第41話 テスタメント〈契約者〉
文字数 2,559文字
サディールが言った通り、神帝懲罰機関には女しかいない。
だからこそ、レヴァ・ワンに選ばれたのが少女と知った時は心の底でほくそ笑んだ。
――操るのは容易い、と。
なのに、こちらのほうが先に言葉を失ってしまった。
少女でありながらも一切の迷いなく、それでいて自分が正しいと思い込んでいるのではない。
この年頃の少女は独特の潔癖さを持ち、間違いを恐れるはずなのに……。
「そのような勝手を神がお許しになると? 今の貴方の振る舞いには、天国のお母様も哀しんでいることでしょう」
マテリアは攻め方を変える。
大選別の工程を考えると、この娘は田舎育ち。
つまり、狭い世界しか知らないから『社会』というモノが理解できず、自分の立場がよくわかっていないのだと。
「レヴァ・ワンは魔を殺す力。だからこそ、貴方は人を救わなければなりません。さもなくば、祖先たちの罪を繰り返すことになります。殺す力を殺す為に使っていれば、いつか貴方は人に戻れなくなる」
一歯車になるには、レヴァ・ワンは強大過ぎる。
現にこの娘の行動に合わせて、神帝懲罰機関は動かざるを得なかった。
「今の貴方は、この世界における心臓です。貴方が鼓動を止めれば、全ての人々の命も潰えることになります」
ここまで言ってやれば、愚かな田舎娘にも自分の立場を理解できるだろう。
「それでも、貴方は勝手をなさるのですか?」
不意に、少女が笑った。
「私を
口元が年齢にそぐわない嘲りを象り、
「そんなの、とっくに殺しましたよ」
罪深い言葉を平然と投げ捨てる。
「それにお母さんはもう哀しまない。これ以上ないほど苦しんでいたから……哀しむ余裕なんてあるはずがない」
反論を許さない怒りを感じ取り、マテリアは再び口を噤んだ。
「だって死んだ。殺されたんだもん。神に召されたわけでも、天国に昇ったわけでもない。みんな無残に殺されて死んだから――もう、何も言ってはくれません」
喋っている途中でネレイドは思い出し、慌てて大人ぶる。口調を正して、落ち付いて相好を崩す。
「それに死者の言葉に耳を傾けるべきだとすれば、私は教会を信じることはできません」
奇しくも、その転調が相手に言い得ぬ重圧を与えた。
「もっとも、あなたに彼らの言葉を聞く姿勢があるのだとすれば、話は別ですけど」
怒りのあまり、つい喋り過ぎてしまった。
これ以上は吐きそうだと、ネレイドも口を閉ざす。
「それでどうします? 私としては色々とお話を聞きたいのですが?」
そうしてまた、サディールが口を開いた。黙っているつもりはなかったのだが、女たちの言い合いに若干気後れしていた。
「なにぶん、誰も全体の流れを把握しておりませんので。どういう順序で魔族は侵攻を果たしたのか。また、彼らの本当の目的はなんなのか。そして、黒幕は誰なのか」
それを気取られぬよう、ここぞとばかりに言葉を連ねる。
「……教皇様はどうなさった?」
マテリアは少女に目をやるも、無視されたので仕方なく、サディールと対話する。
「お亡くなりになられました。死因は迂闊、もしくは馬鹿ということになりますかね」
「ふざけていますね。それで話し合いを提案するなんて」
「それはこちらの台詞です。自分たちがしでかしたことを棚に上げて、今は我々が争っている状況ではありません――と、世界を人質にしてしゃぁしゃぁと寄って来るなんて。本当、迂闊で馬鹿としか言いようがありませんでした」
――いや、おまえも迂闊で馬鹿だよ、と初代は内心で溜息を吐く。今ので、ネレイドについた嘘が無駄になってしまった。
案の上、少女は驚きを示し、その顔を隠すよう俯いた。
「ですが、私たちはそれで教会を許すことにしました。少なくとも、問答無用で殺しはしないと、あのペドフィ君でさえ誓ったんですよ」
「それを信じろと?」
「おや? 信じて裏切られたのはこちらのほうだと思いますけどね。いつから、あなた方教会が被害者になったのでしょうか?」
「神剣を汚し、魔に堕としたのは貴方たちであろう! それを清める為に、多くの神官たちが犠牲になったのだぞ!」
感情的な金切り声に、サディールと初代は最悪の可能性を考慮する。
「……もしかして、あなたも下っ端ですか?」
「馬鹿にするなっ! 私は神帝懲罰機関の教役者であるぞっ!」
「つまり、下っ端じゃねぇかっ!」
無駄な時間を使わせやがって、と初代が声を荒げる。
「こっちはてめーが裏のトップと思って話してたってのによっ! これじゃぁ、オレたちが馬鹿みたいじゃないか。つか、なんで教役者如きがテスタメントを名乗ってんだ!」
本物の羽虫のように、マテリアの周囲を飛び回りながら初代はぶちまける。
「正義を執行する為に、その身を犠牲に悪魔と契りを交わした者。教会の真の暗部で最終手段。そして、役目を終えるとレヴァ・ワンの贄となる運命の殉教者」
すなわち、
「間違っても、表舞台に出てきちゃいけねー存在だぞっ!」
だからこそ、勘違いをしてしまった。
「なっ、何を言っているんだ? 悪魔と契りを交わすだと? そ、そんなことがあるわけ……」
マテリアは頭を抱えて、膝を付いてしまう。
後ろの四人が、
「先生っ!」
慌ててかけよるも、震えたまま。
「そんな……そんなことが……」
「おぃ、どーすんだこれ」
身勝手にも、追いつめた張本人が言う。
「少女なら、まだ可愛げあるのですが。大人の女性に取り乱されると正直、面倒くさいという印象しかないですよね」
サディールも同様、酷い感想を述べる。
「どうします?」
「どうする?」
そして、揃ってネレイドに意見を求めてきた。
「……頭痛い」
色々な意味で頭痛がして、とにかく休みたかった。
それに可哀そうになってきたので、
「とりあえず、介抱してあげましょう」
ネレイドは休戦かつ休憩を申しでた。