第25話 変わってしまった少女
文字数 2,682文字
それでも、かつて初代が魔物を犯す様を見せつけられた時よりはマシなことに気づき、ネレイドは自分の感じ方に嫌気がさしてくる。
これから先、色々と慣れていくのだろうか。
それとも、既に麻痺してしまっているのか?
母親が死んだ。良く知っている幼馴染の母親も死んだ。きっと、他にもいた。私をおねえちゃんと呼び親しんでいたあのコも……。
自分よりも幼い女の子ですら、あんな酷い目に遭わされていたかと思うと、怒りが込み上げてくる。
でも、それは勝手な感傷だった。
そう、助けることよりも殺すことを選んだ自分には、彼女らは本気で憂う資格なんてない。
「目、覚めたか?」
手で顔を覆っていると、懐かしい声。
「……ピエール」
「謝るなよ。レイピスト様たちにぜんぶ聞いた。だから、おまえは何も言わなくていい」
「うん……」
謝らせてもくれないんだ……と、少しだけ寂しく思うも、ネレイドはその言葉に甘えた。
「ここって……アルベの街へ向かう街道?」
「あぁ」
「あれ? もしかして私、長いこと眠ってた?」
「いや、一晩だけだ」
「えっ? じゃぁ、どうやってここまで来たの?」
ディリスの森から街道に出るまで、丸一日はかかるはず。
「レイピスト様が森を切り開いた」
「いっ!」
――なんて酷いことを!
「既に燃えてたんだから、いいだろ?」
口にするまでもなく伝わったのか、初代の声。羽虫型でふわふわと空中を泳ぎながら、頭の上に着地した。
「ちょっと、髪の上は止めてください。汚いじゃないですか」
「糞に集るハエじゃないんだから、汚くねーだろ」
「別にそこまで酷いことは言ってません」
払うように手をやると、初代は肩に止まった。
「それと、サディールが人型を象れるようになったからな。ピエールを背負って、夜通し進むことができた」
「あぁ……。そういえばそうでしたね」
ついでに嫌な場面も思い起こされ、ぶっきらぼうになってしまう。
「あとはまぁ、サディールが敵から色々と訊きだしてくれてな」
「――あの男は苦しんでいましたか?」
意識せず、冷たい声が出た。
「あぁ、死ぬほど苦しんでいた。そして、これから先も更に苦しむだろうよ」
「えっ? まだ、生きているんですか?」
責めるように訊くと、
「えぇ、生きていますよ」
頭の上からサディールの声。
重さを感じないことから、これまた羽虫型だろう。ネレイドは無言で払い、手の平に張り付いた二代目に問う。
「なんで、殺していないんですか?」
「だって、命は一つしかありませんもん」
「はぃ?」
「お嬢さん。私は冗談こそ言えど、酷い嘘は吐かない主義なんです」
サディールの脅し文句を知らない少女からすれば、理解不能な言い訳であった。
「それに、いつまでも後手に回るのも私の主義に反します。なので、彼は生かして野に放ちました」
「……足、なかったと思いますけど?」
「サービスで付けてあげました。もっとも、人間の足ではありませんけど」
あまりの鬼畜っぷりに、ネレイドは少しだけ慰められる。自分はまだ大丈夫だと。人として、終わってはいないと。
「それで、あの男はアルベの街に?」
先ほど、どうして殺さなかったと憤っていたくせして、生きているとわかった途端、ネレイドは自分の手で始末したくなった。
「ご明察です。面倒なことに、五芒星の街を占拠した魔族たちには統率者がいないようなんです。彼らを扇動した黒幕はいるようですが」
男の額に埋め込まれていた魔物の瞳。
少なくとも、秘密裏にそれを仕込んだ存在がいる。
しかも拷問して吐かせた限り、一人ではない。魔族の血を引いてはいるのだろうが、どう見ても人間に過ぎなかった彼らを誑かした存在は最低でも三人はいる。
あの可哀そうな男曰く、大選別で選ばれなかった者たちに声をかけ回っていたのは男と女。更に言えば、粗野な女声と理知的な女声だったという。
「だからこそ、教会はしてやられたんだろう。目的だけが一致した集団は厄介だぜ。潰しても潰しても、アリのように湧いてでてくるからな」
この手の話になると、初代と二代目の息はぴったりだ。
「しかも、その目的は人間を苦しめるという抽象的なもの。同じ時間にあらゆる場所で暴れられたら、さすがにどうしようもありません。それでも、治安維持に力を入れていた幾つかの街は未だに持ちこたえているようですが」
「アルベの街は占領されているんですね?」
ネレイドは状況的に推測した。
「残念ながら。ですが、そう長くは持たないでしょう。どうやら馬鹿しかいないようで。街を動かしているのが人間だとわかっていないのか、無暗やたらに消費しているみたいです」
「……消費、ですか?」
「はい、アレは
消費
と呼ぶのが正しいでしょう。もしくは消耗ですかね。加減がわかっていないのか、殺したというよりは死んでしまった反応をしていましたから」今更ながら、サディールが羽虫型になっていた理由を察する。
「偵察に行っていたんですね」
「えぇ。敵は迎え撃つようですよ」
「それであの男を?」
「はい。こちらの思惑通り、レヴァ・ワンが年端もいかない少女だとみんなに教えてくれました」
「……つまり、私は舐められているってことですね」
「えぇ、とっても。魔族たちは既にお嬢さんをどうするかで盛り上がっていましたよ。裸にして教会に飾るとか、街中の男に犯させるとか、いっそ捕らえた人間にヤらせるとか」
「ほんと、最低ですね。でも、そのほうが殺しやすくていいかも」
気負うことなく、自然体で発言したネレイドを見て、ピエールは悟る。
本当にもう、彼女とは一緒にはいれないのだと。たったの一晩で、幼馴染は変わってしまった。
それほどの体験をしていた。
「なら、今回は正面突破で決まりだな。サディール、おまえのことだからきちんと仕込みもしてきたんだろ?」
楽しそうに初代が言う。
「もちろんですとも。なので、今回は人質の心配もいりません。思う存分、好きなだけ暴れてください」
「別に、私は暴れたいわけじゃないんですけど……」
そう言いつつも、ネレイドは敵の数を一切聞かなかった。彼女の中でそれはもう、どうでもいいことだった。
どうせ、全員殺すことは決まっている。
そして、こと戦闘に関しては先祖たちを信頼しきっていた。