第3話 レイピストたち

文字数 4,199文字

 目に見えて怯えていた幼馴染が急に胸と股をまさぐりだし、ピエールの思考は停止してしまう。
 そんな彼の気持ちなどお構いなく、ネレイドは執拗に手を動かしている。

「このサイズ、まだガキだよな?」
 聞き慣れたネレイドの声だが、抑揚がまったく違う。
 がさつで乱暴で、男みたいに素っ気ない。

「守備範囲外ですのでわかりません。そういうのは専門家に訊いてください。ね、ペドフィ君」
 今度はやけに大人っぽいものの、行動とまったくもって合っていなかった。ぞんざいに服を引っ張り、自分の胸を覗き込んでいる。

「殺すぞ?」
 やっと、いつもの馴染んだ声……に似ているが、台詞からしてきっと違う。

「いや、もう死んでるからオレたち。で、実際どうだ? 毛は生えてるようだが、処女膜は……おっ、まだあるようだ」
「相変わらずのクソっぷりですね、先代」
「……他人の身体を勝手にまさぐるな。そこに連れがいるんだから、そいつに訊けばいいだろう? あと、おれは専門家じゃねぇ。現に犯した相手の年齢なんて知りやしないんだから」

 そこで、ピエールは幼馴染の姿をした『何か』と目が合った。
 二つに縛った赤みがかったおさげに緑色の瞳。
 見知った顔でありながらも、別人のネレイドと――

「こっちもガキだな」
「えぇ、十代の前半といったところでしょう」
「あんたらは普通に対話できないのか?」
 
 また、三種類の声。
 それに加え、今までの会話――ペドフィ、先代という言葉からピエールは推測する。

「まさか……レイピスト、様?」
 
 震えながら訊くと、相手はネレイドの顔でにんまりと笑った。

「正解、オレがレイピスト」
「私がサディール」
「……ペドフィ」

「いや、違いがわからなくはないけど……わかりづらい、です」
 怯えながらも、ピエールは指摘する。

「悪いが、魔力が足りねぇからそこは勘弁しろ。補給が済めば、このガキの身体を無理に使う必要もなくなる」
「ネレイドは無事、なんですか?」
「ネレイドって、このガキの名前か。あぁ、今は気を失っているだけだ。目覚めたら……どうなると思う?」
 
 ピエールは言葉を探すも、

「まぁ、混乱は必至でしょう。男の私でさえ、それはそれは苦痛でしたので。子供であれ、女の身となれば」
 
 自分が訊かれたのではないと悟り、口を噤む。

「そうだな。今回はペドフィもいるもんな」
「あんたら二人よりはマシだ」
「いや、オレもサディールもガキには手出してねぇもん。対して、おまえは子供も産めないガキすら犯してる。女からすりゃ、一番嫌なタイプだと思うぜ?」
「それは間違いないでしょう。私と先代は人間としては軽蔑されるでしょうが、男として軽蔑されるのはペドフィ君だけです」
 
 傍から見れば、抜群に巧いネレイドの一人芝居。
 観客が一人なのが勿体ないぐらい、声も表情も違っている。

「とりあえず、ここから出るか。教会はいけすかん」
「さすが野蛮人。私はこの静謐(せいひつ)な空間が落ちつきますけどね」
「好んで女の悲鳴を聞く変態が何をぬかしてやがる」
 
 伝承に違わぬ、初代と二代目である。
 僅かな会話だけで、ピエールはこの二人がヤバいとわかった。

「おれも教会は嫌いだ。とにかく、出よう」
 
 言葉数が少ないからか、三代目はまだ判断がつかない。本当に、百を超える聖なる処女を奪った極悪人なのか。

「つーわけでガキ、地上まで案内しろ」
「……ピエールです。それにもう十四でガキじゃない」
 
 声と顔がネレイドなものだから、ピエールはつい言い返してしまった。

「十四だぁ? そんなちんまいのにか? それとも、ぶら下げているもんは立派なのか?」
 
 当たり前のように股間に手を伸ばしてきたので、ピエールは必死で逃げる。

「先代、今は女の身体なんですからそういうのはお止めなさい。あなたの常識は非常識ってことを、いい加減学びましょう」
「オレたちは死んでんだぜ? だから、成長も学習もしない。この馬鹿剣が満足するまで、変わらないまま使役され続けるんだ」
 
 そう言って、初代レイピストはレヴァ・ワンを手に取った。
 
 か細いネレイドの片腕で易々と持ち上げ、
「バランスが悪いな。おい馬鹿剣、縮め」
 今の背丈よりも大きな剣に文句を言う。

「先代、この娘の身体を考慮すると纏うべきかと」
「まぁ、そうだな」

 何が起こったのか、一瞬であの大剣が消え失せ――ネレイドが漆黒の衣を纏っていた。

「先代、センスないですねぇ。どこの部族ですか?」
 
 その意見にはピエールも同感だった。
 衣服というか、黒い布に頭をだす穴を開けただけである。

「なら、おまえがやれ」
「お任せを」
 
 違いは一目瞭然だった。
 黒一色でありながらも優雅になびくマント、波打つドレープ、揺れるフリルと多段構造になっており、神聖さすら感じられる装い。

「女の子なんですから、これくらいはしてあげないと」
「虐める為だけに、女を着飾る奴が言うと恐ろしいな」
「さすがに、自分を虐める趣味はありませんよ」
「当たり前だ。それとわかっているだろうが、このガキは丁重に扱え。たぶん、予備は期待できねぇぞ」
 
 言葉はともかく、ネレイドの扱いが悪くなることはないとわかってピエールは安堵する。

「それじゃ、ピエール。地上までの案内、頼むぞ」
 
 初代に命じられ、ピエールは従う。
 そうして、来た時よりも断然早く地上へ。

「近道するか」

 周囲の瓦礫を見渡すなり、初代が一言。
 何故かネレイドが纏っていた黒衣が手に収束していき、大剣を形成する。

「――薙ぎ払え」

 そして、一閃――障害物もろとも、壁を薙ぎ払った。

「……思った以上に弱いな、この身体」
 
 今の一振りで肩が外れたのか、ネレイドの腕が不自然に垂れている。

「代わりましょう。先代が扱うには、この娘の身体は脆すぎる」
「仕方ねぇな」
 
 痛そうな音を立て肩を戻すなり、ネレイドの身のこなしが優雅になった。握られていた大剣もまた、黒衣に戻っている。

「どうぞ、ピエール君。先導を」

「あの……俺も聖都に来たばかりで、詳しくないんですけど?」
 ピエールが白状すると、ネレイドの顔が変わった。

「聖都? ……ここが?」
 漏れた二代目の声からして、本当に驚いているようだ。

「……ここが、聖都カギ?」
 
 独り言だったかもしれないが、ピエールは肯定する。
 と、ネレイドはいきなり駆け出した。吹き飛ばした壁に向かって全速力。ピエールも追いかけるが、ぜんぜん追いつけそうにない。

「あの、どうしたんですか?」
 
 一足先に、教会の外に出ていたネレイドの顔は呆然としていた。

「……ピエール君。今は神帝歴何年ですか?」
「神帝歴?」

 弾かれたかのようにネレイドはこちらを向き、吐き捨てる。

「暦すら変えたか……!」

 ピエールは馬鹿ではなかったので、二代目が求めている答えに気づいた。

「神帝歴が何年まであったかは知りませんが、今は神光歴八〇三年です」
「つまり、最低でも八百年は経っているということですか……」
 
 知らない場所に来た時そうするように、ネレイドは周囲を見渡す。

「それで血肉はおろか、骨まで食らったのかこの馬鹿剣は」
 ぶっきらぼうな物言いからして、初代であろう。

「どういうことですか? レイピスト、様」
 ピエールは一応、敬称を付けて呼ぶ。

「二度手間になるから、後で説明する。このガキが目を覚まして、教会の馬鹿が接触してきた時にな」
「教会はもう、機能していないと思いますけど?」
「いや、あいつらは生きている。じゃなきゃ、レヴァ・ワンが棺に戻されているはずがない」

 口調からして、これ以上訊くのは危険だとピエールは判断する。
 初代も二代目も、とてつもなく怒っていた。
 だから黙って歩き出した、見慣れたネレイドの後ろ髪を何も言わずに追いかける。

「なぁ、ピエール。おまえにとって、世界はどうだった?」

 不意の質問にしては難問である。
 二人は大きな屋敷の地下に入り、無事だった食事や酒を物色していた。

「今はこんなんですけど、平和な世界でした。ちょっと退屈なくらい……」
「退屈な世界、か。いいな、それ。一度でいいから、経験してみたかった」
 
 酒瓶を掴んで呷って、肉をほおばる所作からして、どうやらまた初代がネレイドの身体を操縦しているようだ。
 二代目にとって、暦が変わっていたのはよほどの衝撃だったのだろう。

「けどまっ、悪くない世界だったんだろうな。王族でもないのに、こんなに美味い肉と酒を楽しめたんだからよ」
 
 見ていて、不安になるほどの暴飲暴食。

「なんだ、この味? うっすい干し肉なのに美味いぞ。なら、こっちはもっと美味いんだろうな」
 
 そう言って、手を伸ばしたのは肉塊だった。
 乾燥した表面を短剣サイズにしたレヴァ・ワンで削ぐと、血が滴るような赤い肉が顔を出す。
 初代はそれを食べやすい大きさに斬り、生のまま口に含んだ。
 ピエールが驚いて見ていると、初代は面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「蛮族の所業、とでも言いたいのか?」
「いえ……」
 
 教会から聞かされた初代の話を思い出し、ピエールは否定する。
 
 ――生来、下賤の身であったがゆえに王家に馴染むことができなかった。

「魔力であれ道具であれ、火を起こすと魔族に気取られる。だから、オレたちはなんであろうと生で食ってきた。魔境を開拓するってのは、そういう生活だったんだ」

 ピエールからしてみれば肉を斬るだけでも罰当たりなのに、初代はレヴァ・ワンを細剣状にして肉を串刺しにしていた。

「焼いたほうが美味いのはわかっている。けど、知ってるか? オレたちにとって温かいってのは、とんでもない贅沢だったんだよ」
 
 初代が火を出せ馬鹿剣と言うなり、刀身に黒い炎が走る。
 そして、香ばしい焼けた肉の匂い。

「く~っ、最高に美味いな」
 
 心の底からそう思っているのか、初代は幸せそうに肉を頬張っていた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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