第30話 レイピストはかく語りき
文字数 4,181文字
目を閉じると、色々な光景が浮かんできてしまう。
間近だと、街の人々の感謝の言葉。だけど、それを素直に受け止めることはできなかった。
あの人たちから頭を下げられる度に、ネレイドは自分が嫌になってくる。
だって、自分は助けにきたのではない。
――ただ、魔族たちを殺しにきただけだ。
それに、私は自分の村の人たちを優先した。
なのに、間に合わなかった。
アルベの街の人たちはそのことを知らない。
だから、英雄のように接する。
それは潔癖な年頃の少女にとって、素直に喜べることではなかった。善良な人たちを騙している気がして、どうにも落ちつかない。
自分が感謝されるような人間じゃないことは、自分が一番わかっている。
「しばらく、まともなベッドで眠れないんだから、しっかり寝ておいたほうがいいぞ」
初代の声。
真っ暗で見えないけど、羽虫型でいるようだ。
「……うん、わかってる。でもね、こうしてベッドで眠っていると、落ちつかないの。もう、あの頃には戻れないのに……。どうして、私は呑気にしているんだろうって」
廃墟と化した聖都、また森で野宿している時は非日常感があったからか、そんなことを考えたりしなかった。
「まだ、街の人たちは働いているのに。あんな目に遭っていたのに……」
ネレイドには何も言ってあげられなかった。魔族は追い払いました。それしか言えなかった。
助けに来たわけじゃなかったから、助けに来たとは言えなかった。
とても大丈夫そうに見えなかったから、もう大丈夫ですとも言えなかった。
それなのに、あの人たちは頭を下げて、泣いて、喜んで、感謝して……。
どう考えても自分たちのほうが辛くて厳しい状況だったのに、私に優しい言葉を、気遣う言葉もかけてくれた。
大変だったね。
まだ幼いのに、良く頑張ったね、と。
そうして、疲れただろうからと少ない材料で食事を作って、早めに休ませてくれた。
これから先も大変だろうからと。
あの人たちは、私が他の街を助けに行くのを疑っていなかった。
「魔族を殺すのはいい。でも、またこんな風に優しくされるのは……ちょっと嫌かも」
「そこまで自分を責めることはねぇだろ。オレに言わせれば、嬢ちゃんはまだ優しくされる価値があるぞ」
「だって……」
「他の奴らと違って、オレたちは知っている。レヴァ・ワンが神の祝福でも啓示でもないことを。だから、嬢ちゃんが間違うのは当然だ」
「うん……」
「なんつったって、導いているのは神じゃなくて三人の鬼畜だからな」
冗談のように、初代は言った。
「それでも、弱音くらいは聞いてやる。一応、大人で……父親でもあったからな」
「……あっ、そうか。王女様と結婚してたっけ」
魔物を犯しているイメージが強くて、すっかり忘れていた。それより前に、王家に迎え入れられていたことを。
「今となっては、思い出したくもないがな。やることもきちんとやったぞ。まっ、これっぽっちも楽しくなったけど」
「なにそれ、酷い」
「初めて同士でうまくいくわけないだろ? しかも、あっちはこっちを下賤の身と見下していたんだ。それに楽しんだり愛し合うんじゃなくて、ただ子供を産む為に仕方なくやっていたからな」
「そっかぁ」
「顔の刺青が醜いと、あの人はオレの顔を見ようともしなかった。無骨な指が怖いと、ろくに触らせもしなかった」
「それでも、子供はできたんだ?」
自らを嘲笑うように、
「侍女が下準備をしていたからな。オレの仕事はただ腰を振るだけだったよ」
初代は恥ずかしい過去を告白した。
「だから、本当にあの人とやったかと言われると……難しいな。オレの子種は百発百中だったから、最初の一回で済んだし。そういえば、結局裸すら見ていないぞ。憶えているのは、奇麗な髪と背中くらいだ。あと、ムカつく侍女の顔」
「……あの、その、してる最中も、ずっとその侍女がいたの?」
「あぁ、いたぞ。しかも、オレの動きに口うるさく文句を言ってた。もっと優しくとか、勝手に触ろうとするなとか。それでいて、目の前でオレの奥さんとイチャつきやがって……くそっ、思い出すだけが腹が立つ。今だったら、サディールが作った疑似男根をぶちこんで、逆に見せつけてやるのに」
もう、みんな死んでしまった……と、物悲しい音色。
「サディールの時は、まだ面影を残した奴もいたんだけどな」
「……仕返しとかした?」
「するわけねぇだろ? 実際、あれはオレも悪い。いくら初めてだったとはいえ、あの状況で女の言う通りにするなんて、とんだ臆病者だ。それに、生きている時にも機会はあった。でも、その頃にはもうあいつらには興味が失せていたからな」
「なんでって、訊いてもいい?」
「今の嬢ちゃんと一緒さ。自分のほうが嫌いで憎くて許せなかった」
さすがに、これ以上はネレイドから聞けなかった。
「ほんと、オレは馬鹿だった。勝手なイメージだけで王家に憧れて、必死こいて馴染もうとして――そんなことしている間に、大切な仲間たちを失っちまったんだ。魔境を開拓することがどれだけ大変か知っていたのに、オレは付いていかなかった。王家の一員なんだから、もう危ないことをしてはいけないと言われて、犬みたいに従って……」
それでも、初代は話してくれた。
「家族も、仲間も――大好きだった人も帰ってこなかった。だけど、オレはそれを認められなかった」
だからこそ、レイピストは魔境へと乗り込み――狂ってしまった。
「それで必死こいて探したんだ。必ず生きているって信じてな。魔境を彷徨い、魔族を殺し、そうやって、レヴァ・ワンを見つけた」
「えっ!? じゃぁ、レイピスト様はレヴァ・ワンの力じゃなくて、自分の力で魔境を?」
「あぁ、そうだが?」
今更ながら、サディールが参考にならないと言っていた意味を悟る。
「レヴァ・ワンは高く積み上げられた木々や瓦礫の下に埋もれていた。魔族たちには触れないから、隠していたつもりだったんだろうな。オレはそれを、墓か隠れ家と思って掘り返したわけだ」
そして、レヴァ・ワンを手にとり――神々の記憶を覗き込み、封じられた魔の意志を読み取った。
――殺してくれ、と訴える神の声を。
「あとは以前にも話した通り、オレは神を殺した。もっとも、交換条件だったんだけどな。代わりに、オレの願いを叶えてくれって」
「その願いは叶ったの?」
「あぁ、レヴァ・ワンは教えてくれたさ。仲間たちがみんな、魔物に食われたことをな。鮮明な映像にして、見せてくれた」
何度目だろうか――本当に馬鹿だこの剣、とネレイドは心の底から思う。
「それで、どうでもよくなっちまった。ただ、
困ったように、初代は言葉を操る。思い返した今となっては、自分ですら理解できない行動だったのだろう。
「その魔物たちには、仲間たちの血肉が入っているって躊躇ってしまった。そこで食うか犯すか本気で迷って、ちょうどメスしかいなかったから犯すほうを選んだ」
その後の顛末は知っての通り。
レイピストはその行為を繰り返し繰り返し――もはや、最初の動機は失わていたにもかかわらず、現実から逃避する為だけに没頭した。
「そして、気づけば教会に捕まっていた。抵抗しようと思えばできたけど、そんな気力はなかった。むしろ、救われた気分だったな。これでやっと終われるって。途中から、殺される為に魔境を歩き回っていたのに、どいつもこいつもオレを殺してくれなかったからさ」
僅かではあるものの、理性が残っていたのが幸いした。
「色々な人が面会に来たな。教会の連中はレヴァ・ワンに興味津々で、本当にしつこかった。義理の父にあたる人は怒ってて、何言っているかわかんなくてな。ついつい、王家の人間ならもっと丁寧な言葉を使ってくださいって煽っちまった」
意外にも、楽しそうな語り口である。
「そして奥さんは……泣いていたな。オレの欲求不満が原因の一つと誤解されて、そのことで酷い陰口を叩かれたって」
同じ女として、ネレイドは王女の心中を察する。
「で、そこで初めて息子と会った。妊娠したのは知っていたけど産まれて――それも、拙くはあったけど言葉まで喋れるくらいまで育っているなんて驚きだった」
それでも、生きようとは思えかったと初代は言う。それどころか、自分の子供を見て真っ先に殺すべきか悩んだと。
「オレの息子じゃ、どう考えても自由には生きられなかっただろうからな。可哀そうだって思った。まともに育つはずがないって」
「その子供はサディール様の?」
「祖父だな。ただ、サディールの奴は教会に管理されてたから、顔すら会わせたことないって言ってたぞ」
「……その教会に、処刑されたんですよね?」
「あぁ。あいつらはオレの話から、レヴァ・ワンとの間に契約が結ばれていると判断してな。殺せば無効にできると短絡的に考えたそうだ。加え、義理の父である王がさっさと殺すよう口うるさく言っていたこともあって、バッサリと」
自分の処刑だというのに、初代の口調は軽い。
「ところが残念、レヴァ・ワンとの契約は血脈に受け継がれていましたとさ。さすがの教会も、そこでオレの息子を殺す真似はできなかったようだ。サディールの代で知ったが、奥さんがあの後、誰とも結婚せず子供も産まなかったからな」
それゆえに、レイピストの子供が王家を継ぐ、唯一の存在となってしまった。
「どうだ? そんなオレと比べたら、嬢ちゃんはまだ優しくされる価値があると思わないか?」
「そんなの……答えられません」
「嬢ちゃんの優しさが感じられる、良い答えだ」
そう言って、初代はおやすみの挨拶をする。
「いい加減、もう寝ろ。今の嬢ちゃんには差し迫った問題が山積みなんだ。考えても埒のあかないことは、もっと退屈になってから考えろ」