第44話 黒幕と悪魔の影
文字数 2,572文字
またしても、マテリアが卒倒しそうだったのでネレイドは口を挟む。
「どうぞ、お嬢さん」
さすがにまた気絶されたら面倒だと判断したのか、サディールも応じた。
「レヴァ・ワンは飢餓状態だったんですよね? それなのに、どうして選別の時に食べなかったんですか?」
「レイピストがいない限り、所詮はただの剣だからです。先代の話を信じるなら、それが本来の仕様でしょうが。あくまで、これは人間に与えられた武器なんですよ。ですので、むやみやたらに人を傷つけるように創られてはいないはず」
そう言えば、ピエールが持った時はなんともなかった。もっとも、彼に魔力があったかどうかは不明であるが。
「あとは単純に時間か量が足りなかったのでしょう。人数を考慮すると、選別の時間は僅か。ちなみに使ったのは血ですか? それとも、握らせただけですか?」
「……血を使った。握るだけだと納得しない者が出てくる可能性が危惧され、できるだけ儀式的にしたほうがいいと。銀の聖剣で左手の薬指に傷を付け、血のリングを作ってから握らせていたそうだ」
また、傷は教会の癒し手が治すことで非日常感を与えていた。
「あなたのお話を聞いていて思うのですが、暇な世界というのも大変ですね」
無駄な形式にこだわり過ぎである。
「教会の信用が落ちていたのはわかりましたけど、王族のほうはどうなのですか?」
「こちら側――
「だとすると、こちら側は独立した状態ですか」
距離は力。
離れれば離れるほど及ばず、届かなくなる。
そして、散々苦労した者たちが、後からやって来た者に対価を渡したくないのは当然の心理。特にフロンティアを目指すような人間は、既存の権力や仕組みに反感を持つタイプが多い。
それでも教会が機能しているのは共に同行し、尽力したからであろう。上のほうはともかく、下のほうは奉仕の精神に満ち溢れている。
「なら、王族が裏で糸を引いていた可能性もあり得ますね」
「馬鹿なっ! 彼らは長い間、我々神帝懲罰機関とも懇意であり、特に問題などなかった!」
「だから、ですよ。どう考えても、教会側に協力者がいます。そして、一番怪しいのは水鏡の観測者」
「そ、そんなことが……っ」
マテリアはまたしても卒倒しかけたのか、銀髪の少女が気付けのお酒を飲ませようとあたふたし始める。
「感知能力に長けていれば、レヴァ・ワンと接触した際、その者の魔力の有無がわかります。とはいえ、その人物の詳細を記した帳簿を拝見できるのは教会のみ。選別を終えた直後に接触するのは、物理的に不可能でしょうからね」
読んでいたのか、ネレイドが手をあげて質問する前に、サディールは説明した。
「それでも、その作業には手間と時間がかかります。少なくとも、かなり前から計画し、下準備をしていなければ上手くいくとは思えません。そうなると、一番怪しいのが水鏡の観測者――大選別のきっかけを作った人物です」
そして更に言わせて頂ければと繋ぎ、
「先代のテスタメントを派遣したのも、あなたを私たちに接触させたのも、その観測者ですよね?」
裏付けを取ろうとしてか、確認する。
「……あぁ、そうだ」
もはや言い返す気力もないのか、マテリアはいじけた少女のように答えた。
「前者は単純に邪魔だったからでしょう。テストメントとして教育を終えた者であれば、水鏡の観測もできたはず」
都合の良いタイミングで異変を知らせるには、水鏡を観測できる者は一人のほうがいい。
「そしてあなたに関しては悪魔を恐れたから。レヴァ・ワン以外に、それを止められる者はいないでしょうから」
苦しそうに、辛そうにマテリアは下腹部に手をやる。
「譲渡をせずテスタメントが死んだ場合、悪魔との契約は破棄されます。しかし、それは人間側の過失とされ、罰則が与えられる」
それは意地悪でもなんでもない、かけ値なしの脅しであった。
「その罰則とは、歴代のテスタメントの血縁者すべてが悪魔の贄となること」
つまり、先々代のテスタメント――観測者も含まれる。
「この罰則の嫌らしいところは、悪魔が生贄となる血筋を絶やさない点です。死のうと思っても死ねず、子供を産みたくないと思っても気づけば誰かに犯され、誰かを犯す。まぁ、そう伝えられているだけで本当かどうかはわかりませんけどね」
最後にそう付け加えるも、当の本人には聞こえていない様子だった。
「
本気なのか嫌がらせなのか、サディールはここで疑似男根を取り出した。
「ですので、処女を失ってしまえばあなたはテスタメントではなくなります。もっとも、こんなモノで失って効果があるかはわかりませんが」
「他に方法はないんですか?」
あまりに不憫で、ネレイドは黙っていられなかった。
「男性に犯されること。ただ、その場合も人間側の過失と見なされる危険性は拭えません」
「それじゃぁ、処女を失っても駄目じゃないですか」
「えぇ、マテリアさんは駄目です。けど、悪魔は殺せます。現状、一番恐ろしいのは、いつサモンの条件を満たすかがわからないところ。レヴァ・ワンがあるので不意打ちは許さないでしょうが、場所と状況次第では軽く死ねます」
逆に言えば、出現がわかっていれば倒せる。
「なので、できるなら私たちの目の前で処女を失って頂きたい」
とんでもない要請をされ、
「……死ぬのでは駄目なのか?」
マテリアは代案を出す。
「それだと、誰の所に行くかわかりません。人間の器がないと、悪魔はこの世界に顕現できないらしくて」
サディールも困ったように言う。
どうやら、本当に詳しくは知らないようだった。
「……なら、断る。私にはまだ、やらなくてはならないことがある」
「それは残念。ただ、今のあなたを私たちに同行させることはできませんので、あしからず」