第5話 死者の分際、少女が目覚める前に

文字数 2,143文字

 素直にこちらの言い分を聞き入れたピエールの背中が見えなくなると、
『じゃ、そろそろこいつを起こすけど――わかってんな?』
 ネレイドの声を使うことなく、初代は他の二人に投げかけた。

『えぇ、溜まっていた鬱憤は晴らしましたので。私は大丈夫ですよ』
 先ほどの激高が嘘だったかのように、落ちついた答え。サディールもまた、少女の身体を使うことなく応じた。

『……』
 しかし、ペドフィは沈黙。

『おい、ペドフィ。あのジジイ一人じゃ満足できないのもわかるが、おまえはもう死んでんだぜ? だったら、生きている人間の邪魔をしちゃいけないことくらいわかるよな?』
 年長者として、初代は諭す。

『自分は何も悪くないのに、血の所為で後ろ指をさされる。それがどんなに辛いことか、あなたならわかるでしょう?』
 サディールも説得を試みるが、効果はないようだ。
 
 ペドフィは相変わらず黙ったまま。

『それとも何か? 自分が辛い思いをしたんだから、この女も同じ目にあうべきだ、とでも思ってんのか?』
 早くも、初代の忍耐に限界がきた。
『はっ、傑作だな。死人が成長しないのは知っていたが、まさか劣化するとは。肉体同様、性根も腐っちまったのかよ』

『……あんたらに何がわかるっ! おれはあんたらと違うんだ!』
 ペドフィも同様に荒げる。
『あんたらは自業自得だろうがっ! けど、おれはっ! おれはっ……! ……裏切られたんだ。教会に……復讐することがそんなに悪いか?』

『復讐だぁ? これ以上、笑わせんなよ。おまえがやりたいのは、ただの八つ当たりだろ? 復讐すべき相手はもういないんだぞ。もし教会ってだけで構わないんなら、おまえもあいつらと同じだぜ?』
 
 生きていた時代も死んだ年齢も違うからか、初代と三代目では論争にならなかった。

『やられたらやり返すなんて、ガキの発想じゃねぇか。それにおまえはもうやり返してるだろ? それも、直接は関係のない相手にだ』
『……別に、アレはやり返したわけじゃ』
『おぃおぃ、オレを幻滅させんなよ。仮にも、子孫を失敗作なんて言いたかねぇんだがな。アレをやり返したわけじゃないってのは、さすがにどうかと思うぜ』

 女子修道院を襲い、百を超える聖なる処女を奪い去った。
 あの場にいた少女たちは何ひとつ悪くなかったのに――

『ペドフィ。おまえは自分の獣欲を発散させる為だけに、ガキたちを犯したとでもほざくつもりか? それも罪を犯したことすらない、敬虔なる修道女見習いたちを』

『……違うっ!』
 ここで間違うほど、ペドフィは愚かでもクズでもない。
『おれはただあの女たちを……教会の人間を――』
 いくら感情的になろうとも、それだけは肯定してはならないとわかっていた。

 教会と関係があったからこそ、ペドフィは彼女たちを選んだ。
 少女たちは傷つく羽目となった。

 そして、救われることもなかった。

 修道女が聖なる処女と呼ばれるのは、神に純潔を捧げるからだ。
 それを奪うのはもちろんのこと、奪われるのも大罪である。たとえ本人になんの落ち度がなかったとしても、失った場合は裁きを免れない。

 もちろん、ペドフィはそのことを知っていた。
 初代と二代目もまた知っていて、ペドフィを唆した。

 ――殺すくらいなら犯せ、と。

 そのほうが教会をより苦しませることができると、幼気な少女たちを生贄に選んだのだ。
 それは教会に対する復讐以外のなにものでもない。
 仮にそうであったとしても、鬼畜の所業に違いなかった。

『あぁ、そうだ。おれはもうやり返している。けど、まだ収まらないんだ。教会に対する怒りも憎しみも……』

 だからこそ、ペドフィは認めた。
 初代の指摘を受け入れた上で、懲りずに我儘を口にする。
 やはり、この男も鬼畜の一人。
 
『そうかい』

 初代はそれを素直に受け入れた。
 罪を自覚しているのならそれでいいと――この男こそ鬼畜の根源だけあって、通常では考えられない感性の持ち主であった。

『けどな、それじゃ繰り返すだけだろ? それとも、自分が軽蔑する存在に成り下がってでも、仕返ししないと気が済まないのか?』
 
 まさしく、大人と子供。
 四十近くまで生きたレイピストと、二十代の半ばで死んだペドフィでは精神の成熟具合がまるで違う。

『こういうのは、器のでかい奴が止めてやらないとならない。で、教会とおまえじゃ明らかにおまえのほうが上だ。だから、許せとまでは言わないが我慢しろ』

 苛立ちながらも、初代には言葉を操る余裕があった。
 対して、ペドフィは感情のまま吐き出していたので、考えさせられると言葉が止まってしまった。

『それも、このネレイドって奴の為だ。男なら、女の為に我慢くらいできるよな?』
 その間にあっさりと論点をずらされ、

『……わかった。この娘の意見は尊重する。そして、この娘が起きている間に人間は殺さない。たとえ、神帝懲罰機関の人間であっても――』
 渋々ながらペドフィも応じる。

『よしっ! それじゃ、起こすぞ』
 
 そうして、レイピストは眠っているネレイドの意識を呼び起こす。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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