第4話 変わった世界、変わらない少年
文字数 2,514文字
壁や屋根がところどころ壊れているものの、アックスの村の家よりも上等であることにピエールは苦笑する。
そして日が落ちる頃、教会の人間がやってきた。
その時、ピエールは食事の用意をしていた。
初代が現代の料理が食べたいと我儘を言うので、厨房で悪戦苦闘をしていたのだ。
だから、彼は初代たちと教会のやり取りを知らなかった。
「やっと来たか、無能どもが」
対して、ネレイドの身体を操る初代は門前で待ち構えていた。
やって来たのは総勢百を超える集団。誰もが神職者らしい一繋ぎの白衣を纏い、宝石の付いた仰々しい杖を持っている。
「レイピスト様で相違ありませんか?」
廃墟に相応しくないほど、着飾った老人が訊いてきた。
「あぁ、そうだ。で、あんたが今の教帝――トップだな」
「……はい、左様でございます」
少し躊躇ったところを見ると、役職名も変わっているのかもしれない。
けど、呼び名なんてどうでもよかった。
「なら、覚悟はできてるよな?」
そう言って、初代は剣を握る。
サイズ的に普通の片手剣だからか、絵面はそう恐ろしくない。
「貴方様方が我々を憎んでいるのは、存じております。ですが、何卒お怒りをお鎮めくださいませ。今は、我々が争っている状況ではありません」
言葉こそ低姿勢だが、老人の眼差しは真っすぐだった。
「正論だな。民のことを考えると教会は必要だ」
「ご
それでも緊張していたのか、老人は安堵した空気を漏らす。
「――だから、殺すのはおまえだけにしておいてやる」
「それでは……えっ?」
そうして、年齢にそぐわない反応を見せた。
突然、襲い掛かってきた不幸に対処できない子供のようにすべてが遅い。
息を吐いたその時にはもう初代は動いていたというのに――
「……な、ぜ?」
今更ながら、苦悶の声を漏らす。
初代の剣さばきは実に見事だった。
さながら熟練の針仕事。布地に糸を通すかの如く、腹から老人の身体を貫いてみせた。
後ろから大勢の悲鳴と怒声があがるも、誰一人近づいてこようとはしない。老人と同じように、状況に理解が追いついていないようだ。
「何故? そんなこともわからないから、貴様らは無能なんだ」
初代は静かに告げ、サディールに代わってやる。
「なんだ、この世界は? 私たちが死んでから、何百年経った? 悪いが、ここはもう私たちの知っている世界とは違う。ここにはもう、私たちが守りたいと思った風景も人もいない」
感情のまま吐きだし、二代目は引っ込んだ。
「初代と二代目はともかく、このおれが教会を許すと本当に思っていたのか?」
ペドフィは剣を捻り、老人に苦痛を与える。
「それとも、貴様ら教会がおれに何をしたのか伝わっていないのか?」
同時に憎しみを込めて、後ろに控えている神職者たちを睨み付ける。
「貴様ら全員が進んでレヴァ・ワンの贄になるというのなら考えてやっても良かったが、相変わらず保身しかないようじゃ話にならないな」
これ以上、自分の意志で身体を動かせると本当に全員を殺してしまいそうだったので、三代目も引っ込んだ。
「で、どうするよ?」
再び、初代がネレイドの身体を操る。
「進んでこの馬鹿剣の餌になって教会を生かすか、それともオレたちの協力なしで自力で頑張るか」
老人の体内を通っていた刀身を引き抜き、レヴァ・ワンが形を変える。棺に収まっていた、巨大な大剣へと。
初代はそれを軽々と振り上げ、
「――食え」
老人を頭から両断するよう、地面に切っ先を落とした。なのに血の一滴すら飛ばす、死体すらも消えてなくなった。
その光景を見て、神職者たちは脱兎の如く逃げ出した。
「話にならねぇな」
初代は呆れるしかなかった。
自分が生きていた頃の教会であれば、大半が進んで犠牲になっていたはず。
「ペドフィの時であんだけ腐ってたんだから、仕方ねぇか」
『……あぁ、そうだな』
ペドフィの不貞腐れた声。
ネレイドの肉体を使わず、頭の中に直接響いたことからして、無意識だったのだろう。
かつて彼は初代と二代目の言を信じず、教会を信じた。
レヴァ・ワンを通して知った、二人の先祖があまりにクズすぎたから――
けど、本当にクズだったのは教会のほうだった。
「えーと、何やら騒々しかったんですけど……人数が増えたりします?」
呑気な声と姿。
ピエールは似合わないエプロンを身につけ、手に木べらを持ってある意味、正しい心配をしてきた。
「いや、全員帰ったから問題ない」
「それは良かった。ところで、ネレイドはまだ起きないんですか?」
本当に心配しているのか、ピエールは真剣な顔で訊いたきた。
「そうだな。そろそろ、起きると思うぞ」
だから、レイピストは正直に答える。
「それは良かった。できれば、味付けはネレイドにして貰いたかったので」
「あん? 味付け?」
「はい。材料を切ったり下味を付けたりは手伝いでやったことはあったんですけど、仕上げまではちょっと自信がなかったので……」
せっかく心が和んでいたというのに、見当違いだったようだ。
「おまえは幼馴染じゃなくて、料理の心配をしてたのかよ?」
「だって! もし、マズかったら絶対文句言われますもん!」
「別に、マズくても怒りはしねぇよ。温かくて味があるだけで、オレは満足なんだから」
「あっ、いえ……文句を言うのはネレイドです」
「なんだ、このガキは口うるさいのか?」
「はい、とっても」
「へー、若いのにもう尻に敷かれてんのかよ」
「べ、別にそんなんじゃありませんって!」
「照れんなよ」
「だからっ、違いますって!」
レイピストは笑う。
これはこれで心の和むやり取りだった。
時がいくら流れようとも、少年という者は変わらないようだ。
「起きたら手伝いに行かせるから、それまで一人で頑張れ」