。
 完全に、魔力の流れを読み取っていると見ていい。

「死ねぇっ!」

 しつこく、異形は追いすがる。ここにきて数の利を捨て、近接戦闘で決着を付ける目論みのようだ。
 舐められていると、ペドフィは苛立ち交じりに闇で接近を阻む。不可避の攻撃であれば、予測しようがどうしようもない。
 
 黒き翼で身体を覆い、その羽をすべて射出させる。
 と、あり得ないことに、あの巨体が盾のように飛び出してきた。

「……レヴァ・ワン、おれ、の血求める。魔力を、食らうから……おまえ、暴走する」

 そして再び、呪いのように繰り返す。
 全身が黒く染まるほど羽の刃を受けてなお、巨漢は倒れない。

「おれも……レイピスト。だから……おれを食べるとレヴァ・ワンおまえの血も食べる。食べていいと勘違いする。そしてまた、滅茶苦茶に……」

 その指摘に、ペドフィは攻撃を躊躇う。
 正直、レヴァ・ワンは信用できなかった。使い手が揃って馬鹿剣と呼ぶだけあって、その可能性は充分にあり得る。
 その隙を衝いて、またあの異形が襲い掛かる。

  ――いや、それだけじゃない。
 
 いつの間にか、別の異形も混ざっていた。
 人間の胴体に数多の触手。口は大きく切り裂かれ、長い舌を覗かせている。

「調子にのるなよっ――」

 完全に後手に回っていた。
 魔族といえ、所詮は人型と侮っていた矢先に三匹の異形。
 
 レヴァ・ワンを纏い、半暴走化させる前に接近を許してしまい――以前、先代たちが危惧していた状況にペドフィは追い込まれる。

「――この馬鹿剣がっ!」

 それでもなお、レヴァ・ワンの脈動が一番鬱陶しかった。
 使い手の苦労も知らず、興奮しっぱなし。生前であれば、思うがままに暴れさせてやればよかったが、ここではそうもいかない。
 雑兵たちは運びやすい子供を抱えて、こちらの退路を防いでいる。
 
 着実に檻は狭まれ、獰猛な魔獣はその身体に枷を嵌められようとしていた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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