第76話 対決、最強の狩人と獲物

文字数 3,561文字

 魔族たちはネレイドの挑発に乗ってこなかった。
 上空から視線を走らせると、逃げ惑う人たちに紛れている姿を見つけ、更に苛立ちが増す。
 
 敵は誰一人して、鎧や盾といった防具を装備していない。その代わり、見慣れない筒やら球体を持っている。
 おそらく、あれが砲と弾であろう。
 砲は鎖と繋がれており、左肩から身体を通って斜めに。ちょうど、右の脇腹と手で押さえ込めるよう吊るしてある。

 そういった者たちが十人程度と、傍に弾を入れた籠を背負って者が二~三名。どうやら、それが主となる部隊のようだ。

 厄介にも、それが広範囲に渡って配置されていた。他にも弓や剣といった、見慣れた武器を持った部隊も見受けられる。
 
 誰もが黒い衣装を纏っており、パッと見で目立つ反面、正しく数えるのは面倒だった。

「やっぱ、散兵戦術か」
 羽虫型の初代が言う。
「とりあえず、砲を持っている奴らから優先的に殺すしかないな」

 かなりの数だが、ネレイドは躊躇ずに動き出した。近い位置にいた者たちの前に降り立ち、容赦なく斬り伏せていく。
 彷徨う盾とされていた人人質たちから悲鳴が上がるも、気にしない。
 砲を抱えた魔族の動きは鈍く、逃げ惑う人たちに追いつけないでいたので、楽に殺すことができた。

 また、砲の使い方もなんとなくわかった。筒の中に弾を入れ、魔術の爆発力で放つ――いわゆる、吹き矢の応用。

 至近距離なら、いくらでも対処できる。
 
 現に、重たいのか照準を合わせるのが遅い。
 その上、魔術の発動にも時間がかかるようで――後ろから狙われたとしても、充分間に合った。
 
 抜かりなく、レヴァ・ワンは魔力の気配を察する。
 瞬間、派手に動いてやればいい。
 
 見たところ、敵は同士討ちを避けている。
 正確には、遠くにいる味方への被害を恐れていた。つまり、その威力と飛距離とは裏腹に、放たれた弾の制御はからっきしのようだ。

「逃げるなら草原地帯。あそこにはもう何もいないから」

 残った人たちに投げかけ、ネレイドは再び空へと昇る。
 ――と、今度は容赦ない集中砲火。
 これだけ距離と数があると、察したところでどうしようもない。街や人質に配慮をする限り、その場に留まって防ぐほかなかった。

「――覆い隠せ(レト)

 背中の黒翼が巨大化して、少女の身体を包み込む。
 ネレイドは竜から様々な『言葉』を教わっていた。
 空中で身を守る手段は幾つかあったものの、これが一番しっくりとくる。
 視界が悪くなる難点こそあれ、最初から羽を形成していることもあってか、魔力の消耗も少ない。 

「……」
 
 砲弾の衝撃と音が止み、魔力の鳴動も収まり、大丈夫だろうと判断してから防御を解く。
 
 そして再び、地上へ――今度は敵も考えていた。
 
 最初から空へと照準を定めており、少女が降り立つ前に砲弾を放つ。
 彼らは足で子供の背中を踏みつけているので、遠距離から吹き飛ばすのも、弾を破壊するのもマズい。
 かといって、避けても誰かに当たる危険性がある。いくら高い軌道を描くとはいえ、やみくもに走り回っている人たちでは流れ弾すら避けられないだろう。

「――秘密の裂け目(ヘルカズム)
 
 なので、ネレイドは魔術を行使する。

 弾が届くより先に剣を振り――空間が裂けた。くぱぁ、と闇の眼が開くよう緩やかに、暗い穴が生じる。
 中空に開いたその穴は、一切の音を立てずに襲い掛かる弾たちを呑み込んだ。
 
「――閉じろ」

 ネレイドは着地と共に裂け目を封じる。

 魔族たちは意識すら呑み込まれたのか、呆然と突っ立ったまま。
 このまま殺したら踏まれている子供を血で汚すことになるので、まずは蹴り飛ばす。

「壁の外に逃げなさい。お母さんたちもきっといるはずだから」

 無理やり地面を見せられていたおかげで、子供たちは無事だった。言葉を理解したのか、それとも単に怖かったのか――泣きながら、走り去っていく。

「悪くないが、戦いの選択肢はあまり増やさないほうがいいぞ」
 木偶と化した魔族たちを殺していると、初代からの忠告。
「選ぶ時間が命取りになる。ただでさえ、戦闘中は神経を使うからな」

「……みたいですね」

 まだ、始まったばかりだというのに辛かった。これなら魔物を相手にしていた時のほうが断然マシである。

「でも……相手が人間じゃないから助かっています」

 ここで初めて、ネレイドは敵の顔を拝見した。
 人間によく似ているが、目、鼻、歯、耳といったパーツが明らかに違う。中には変わった体毛や身体つきのモノもいて、実に殺しやすい。

「次、いきます」
 
 そう言って、空へ。
 案の定、砲弾が飛んで来た。

「――覆い隠せ(レト)
 
 先ほどと同じように、敵が諦めたのを感じ取ってからネレイドは防御を解き――死に襲われる。

「――っ!?」

 反射的に顔は避ける動作を取り、手も動いていた。

「嬢ちゃんっ!」
「だい、じょうぶ……ですっ」

 どうにか顔面に向かってきた矢は防ぐも、身体は振るえたまま。
 荒い呼吸を抑え込もうとネレイドは胸に手をやり、
「……あれっ?」
 見下ろした自分の身体から、変なモノが生えているのに気づく。

「……うそ?」

 変わった羽の付いた木の枝。
 飛んで来た矢は防いだはずなのに……どうして?

「おぃ嬢ちゃん!」

 こんなの見つけなければ良かったとネレイドは思う。見つけてしまったから、お腹がとんでもなく痛い。
 
 痛くて熱くて……翼は折れていないのに、もう飛んでいられなかった。
 
 傷つき、飛べなくなった鳥に待っている運命は残酷であると知っていながらも、少女は地上へと落ちていく――


 


 通常、獲物の隙は攻撃の際に現れるという。
 しかし、レヴァ・ワンの場合は違った。攻撃の最中はとてもじゃないが、付け入る隙が見当たらない。
 
 ケイロン曰く、小さな初代レイピストが原因とのこと。本物の化け物が周囲を警戒しているから、どうしようもない。 

 だが一度だけ、隙のような揺らぎを感じ取れた瞬間があった。

 もっとも気づいた時には遅く、どう足掻いても狙える状況ではなかったのだが、ヘーネルは自らの勘を信じることにした。
 
 だからリビにお願いして、もう一度、レヴァ・ワンを魔導砲で狙って貰った。
 初撃とは別の防御方法ではあったが、感じた揺らぎは変わらない。

 防御を解いた直後、レヴァ・ワンは隙をみせる。

 とはいえ、簡単に狙いを付けられるわけではない。
 防御のタイミングからして、あちらは完全に魔術の発動を察知している。おそらく、付加魔術(チャージ)であろうとも見逃しはしないだろう。

 一方で、解く時は微妙な時間差があった。
 そう、攻撃を止めた後もしばらく、様子を窺っているのだ。
 そして、それを終えて防御を解除した瞬間、僅かながら致命的な隙が生まれる。

「――私ならやれる」

 ヘーネルは自分に言いきかせて、覚悟を決めた。
 付加魔術(チャージ)すら使えない以上、距離はだいぶ近くなる。失敗したら、とうてい逃げられないだろう。

 矢を放つのは黒い翼で覆われている時。
 されど、届くのはその翼が払われた時。

 一秒、いやそれ以下の間違いも許されやしない。
 もう一度、確認するべきかと思うも、もしそれで看破されたらおしまいである。少女はともかく、初代レイピストは油断ならない。
 
 いつまでも通用しない砲撃を繰り返していては、疑われてしまう。

 ヘーネルは石の街に溶け込む為に、白い衣装に身を包んでいた。兵たちが黒で統一されていることもあり、隠密な移動ができる。
 本来、魔物を想定した城塞であるからか、屋根から屋根へと飛び移りやすかった。また、足場もしっかりとしている。
 
 今レヴァ・ワンのいる場所、その上空を見定めて待機。最悪ズレていたとしても、魔導砲を撃っている時なら、魔術を使っての移動もできる。
 それでも、可能な限り狙撃に集中したいので願う。どうか、予測した地点から大幅にズレないようにと。

「……」

 ヘーネルは息を殺して、屋根の上に伏せていた。上昇中に気づかれたら、すべてが終わる。周囲に溶け込んだ服装だからこそ、バレてしまえば絶対に見逃されない。

 そうして、レヴァ・ワンが空で大翼を広げる。
 次いで魔導砲の嵐が襲い、ヘーネルは静かに弓を構える。

 矢を番え、弦を引き――狙いはまだ定めない。
 狩人の殺気を感じ取れる獣がいる以上、油断は禁物。

「……」 
 
 砲声が止み、ヘーネルは数える。先ほど、レヴァ・ワンが閉じた羽を開くまでの時間――逆算して、矢を放つ。
 
 止まった的に狙いを付けるのには一秒もかからなかった。

 ただ手が離れた瞬間、何故かヘーネルは仕損じたと思った。理解はできない。それでも、流れるように手は矢を番え――二射目を放っていた。

 狙ったわけではなかったが、それは一射目の軌道に隠れる影矢となり――見事に、レヴァ・ワンの腹部を射抜いてみせた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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