第24話 幼い願望の根源
文字数 3,190文字
心の中でその人物をなじり、貶め、さも自分が素晴らしいかのように考えていたのに……。
今、ピエールの中にあるのは無力感でしかなかった。
聖都へ行くまでは自分が主導で引っ張っていた。
だけど、そこからは後ろを付いていただけ。
そして、今となってはそれすらもできず――立ち尽くしている。
まるで、置いていかれた飼い犬だ。
いや、首輪も紐もないのだからそれ以下か。
炎に包まれていく森を見ながら、ピエールは自嘲する。
ネレイドが行ってしまってから、沢山の悲鳴が聞こえてきた。
――そう、沢山の男の断末魔が響いていた。
なのに、女の声はしなかった。
それが意味することを理解してなお、身体は動かない。
こうして目の前に危険が迫っていても、逃げようとすら思えない。
すべてが他人事のようである。
だから、足音が聞こえてきても気にも留めなかった。
「――ピエール」
それでも、自分の名前を呼ばれると反応してしまった。
「ネレイド?」
「悪いが違う。ペドフィだ」
「結局、あいつは駄目だったんですね……」
自分で口にしながら、嫌気がさしてくる。
ほんの僅かだが、その事実を喜んでいる自分がいて――本当にクズで殴りたくなってくる。
「いや、こいつはよくやった。少なくとも、自分で選んだ。魔族を殺すことを。そして……」
ペドフィは言い淀む。
が、初代は違った。
羽虫型のままピエールの肩に着地して、
「人質は助けられなかった。その中には、ネレイドの母親もおまえの母親もいたのにな」
少年に辛い現実を告げた。
「で、おまえはこれからどうするんだ?」
「……どうって?」
「ネレイドが意識を戻したら、まずおまえに謝るだろう。助けられなくてごめんなさいってね。それで、おまえはどうする? 許せるか許せないか」
「……俺に、文句を言う資格なんてないですよ」
「ちなみに、間に合わなかったわけじゃないぞ。助けようと思えば、何人かは助けられた。ただ、別の目的を優先させたから一人も救えなかっただけだ」
その言葉を聞いて、ピエールは怒りが込み上げてくる。
「はぁ? なんだよ、それっ! じゃぁ、あいつは……何しに行っていたんだ?」
「人質を救いに行ったのは確かだな。けど、途中で変わっちまったんだ。魔族を殺すって目的にな」
「なんで……? ふざけんなよっ! なんだよ、それ……っ!」
信じられず、つい吐き出してしまう。
この気持ちを堪えられるほど、ピエールの器は大きくなかった。
「で、おまえはどうする? なんの力もなく、何もしようとせず。ただ、ここで突っ立ってただけの無力なクソガキ。それでも、おまえはこいつを責めるのか?」
徹底的に打ちのめされてなお、幼馴染を責める気持ちはなくならなかった。
かといって、それを口にだすほど空気が読めないわけでもなく――
「慰めになるかどうかはわからんが、教会の連中なら嬉々として責めるだろうよ。力と衝動に溺れた愚か者ってな。さも、自分なら絶対に間違わないと言わんばかりに」
普通の人が使う場合は規範とすべき存在であるが、レイピストたちは違う。
「他人の生殺与奪権を握るってのは、とんでもない快楽さ。現に純粋なガキでさえ、虫を水に溺れさせる様を喜んで見やがる」
彼らは唾棄すべき存在として、教会の名前を出す。
「教会の連中もそう。サディールが飽きて捨てた捕虜を拾って、その行為を楽しんでいやがった」
信じられないが、事実なのだろう。
「なのに、平然な顔をしてサディールの行為を非難した。おまえも同じことをするのか?」
どうしてそうなるのか理解ができず、ピエールの思考は停止してしまう。
「……
女を犯すのも
、人を殺すのも同じ快楽
だということだ」こちらの気持ちを読み取ってか、ペドフィが噛み砕く。
「別に俺は、誰かを殺したいとも犯したいとも思ったことなんて……」
「それは、そういう機会がなかっただけじゃないのか?」
少年にとっては痛い指摘であった。
「目の前に差し出された快楽を拒絶するのとは、意味合いが違う」
まさにペドフィがそうだった。
「早い話が、そういう妄想をしたことがないなら別に構わない。けど、そうじゃないならおまえにネレイドを責める資格はない。まぁ、ないとは言わせねぇけどな」
答える前から、初代は決めつけた。
「
魔物や悪人を倒して、女たちにちやほやされる
。男なら、一度は考えることだ。その本質が、他者を殺して女を抱く
ってこととは知らずにな」ピエールは否定できなかった。
でも、知らなかった。
魔物を退治して、悪人をやっつけて。囚われたお姫様を救って、幸せに暮らして――そういった
幼い願望の根源
が、そんなところに繋がっていた
なんて。「それに、初陣としては状況が悪かった。せめて人質が一カ所に固まって、守るべき陣地がはっきりしていれば衝動に流されることもなかったろうに」
そう言って、初代はピエールの肩から離れた。
そしてそのまま、闇の中へ飛んでいく。
二人きりになると、ペドフィは手に刃を握った。
持ち手も鍔もない、黒い刃を。
「正直、おれは迷っている。ここでおまえを殺すべきか、それとも生かすべきか。どっちがネレイドの為になるのか――」
サディールには支えてくれと言われていたものの、ピエールは答えられなかった。
自分がこのまま生きて、ネレイドの為になるか自信が持てなくなってしまっていたからだ。
初代は素直に羨み、妬むことができるのならいつか成長してくれると言ってくれた。
でも、できなかった。
ふと気づくと、ネレイドを貶める思考をしてしまっている。
何も知らないのに、どうして助けられなかったのか。
なんで、魔族を殺すほうを選んでしまったのか。
このままだと、ネレイドにそんな酷い言葉を浴びせてしまう予感がある。
「……俺にもわからないです。ネレイドの為に、何がしてやれるのか」
これまで、そんなこと考えたことなかった。
ただ、一緒にいただけだ。
それが当たり前だったから――
「でも、俺が死ぬことがネレイドの為になるとは思えません。それだけは絶対に――」
あり得なかった。
お互いにとって、傍にいるのが日常だった。
それが永遠に続くことも――結婚することを話し合ったこともある。
村の外に相手が見つからなかったら、年齢の釣り合う相手は二人しかいなかったから。
消去法ではあったものの、別にそれが嫌だったわけでもない。
きっと、ネレイドだってそうだろう。
「だから、俺は生きます。たとえ、ネレイドと一緒に行くことはなくなっても」
言うべきことはもうなかった。
あとはペドフィの判断に任せるしかない。
「そうか。なら、勝手にしろ」
ぶっきらぼうに吐き捨て、手から刃が消える。
「ただ、一緒には来ないほうがいいだろう。ネレイドにはまだ、誰かを守るほどの余裕はない。だからきっと、いつかおまえの存在が足かせになる」
それは想像に難くなかった。
「……わかりました。何処か安全な場所についたら、そうします」
夢を見るには、自分は弱すぎた。
戦士の格好をしたところで何も変わらない。
強くなることはおろか、勇気を持つことさえできずにいた。
そして、未だにネレイドのことを羨んでいる。
レヴァ・ワンさえあれば――と、少年の心はどうしても思わずにいれらなかった。