第79話 三代目レイピスト

文字数 4,155文字

 ――レイピストの血を引いていれば誰だっていい。

 そんなのはレヴァ・ワンと先祖たちの言い分であって、教会からすればふざけた話であった。
 だから始めの内、ペドフィは簒奪者として扱われた。
 神の奇跡を掠め取った、罰当たりな愚か者だと。

 そして、当時のペドフィはそれを真に受けた。
 事実、衝動に任せた結果だったので否定のしようがない。
 
 大好きだった人が殺され、知っている人から知らない人まで――沢山の悲鳴が聞こえたから、なんとかしてやりたいと思ったのだ。

 だって、自分は助けられた。
 十代の子供だという理由で、知らない大人に助けられたのだから――ただ、隠れているなんて無理だった。
 何かせずにはいられず、つい移送中の神剣を求めてしまった。
 どうして教会の騎士たちはレヴァ・ワンを使わないのだと、半ば怒りながら手に取り――気づけば、すべてが終わっていた。

 教会が用意していたレイピストの血縁者に譲渡することもかなわず。
 本来であれば人々の希望を背負うべく立場なのに、ペドフィは失望と共に城塞都市アレサへ赴く羽目となった。
 
 その時にはもう……両親や妹を含めた家族はみんな自害していた。
 
 自分の軽率な行いはもちろんのこと、罪人の子孫であったからだ。
 英雄でない限り、レイピストの血は鬼畜の証でしかない。
 
 そして、その時のペドフィはただの簒奪者だった。
 
 教会からはなんの慈悲もなく、村人たちからは何をやらかすかわからないと、家族は迫害された。
 
 ――そう、


 
 家族でさえ、ペドフィが英雄になれると信じていなかったから死を選んだ。
 だから、自分の命を大切にしようなんて思えなかった。無意識に、誰かの為に使うべきものとして扱っていた。

 奇しくも、それが英雄と呼ばれるきっかけとなった。

 戦いに赴く者たちにとって、仲間に対する献身は何よりも尊く、名誉は常にそこから生まれるとさえ言われていたからだ。
 もし、彼らの献身を素直に受け取ることができていたのなら、違った未来もあっただろう。
 
 しかし、ペドフィは強い割には受け身で、相談する相手もおらず自尊心も低かった。
 また権威にも弱く、若さゆえの潔癖から先祖たちを嫌っていたので、教会の傀儡になってしまった。

 結果、自分の為に命を落とす兵たちを当然の犠牲と割り切り、一方通行の信頼しか生まれなかった。

 本当に認めて貰いたい人はもういなかったから、彼の自尊心はいつまで経っても満たされることなく――
 
 それでも、その渇きを癒す為に正しさを求め続けた。
 教会(権威)に、共に戦う仲間(他者)に、とにかく誰かに認められたくてがむしゃらに頑張った。

 それなのに報われることはなかった。
 
 幾度となく魔族を退け、十八歳になった頃には英雄と呼ばれるようになったというのに、自尊心は満たされず――
 先祖たちの所為で、劣等感が消えることもない。

 そんな折、ロリエーンという少女に出会った。
 
 魔術が上手く扱えない彼女は一人で練習しており、ひたむきに頑張っている姿を見ていて、素直に助けたくなったのだ。
 けど、自分ではどうすることもできず初代に助言を求めると――

「ただのお節介じゃないのなら、手助けしてやっても構わないが?」

 そう念を押してから、始祖の言葉を教えてくれた。
 
 それで彼女は劇的に成長していき、本当に心の籠った感謝をくれた。
 その気持ちを受け取るのは自分ではないとわかっていながら、何も言えなかった。
 無邪気な表情に面食らってしまった上に、彼女のほうが一線を引いて、すぐに去っていったからである。

 それでもう、会うことはないと思った。
 たとえ会ったとしても、あの無邪気な表情が向けられることはないと諦めていた。
 
 初代に嵌められたと気付くまでは――
 
 もっとも、悪いのは気づかなかった自分である。
 教会とは別流儀の魔術は、評価されるどころか処罰の対象にもなりかねない。少し考えればわかることだったのに、迂闊だった。

「だから言ったろ? ただのお節介じゃないのなら構わないって」
 いけしゃぁしゃぁと初代は蒸し返してから、
「おまえの傍に置いてやれ。理由なんてなくったって、レヴァ・ワンが求めるのなら教会は差し出すさ」
 とんでもない提案をした。

 腹立たしくも、それ以外に彼女を助ける術はなかったので、ペドフィはそうした。
 
 ただ、理由は別に用意した。
 彼女の魔力はレヴァ・ワンと波長が良いと。間違っても、欲求不満からではないと説明して、ロリエーンを傍に置くことにした。
 もっとも、教会が信じなかったので誤解がとけるまでは非常に気まずい思いをする羽目となった。

 そうして、彼女と過ごす時間が増えていき、色々と話すようにもなってきた。
 神帝懲罰機関に所属していること、孤児であること、年齢はおそらく十二歳だということ。
 それなのに、十歳にも満たない妹たちよりも魔術が下手で焦っていたこと。
 教会とは別の教えとはいえ、上手くいったのが嬉しかったこと。
 でもそれが背信行為、もしくは自分の血が穢れていることにならないか不安でもある……と。

 始めの内、ペドフィは彼女に失った妹を重ねていた。
 だから助けてやったし、相談にも乗ってやれた。
 けど、次第に妹ではなく大好きだった彼女が重なるようになり、色々と持て余すようになってきた。
 
 しかも、頭の中には常に二人の凶悪な悪魔がいて、囁いてくるのだ。

 そういった毎日から半ば逃げるように、ペドフィは魔境へと攻める許可を求めた。
 半年以上も魔族の侵攻がないことから、この機を逃すべきではないとして。
 
 長い真偽の末、ペドフィは教会騎士団を率いて魔境へと攻め入った。
 そこには何故か神帝懲罰機関も同行していた。
 後で知ったが神聖娼婦――優秀な子種を受ける為だったという。
 出陣前に行わなかったのは、生きて帰ってくる可能性もあると判断されたから――

 すなわち、ペドフィは期待されていたのだ。
 そして、およそ四年の時を経て、その期待に応えてみせた。
 それなのに、心の中はからっぽのまま。
 レヴァ・ワンが必要とされなくなり、ロリエーンを傍に置いておく理由もなくなった。それは嘘だったはずなのに、ペドフィは言われた通り、教会に彼女を返してしまった。

 その喪失感を誤魔化す為、教会だけでなく民たちにも尽力し、日々社会への奉仕に努める。
 そんなある日、ロリエーンと再会して……自分は致命的な間違いを犯した。
 
 以前、初代がぶった切った通り、あそこで結婚しようと言えなかった自分のヘタレ具合が悪い。
 それなのに処女だけは貰おうとしたから、彼女に裏切られる羽目となった。
 
 いや、違う。
 たぶん、おれのほうが先に彼女の期待を裏切っていた。
 
 竜の話を持ち出して、もしかしたら永遠に近い時を生きられるかもしれない――そんな絵物語みたいなことを口にしながら、一緒に生きようとは一度も言わなかった。
 ロリエーンが一人で竜が住む湖に赴いたのは、もしかしたらおれを待つつもりだったのかもしれない。

『……』

 現代に甦ってから知らなかった、気づかなかったことが沢山わかってきたのに――それでも、からっぽな何かが満たされることはない。

 ――本当に死者は成長しないのだろうか? 

 どれだけ発破をかけられても神帝懲罰機関を許せないし、あの祭服を見ることすら耐えられそうにない。
 そうやって引き籠っていると、今更な感じがしてきて……もう、このままでいいんじゃないかと思い始めてくる。

 それにネレイドは思っていたよりも強いから、もうおれの助けもいらない。
 あとは初代と二代目に任せて、自分はこのままレヴァ・ワンの中で眠り続ける目論みだったのに――身が裂けそうな痛みが身体を襲った。

 だけど、悲鳴を上げているのは肉体ではなくて精神。
 
 興味を引かれ、ネレイドの瞳に映る光景を覗いてみると、ふつふつと忘れていた激情が蘇ってくる。
 目の前で死んでいく人々。
 悲しみ、嘆き、苦しみ――それでもなお、死者に縋りつく生きた屍。
 
 そう、かつての自分がいた。
 
 大好きな人を目の前で殺され、助けられなかった自分が死ぬほど許せなくて、呆然として……
 けど、知らない誰かが助けてくれて……

「――ふざけるなっ!」

 ペドフィが立ち上がるよりも早く、少女の雄叫び。
 やはり、自分などお呼びではないのだと、再び引き籠もり精神が鎌首をもたげる。
 が、時間を置かずして襲い掛かってきた痛みに、否応なしに目を覚ます。

「嬢ちゃんっ!」
 初代の声は珍しく緊迫していた。
 
 どうやら、矢を受けたようである。
 感覚からして致命傷ではないにもかかわらず、ネレイドは死ぬほど苦しそうだった。

『……ぇ?』

 そこで何かが刺さった。
 矢を受けただけでこんなにも苦しんでいるなんて――まるで

だ。
 どう考えても、自分よりも弱い。
 矢の一本でここまで痛がって泣き出すなんて、戦士としては情けない体たらくである。

「ペドフィ、おまえはいつまでそうしているんだ?」

 こちらの動揺を察してか、初代が投げかけてきた。
 無視できない言葉の刃で容赦なく、ペドフィをぶった切っていく。

「そのコが傷つき、助けを必要としているのに――てめーは何をしてやがんだっ!」

 死者は成長しない。
 けど、

ここで黙って見ているなんてあり得ない。
 あの時、力も資格もなかったのにレヴァ・ワンを求めたのだ。
 なのに力がある今、何もしないなんて――あり得ない!

「――撃てっ!」

 敵の声。
 察して、ネレイドは防御の呪文を唱えようと痛みを我慢しながら……

『あとは任せろ』
 見ていられなくなり、ペドフィは声をかけた。

「……ペドフィ様」
 本当に今更なのに、ネレイドは嬉しそうに名前を呼んでくれた。
 
 ――それで充分だった。

 少女が好んで使う翼で身を守りながら――徐々に、その形を変えていく。
 黒い翼はより大きく、鋭く、禍々しく。
 四肢を纏う闇も雷鳴や爆炎のように激しく不安定に――レヴァ・ワンの闇を半暴走状態で纏いながら、ペドフィは宣言する。

「ここからは殺戮の英雄――三代目レイピスト、ペドフィが相手だ!」
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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