第99話 人の証明
文字数 4,212文字
レヴァ・ワンの反応からして、敵味方含め全員が生き残っているのは明らかだった。
とはいえ、ネレイドには優先順位が付けられない。
一番、目立つのは炎と雷。次に竜巻。
そして、最後の一ケ所は遠目からだと異常なし。
「ペドフィのとこだな。魔力の総量でいえば、あいつが一番下だ」
現在は大剣型の初代に従い、ネレイドは翼を翻す。
忙しなく往復する羽目となった彼女はやっと、王都ヴァンマリスに戻ってきた。
「えーと、門から見て右だったから……」
方向感覚に自信がないのか、ネレイドは子供みたいに口走ってから進路を定める。
その先に見える風の渦。
はっきりと目で捉えられるほど、風は天高く伸び、回転していた。
「ありゃ、ペドフィにはどうにもできんぞ」
ネレイドの前で竜巻は数を増やしていく。一本、二本、三本、四本……。しかも、どんどん大きく太くなっていき――もはや、物理的な壁である。
「つか、人間一人に向ける攻撃でもないだろ。あの場に封じられていた魔は低能なのか、それともペドフィが怒らせたのか」
初代の物言いには、呆れと称賛が入り混じっていた。
「たぶん気づいてないから言っとくが、あの風に突っ込むなよ」
「えっ? 駄目なんですか?」
飛翔の勢いに任せて、ぶった斬る気満々だったネレイドは言い返す。
「どう考えたって、あの風は瓦礫やらを大量に巻き込んでる」
「あっ……」
風を一撃で殺したとして、宙を舞っていた瓦礫が止まる道理はない。それらは空中に放りだされ、四方八方に飛び散ること必至。
その中心に身を置くなんて、無謀でしかなかった。
「面倒かもしれないが、遠くから引き寄せろ。そこにいる、魔の意識ごとな」
「はいっ。わかりました」
初代の思惑を理解して、ネレイドは言われた通りにする。
物凄い風だが、鳥ではないので黒き翼にはなんの影響もなかった。
それでも髪や衣服にとっては大打撃で――ネレイドはムカつきながら、レヴァ・ワンの切っ先を竜巻へと突きつける。
「――食らえ」
ペドフィの推測は間違っていなかったが、正解でもなかった。
確かに、瓦礫の一撃は魔物の目を潰し、断末魔にも似た悲鳴をあげさせた。
そこで魔力の凍結が解け、二撃目は浴びせられなかったものの、充分な痛手を与えたに違いない。
「痛い痛い痛い痛い痛い」
事実、魔物は手で顔を覆って叫んでいた。
その隙を逃がさず、ペドフィは魔力を半暴走化させる。黒い球体を生み出し、その中に魔力を注ぎ込む。
そのまま爆発寸前まで火、風、雷と転換を繰り返し、
「――爆ぜろ」
魔物に向かって放出させた。
狙いも何もあったものじゃない。
闇の球体は暴発し、文字通り目の前の全てを包み込む。
「ちっ……」
ただ、予定とは少しだけ違ってしまった。
魔物に球体をぶつけて破裂させる目論みであったのに、抑えが効かずその手前で破裂した。
「まぁいい」
油断せず、ペドフィはもう一度、魔力を半暴走化させる。
砂塵の中から、悲し気な声。
「痛い痛い痛い……酷い酷い酷い」
徐々に、怒りへと変わっていた。
「無礼な奴無礼な奴無礼な奴――万死に値する」
元気そうだ、とペドフィは魔力球を放出させる。闇は先ほどよりも収束して、魔物の身体を呑み込んだ。
ペドフィは念の為、三発目の用意もしておく。
「……」
が、使えそうになかったので制御し、身体に纏う。
魔物は巨大な風の渦に包まれていた。
正確には千切った羽を掴んだまま、その場で回転していた。
そして、それを放ると竜巻の出来上がり。
ペドフィは避けるも、風は近い位置で留まったまま、その形を更に大きく変えていた。
「……再生してやがる」
回転中の魔物を注視すると、目が三つ。潰したはずの一つが元に戻っている。
また、身体に損傷が見当たらないので、魔力球の傷も治したのだろう。
どうやら、敵は痛がりでビビりの再生持ちだったようだ。
個人的にはふざんなという気持ちで、ペドフィは時間稼ぎに戻る。
「痛い痛い痛い痛い」
暴風に紛れて情けない声。
それでいて容赦なく、風は着実に退路を断っていた。
ペドフィは獣の姿勢、纏わせた闇で地面を掴んでその場に留まる。
結界でも張るつもりなのか、それともそういう仕様なのか魔物の狙いは滅茶苦茶だった。
どちらにせよ、この風の前では下手に動けない。砕けた建物の欠片から身を守る為にも、今は闇を全身に纏って耐えるべき。
果たして、六本目の竜巻が完成した時、流れが変わった。
停滞していた風たちがあからさまに動き出し、ある一方へ進んでいく。
「……ネレイド?」
足並みを揃えた風の歩みに苦しめられながら、ペドフィは上空に佇む黒い翼に気付いた。
同様に魔物の意識も、そちらに吸い寄せられていた。
「おれにやれってか?」
彼女の意図を汲み取って、ペドフィは魔力を暴走させる。
今度は二つの球体かつ、純粋な闇の塊。制御を完全に放棄して、暴発寸前まで高めていく。
そうして、限界の直前で手を合わせるように二つを混ぜ――解き放った。
通常であれば爆発を避けられないはずだが、闇は完璧な軌道を辿る。
ペドフィの両手から迸った魔力は迷うことなくレヴァ・ワンへと向かい――間にいた魔族の身体を貫いた。
「……無礼、な、奴……」
ちょうど、魔物は千切った翼を手にネレイドに襲い掛かるところであった。
だから、本命の一撃もすぐさま襲い掛かる。
「――たぁっ!」
少女の大剣が魔物を両断し――再生の間も与えず、その身体をレヴァ・ワンが食らい尽くした。
「助かった。と言いたいところだが、何度か邪魔された気もする」
ネレイドが地上に降りてくるなり、ペドフィは文句を浴びせる。
「ははは……ごめんなさい」
少女は誤魔化すように笑いながらも、最後はきちんと謝った。
「お詫びに、魔力は返しますから」
「レヴァ・ワンを落ち着かせたいだけだろ?」
そう言いながらも、ペドフィは素直に受け取る。
「それじゃ、私はサディール様のところに向かいますので、ペドフィ様はエリスのほうをお願いします」
「……おれが、あいつを助けるのか?」
「状況次第だな。必要ないと判断したら、おまえも城に向かっていいぞ」
初代がそう言い捨てるなり、ネレイドは飛んで行った。
なので、エリスが何処にいるかはすぐにわかった。子孫が向かった反対側――馬鹿みたいに、炎と雷が目立っている。
気はのらないものの、自分の相手を思い出してペドフィは律儀に足を運ぶ。
案の定、エリスは悪戦苦闘していた。
敵に結界を許し、慣れない氷の大剣を振り回している。
ペドフィは敵に気づかれぬよう結界を壊す。サディールほどではないが、魔力の扱いには慣れていた。特に不安定な魔力を水面下で制御するのがお手の物なので、安定した結界を解くのは容易かった。
そうして、一先ず見学。
僅かに残った建造物の屋根へと足をつけ、
「――随分と苦戦しているな」
見ていられず、声をかけた。
「……ペドフィ・レイピスト」
せっかく助けにきたやったというのに、エリスの顔はちっとも嬉しそうではなかった。
「男、レヴァ・ワン? いやしかし……」
警戒心が強いのか、人型の魔物はまず距離を取った。
顔は老紳士、頭髪は雷、脚の膝から下は炎。
それでいて、腕や身体は人間そのもの。
「魔人という奴か」
エリスが隣に飛んできて、
「助けにきて下さったのはいいのですが、どうして攻撃をする前に姿を見せるんですか?」
いきなり小言を浴びせてきた。
「……おまえたちの流儀など知るか」
せっかく来てやったという気持ちが強すぎて、ペドフィは当然の指摘を感情論で否定する。
「男、初めまして、我は魔人ロロギヌス」
魔物に弁える礼儀などないと、
「ただの無礼な男だ」
ペドフィは応じなかった。
「相手はレヴァ・ワンと戦う為に創られた、近接戦闘の達人です」
「なるほど。だが、そんな奴相手にどうして下手くそな大剣で戦っていたんだ?」
「作戦の一つです。ネレイドに色々と邪魔をされたから」
「あぁ、あの凍結か。確かに、あれには参った」
瞬間、炎と雷の刃が飛んで来た。
ペドフィは闇の盾で受け、
「その程度の魔力が通じるか」
残滓とはいえ、レヴァ・ワンの力を示す。
「おれが食い止める。隙を見て、おまえが仕留めろ」
「……わかりました」
何か言いたげではあったものの、エリスは素直に聞いてくれた。
そうしてペドフィは地上に降り、魔人を誘う。
「降りて来い、人語を操る魔物よ。仮にも、おれたちを殺す為に創られたんだろう?」
「つまらない挑発、乗らない」
「なら、そこでレヴァ・ワンが来るのを待っていな。それとも、背中を向けて逃げるか?」
「……」
魔人は応答もなしに降りて来た。
「レヴァ・ワンは殺す。それこそ我が宿命。やはり、宿命からは逃げられない」
悲しそうに漏らして、魔人は建物の残骸に手を伸ばす。吸い込まれるようにそれらは集まって、二本の剣を象った。
「ゴミの剣か。魔物に相応しい武器だ」
今回は囮なので、ペドフィの挑発に余念はなかった。
皮肉にも初代や二代目のおかげで、相手を怒らせる言葉はすらすらと浮かんでくる。
「違う。我は魔物ではないっ!」
意外にも、魔人は感情的になっていた。
「我が名は魔人ロロギヌス。この名は
「だったら、証明してみせな。魔人とはいえ、人を名乗るのなら武器を振り回すだけじゃないんだろ?」
ペドフィも闇の双剣を生み出し、構えた。
「無論。それでは参るぞ、無礼なる男よ!」
「上等だ、きやがれ!」
エリスはその光景を見下ろし、
「はぁ……」
悩まし気な溜息を吐く。
どう見ても魔人のほうが礼儀正しくて、ペドフィのほうが人間としての品性に欠けていた。