第19話 悲鳴
文字数 2,413文字
当面の危険を排除するなりペドフィ〈憑依型〉は心配するも、
『つまらないことを聞くなよ』
初代〈剣型〉に注意され、
『とりあえずの優しさなんて、自己満足ですよ』
二代目〈羽虫型〉に駄目だしされる。
『自分の時のことを思い出してごらんなさい。大丈夫なわけ、ないでしょう?』
指摘通り、ネレイドの精神状態は危なかった。地面に突き刺した剣にもたれるように、どうにか立っている状態。
それでも、死体は血の一滴までレヴァ・ワンに食べさせていた。
『それに魔族とは名ばかりで、こいつらはどう見ても人間だ。血の一滴まで吸い取られたところからして、魔族の血も混ざってはいるようだが、だいぶ薄いぞ』
初代の冷静な言葉が、ネレイドを更に追いつめる。
『纏めて来てくださったら悩む間もなく、一回で片付けられたんですけどね』
敵情視察をしているサディールが報告する。
『先遣隊を出して、その間に装備を整える。初陣としては、中々に面倒な相手です。つい先ほどまで、お楽しみの最中だったとは思えません。まぁ、
既に飽きてはいたようですが
』『撤退する気はないってことか?』
嫌そうに初代が訊く。
最後に付け加えられた、何気ない一言の意味を理解できたからだ。
『えぇ、迎え撃つ気満々です。それも人間の作った武具で装備を固めています。もっとも、それがレヴァ・ワンを想定してなのか、単に大した魔術を扱えないからなのかは判断しかねますが』
時間を与えれば与えるほど不利になるにもかかわらず、誰一人としてネレイドを急かしはしなかった。
『人質は?』
『放置です。せめて一カ所に纏めてくれていたら、まだやりやすいんですけどね』
『脅迫に使う気はなくとも、囮に使う気はあるってことか』
『えぇ、おそらくは。誰一人として逃げることはおろか、抵抗することもできないほど弱っています』
ここでやっと、ネレイドは自分の目的を思い出す。助けなきゃ。そこに知っている誰かが――母親がいるかもしれないから、戦う選択肢を選んだのだ。
それに助けられなければ、魔族たちを殺した意味がなくなる。
憑依しているペドフィには、彼女の考えていることがわかった。それが危ない思考だとも。
けど、何も言えなかった。
今なら、初代の言っていた――自分の身を守る為に殺すのが、一番優しいという意味もわかるのに。
誰かの為に殺すのは容易いだけに過ぎない
。聞こえはいいものの、破滅と隣り合わせ。
もし、助けた人物に感謝されなければ正当化できなくなる。
事実、ペドフィがそうだった。
だからこそ、自分を正当化してくれた教会を妄信するに至ってしまった。
「……いかなきゃ」
ネレイドは剣を地面から抜き、自分の力だけで立ち上がる。
『やる気なのはいいことだが、少しばかり気を張り過ぎだ』
「だって、少しでも気を緩めたら壊れそうだもん」
手にした剣に向かって、ネレイドは吐き捨てる。
『駄目だこりゃ。おぃ、サディール。何かいい案ないか? このまま強行突破は難しいだろ』
『そうですね。ペドフィ君がやる気になってくれたらそれでも問題ないでしょうけど……まぁ、無理ですよねぇ』
嫌味ったらしく当てつけをして、
『なら、一芝居打ちましょうか。お嬢さんの演技力次第ですが、成功すればまだ奇襲が成り立ちます』
サディールは作戦を告げる。
「……それって、やらないと駄目なんですか?」
が、ネレイドは不服のようだ。
『お嬢さんの為でもあります。何事も我慢には限界がありますので。ですから、ここで一回吐き出しておくべきかと』
納得できなくはないが、ネレイドは自信が持てなかった。
一度吐き出してしまったら、そのまま潰れてしまうのではないかという不安が強い。
『大丈夫ですよ。お嬢さんは自分が思っているよりも、ずっと強い。それにもし駄目だとしても、あなたの守りたい者は守って差し上げます――ね、ペドフィ君』
せっかく安心できたと思ったら、最後の最後でぶち壊されてしまった。
「ペドフィ様、もし駄目だったらあとはお願いします」
当てにしていない口調で言ってから、ネレイドは大きく深呼吸をする。
『おれは応じてないんだが……』
本人の返事を待たずして、少女は行動に移っていた。
「キャー! いやっ! 離してっ! やだやだぁっ!」
全力で悲鳴を上げながら、敵に近づいていく。
すなわち、先遣隊に捕らえられたと錯覚させる。
何人かは断末魔をあげていたものの、まさか全員がやられているとは思うまい。
運が良ければ、これで勘違いしてくれる。
「やめてよっ! もうっ、やだやだやだぁぁぁー!」
半信半疑ではあったが、大声を上げるのは気分が良かった。
ただ、そう進言したサディールは後悔していた。
彼女の演技があまりに下手過ぎたからだ。必死に声をあげているだけで、悲哀も悲壮も感じられない。
さながら子供のごっこ遊び。
本人は囚われのお姫様を演じているつもりかもしれないが、傍からはしゃいでいるようにしか見えなかった。
『……』
何も告げられなくとも、初代と三代目も作戦の失敗を悟っていた。
揃って女の悲鳴をよく知っていたので、確認するまでもない。
それでも止めなかったのは、ネレイドの気が紛れていたからだ。
やはり女と言うべきか、技量はともかく演じるのが好きな様子。
そして、サディールの思惑とはまったく違ったが、ある意味奇襲は成功した。
「怖いよ、誰か助けてー」
剣を片手に、真剣な表情でそんな戯言を叫びながら迫ってくる少女。
魔族たちからすれば想定外過ぎて、待ち構えていたにもかかわらず先手を譲る羽目となった。