第26話 それぞれの異名
文字数 2,629文字
柵とは比べモノにならないほど、大きくて頑丈な壁。それと出入りする門があって初めて、集落は街と呼ばれるようになる。
基本的に門は夜に閉じ、朝に開けられる。また、開閉には必ず鐘が打ち鳴らされる。
ただ、鐘に関しては村にも存在した。もっとも、そちらは獣避けを目的としたものだが。
そして現在。
日が完全に昇っているにもかかわらず、けたたましい鐘の音が轟いていた。
「サディール様。……アレ、なんです?」
信じられない光景にネレイドは尋ねる。
確かに、自分は街道を真っすぐ歩いていた。隠密行動なんて、一つもしていない。
「アルベの街を占領している、自称魔族たちです」
「なんで、あんなに集まっているんですか?」
数えるのが馬鹿らしいほどの人影。生まれてこのかた、これほどの人数が集まっている光景をネレイドは見たことがなかった。
「私が集めました。今日、この時間にレヴァ・ワンが来ると。あらゆる人々に喧伝して回ったのです」
しゃぁしゃぁと、肩に乗った羽虫は答えた。
「それに皆さん、
既に人で遊ぶのにも飽きていた様子
だったので。きっと、想像力がないんでしょうね」それで全員が集まったのだと、サディールは笑いながら語る。
「加え、簡単な扇動魔術を施しました。どんな状況に陥っても、彼らは逃げることなく向かってきますよ」
「それで、人質の心配がいらないって仰ってたんですね」
この件に関しては嬉しかったので、ネレイドは言葉遣いを改める。
「あとは私の戦闘スタイルの問題です。敵味方が入り混じる乱戦はどうも苦手でして。このように、敵と味方の境界がはっきりしているほうがいい。欲を言えば、あちら側の陣地が最適なんですが」
その台詞で思い出す。
初代や三代目と違って、サディールは唯一防衛戦に徹した英雄だったと。
「固定城塞型魔術師。教会はサディールのことをそう呼んでいたぜ」
「だからぁっ! 頭の上に乗らないでくださいってば」
払うと、初代も肩に着地した。
「というか、魔術師? なんですね」
「えぇ、これでも私は教会の人間でしたので。刃の付いた武器を扱うのは禁忌だったのですよ。だから、私にとってレヴァ・ワンは剣ではなく魔術を行使する杖です」
「オレにとってはすべてを殺す剣。ペドフィにとっては?」
『……変幻自在の闇』
ぶっきらぼうだったが、頭の中でペドフィも答えた。
「嬢ちゃんにとっては何になるんだろうな」
今のところは身を守る黒衣と敵を殺す包丁だが、前者はサディールの力によるモノであった。
「正直、レヴァ・ワンはなんだってできる。でもだからこそ、どのように使うかを決めといたほうがいい。じゃないと、いつかとんでもないことをしでかす恐れがある」
なんせこいつは馬鹿だからな、と初代は身も蓋もないことを言う。
「更に言えば、
あまり学習させないほうがいい
。これは馬鹿だからこそ、我々人間に扱えるようなモノです。もしこの剣が、人間の意思なんて必要ないと学んでしまえばおしまいですからね」サディールも続いて、
『……結局、こいつの機嫌を取りながら使うしかない』
ペドフィも吐き捨てた。
『人の為に創られたとはいえ、そう創った神は食われたんだ。つまり、この剣は最初から想定を超えている。だから、おれは常に怯えながら使っていた』
三人の意見を聞き、
「レイピスト様なら、あの人数と戦う時はどうしますか?」
ふと、気になったのでネレイドは訊いてみる。
サディールとペドフィは想像できなくもないが、剣一本でどうするのかは見当もつかない。
「あれくらいなら、
一振りで終わる
」「……はい?」
「問題があるとすれば、後ろに街があることだな。手加減してやらないと、文字通り真っ二つになるからなぁ……」
冗談ではないようで、初代は真剣に困った口調であった。
「お嬢さん、先代に訊くだけ無駄ですよ。この人の戦い方は、真似できるモノではありません。単純に敵より早く、確実に、強い力で斬り殺すだけですから」
「……でも、街を真っ二つって?」
「仮にも、神が自害する為に作った剣ですよ? それくらい、できて当然でしょう。ただ、私やペドフィ君では使いこなせないだけです」
サディールは容易く、自らの力不足を認めた。
「私たちはどうしても、レヴァ・ワンで身を守らずにはいられない」
つまり、初代は違うということ。
本当に剣でしかなく――レヴァ・ワンの力のすべてを、攻撃に費やしている。
「無差別殺戮型人形。教会は先代のことを、そう揶揄していましたよ」
「……人形ですか?」
どう解釈しても、それだけは力に対する恐怖から生まれたとは思えない。
「ただ、殺すしか能がなかったからでしょう」
「犯しもしたぞ?」
初代と二代目は本当に理解を超えた神経をしている。
ネレイドは何も言えなかった。むしろ、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように、居心地の悪い気分に陥っていた。
それなのに、
「では、無差別殺戮型強姦人形ですかね?」
「いや、オスは犯さねぇから無差別はいらないだろ?」
二人は冗談として扱っている。
「それで、今回はどうするんですか?」
つまり、このまま放っておくと猥談を聞かされるだけ。学習していたネレイドは話を逸らした。
「私が蹴散らします。お嬢さんには色々な戦い方があると知って貰いたいので」
「もっとも、ある程度までな。前回は奇襲だったから、ちゃんとした戦闘もやっとくべきだ」
あれほどの人数に向かっていく勇気はまだなかった。
それでも、魔族たちに対する怒りはまだ燻っていない。ほんのちょっと、あの光景を思い返すだけで――殺せる気がする。
「強くなるんだろ?」
こちらの弱気を感じ取ってか、初代が茶化すように訊いてきた。
この人たちにいつまでも舐められてはいられないと、
「はいっ!」
少女は声を張り上げた。
「それでは少し、お借りしますね」
黒衣に溶け込むように、サディールの姿が消えていく。
『久しぶりですね。お嬢さんの中に入るのも』
「えっ? 人型で戦わないんですか?」
『あれはまだ、戦えるほどではありません。たとえそうであっても、魔力を無駄に消耗しますので、あの程度の雑魚には使えません』
心強い言葉である。
「それじゃ、行ってくるね」
これまで、黙って後ろを付いてきてくれた幼馴染にネレイドは声をかける。
「あぁ、行ってこい」
昨晩と違って、ピエールはきちんと送り出してくれた。