第61話 悪魔の誘い
文字数 4,952文字
一つの建物に敵は十人程度しかいなかったので、とにかく移動を繰り返す羽目となる。
そんな風に少女が頑張っている間、サディールはお話を聞くのに夢中だった。
「砲、ですか?」
逃避から、死を選ぶ相手を脅すのは容易である。
この手のタイプは基本的に被害妄想が強く、精神的に脆い。また忍耐力にも欠けるので、自分の思い通りにならない状況が続くと――
勝手に
喋り出してくれる。さながら、悪戯が見つかった子供。自分を安心させる為だけに、訊いてもいないことまで話すのだ。
「……あぁ、魔導砲と呼んでいた。それを、この街に一つも残すな、と……」
ただ、子供と違ってノリは悪かった。
沢山の煙を吸っていたからか、男の声は擦れて聞き辛い。また炎と煙こそ消えたが、この部屋には仲間たちの死体が放置されたままだった。
「で、その砲とは?」
サディールには聞き憶えのない言葉である。
「わから、ない。見た感じは、大きな筒のようだった。金属でできた、抱えられるほどの……」
「もう少し、知恵を絞れませんか? じゃないと、あなたを殺してあげるわけにはいきませんよ?」
なんとも変わった脅し文句であるが、
「ま、待ってくれ――考えるからっ! すぐに……」
男にとっては死が救いのようだった。
「やはり両腕を斬り落として、歯を砕いて、そのままこの街に飾りましょうか。きっと、街の人たちはあなたを大事にしてくれると思いますよ。だって、他の人たちはみんな死んでしまいますから――」
一人だけ生き残る未来を想像してか、男の顔が絶望に染まる。見たところ隆盛を誇る年齢だろうに、処刑台に上がる囚人よりも醜い。
「あっ……あぁっ……はっ! そうだっ! 弾だ。弾も忘れるなと言っていたっ!」
「つまり、砲と弾は弓と矢のような関係ということですか?」
「……それはわからない。あぁっ! 待ってくれ思い出すからっ! ちゃんと考えるからぁっ!」
取り乱しようからして、待っても無駄だとサディールは察する。
「あなたは大選別を受けた後に、誘われたと言っていましたね」
質問の意味を素直に受け取ってか、男は頷く。
「……あぁ、そうだ。選ばれなくて、ヤケ酒を飲んでいる時に……」
「どうして、応じたんですか? 仮にも、人として生きていらしたのでしょう?」
「それは……力があると言われた、から……人とは違う魔の力が。それに、魔族の血を引いている限り、人の世では、上手く生きられないと……」
「あなたは、それを忌むべき血だと微塵も思わなかったのですね」
結局、
今まで上手くいかなかった全てを血の所為にして、勘違いした愚か者。
下らぬ甘言に惑わされ、あっさりと人の道を外すとは――
「さぞ、楽しかったでしょう。他人の生殺与奪権を握って、支配して。それも
誰かにお膳立てして貰って
、みんなでやった
のですから」やり方が野蛮というだけで、既存の権力にしがみ付いた教会となんら変わらない。
「それでも、一応はあなたがここにいた魔族たちの責任者だ。しかも――この目についても、ご存知のようだ」
サディールは男の体内から異形の目をほじくりだし、見せつける。
だが、男はさほど驚いてはいなかった。
明らかに、この目が自分に埋め込まれていたことを知っている。
「いったい、これはなんですか?」
取り出した目を握りつぶして、サディールは問う。
「……文字通り、ただの目だ。誰の者かはわからない。これを埋め込んだ者の口ぶりからして、その人物は遠く――城塞都市アレサにいるようだった」
「……なるほど」
平然を装いながらも、内心でサディールは焦っていた。目の持ち主ではなく、別の人間が埋め込んだという事実に。
つまり、この目は容易にバラまくことができ――おそらく、世界中を観察している。
だからこそ、聖都カギと五芒星の街は落ちた。
すべてを見ていた者がいれば、襲撃のタイミングを完璧に合わせることができる。
あらゆる街と場所で同時多発的に暴動が起これば、どうしようもない。指揮系統は乱れ、集団は烏合の衆と化す。
「ちなみにあなたがヴィーナの街を放棄してここに来たのは、目の持ち主の指示ですか?」
「……いや、独断だ。それは、あくまで目に過ぎない。だから、なんの指示も与えられたことはない」
「となると、伝令役は別に?」
「……あぁ、三人いた。耳の長い女と子供のような成りをした大人の男。それと……」
男は躊躇いながらも、
「レイピストの末裔を自称する……女のような声を出す異形の男だ」
はっきりと口にした。
しかし、驚きには値しない。サディールからすれば、やはりいたか、という感想しか浮かばなかった。
そもそも、初代が魔物たちにばら撒いた種は未知数。加え、魔物の生殖事情が不明である以上、その数を知る方法はない。
もっとも、多くは人間たちに復讐を目論み、返り討ちにあっているはず。が、今度はサディールが種をばら撒いて逃がしていた。
つまり、下手をすればサディールの子孫もいる。
魔物らしい魔物はペドフィが駆逐したものの、見逃しがないとも言い切れない。何故なら、魔境の攻略を宣言したのは水鏡の観測者。
そして、あの水鏡はあくまで土地の魔力を観測するモノ。レヴァ・ワンのように規格外の魔力なら見逃すことはないが、魔物の位置までは見通せない。
レヴァ・ワンも同様。
「その内の誰かが……」
サディールの沈黙に怯えてか、
「魔物の使い魔を寄こして……それに従っていた」
男はまたしても勝手に喋り出してくれた。
「だけど、あなたはその命に背いてここに来た」
「……獣の脚を付けた、男が来たからだ。レヴァ・ワンに……サディストにやられたと。このままでは、全員殺されてしまうと……だから」
「あぁ、彼が来たんですね――で、その彼は?」
「……連れていかれた。レイピストの末裔が、何故か気に入ったようだった。他にも、何人か……持っていかれた」
「つまり、つい最近までここに三人――あなた方に命令する者がいたと。そして何人かは連れていかれ、あなた方は置いていかれた」
「……違う。頼まれたのだ。ここでレヴァ・ワンを……足止めしろと」
「はぁ――」
サディールは苛立った溜息を挟んでから言う。
「ヴィーナの街は酷かった。あんな方法で時間稼ぎをするなんて。それにあなたが来なければ、もしかするとディアーネは解放(放棄)されていたかもしれません」
それはあり得ないと確信しながらも、サディールは口にする。
統率者にとって、組織の規律を乱す者は敵よりも厄介な存在だ。
この男が来なくとも、全員を連れて行ったはずがない。
察するに、三人の統率者は五芒星の街からルフィーア、ヴィーナ、ディアーネと移動している。加え、何人かを引き抜かれた話からして、優秀な人材を集めている。
そして、百人程度を連れて城塞都市アレサへと渡った。そこに、あの可哀そうな男も含まれているのは些か疑問ではあるが、少数精鋭に違いない。
「そういうわけですので、あなたは責任者の務めを果たしてください」
サディールは返事を待たずに男の両腕を切断し、止血する。
何が起こったかわからぬまま、
「へっ――?」
男はバランスを保てず床に転がった。
「あっ……あぁぁぁぁぁっ! 腕……が、おれの両腕が……」
「時間があれば、一本ずつ丁寧に抜いて差し上げるのですが――」
サディールは転がっていた死体の首を切断して、頭を拾った。それから、逃げようともがきだした男の胸を足で踏みつけ、固定してやる。
そうして、両手で死体の頭を掴んで――男の口に向かって叩きつけた。
「あぁぁぁぁぁっ―――」
当然、歯のほうが硬いので、一度だけでは折れやしない。むしろ、頭部の皮膚や肉がえぐれているのだが、サディールは気にせずに繰り返す。
「あがっ……やっ……やめ……やめて! おへがいらから……て、ふれっ……」
二度三度四度五度。片手で数えられる内には終わらなかったが、両手を超える前に男の前歯は全て折れた。
残りは奥歯だが、意外と手間だったので止めておく。
ようは舌を噛めなくしてやればいいのだから――
「奥歯に届かない長さにしてやればいいだけですね」
「ひゃっ、ひゃめ……ほえはい……らからぁ……っ!」
「千人近い人たちの懇願を無視したくせして、何を言っているのやら。それにあなただって、嫌がる女性を無理やり犯したのでしょう? しかもただ、自分が楽しむ為だけに。だったら、当然の報いじゃないですか。なんで、無様に命乞いをするのか――」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――」
痛みと衝撃に襲われ、男は気を失った。
舌を半分ほど切除されたのだから死んでもおかしくないが、サディールは抜かりなく治療も行っていた。
「……何をして、いる?」
他の魔族たちを殺し終えたのか、エリスがやって来た。はしたなく窓枠に足をかけたまま、入るのを戸惑っている。
「尋問と拷問と八つ当たりと考え事ですかね? こんな男を痛めつけても楽しくはないんですけど……
落ちつきはします
から」本当にそうなのか、サディールの声音は穏やかだった。
「では、街の人たちを解放しにいきましょうか」
「……死体は? 水がある内に外に放ったほうがいいか?」
表情を見る限り、エリスは改めて理解することを諦めたようだ。
「面倒ですので放置でいいですよ。お嬢さんになんとかして貰います。どうやら、魔術のコツを掴んだようですし」
サディールはテレパシーで伝える。
杖を仕舞っていい旨と建物内の死体処理を。
『えー、それって面倒くさくないですか?』
案の定、文句が返ってきた。
『死肉を漁る獣をイメージして、解き放つだけで充分です。あとはレヴァ・ワンが勝手にやってくれます。間違っても、生きた人間を食べる獣は想像しないでくださいね』
『はーい』
笑っていたのか、
「随分と楽しそうだな」
揶揄するようにエリスが指摘した。
「あぁ、お嬢さんが相変わらずお嬢さんでしたので。やはり、男と女ではかなり違いますね」
大事な人を守れなくて、魔族に復讐を誓ったのはペドフィと同じなのに、性格はまったくといいほど違っていた。
「あまり好きな表現ではないが、あの娘はどこかおかしいぞ」
「先代に言わせれば、女なんてああいうモノらしいですよ」
「初代レイピストは、女をどのように思っているんだ?」
理解に苦しむといった具合に、エリスは頭を振っている。
「同じ女として、アレはない」
「あなたも、力を手にすれば変わるかもしれませんよ」
そう言って、サディールは唆す。
「憶えていますか? アイズ・ラズペクトという竜の話を。もし、その約束が生きていたとしたら――」
これまで抱いていた危機感が間違いでないとわかった以上、どうしても使える戦力が必要だった。
「エリスさんが、依り代になってくれません?」
「冗談を――」
エリスはあり得ないと言わんばかりに否定するも、
「力が欲しくないですか? レヴァ・ワンには及ばないにしても、竜の力は強大です。使い方次第では、お嬢さんよりも強くなれるかもしれませんよ」
ネレイドの名前をだしてやると、淡い紫の瞳が揺らいだ。
「知識も技術も経験も、エリスさんのほうが上ですからね。ただ、魔力に関しては比べものにならないほどお嬢さん――レヴァ・ワンが圧倒的なだけ」
対抗意識を抱いているのは見え見えだった。
「それに竜の力を手にすれば、マテリアさんを悪魔から救える可能性もあります」
だから、大義名分を与えてやればいい。
「また、いざという時に私たち――レイピストを止めることもできるでしょう」
感情で決めさせ、理性で納得させてやれば人は簡単に動かせる。
「別に今すぐ返事をする必要はありません。ただ、考えておいてください。エリスさんならきっと、力に溺れることなく正しく扱えるはずです」
あとは、エリス自身が説得するのを待つだけでいい。
「では、街の人たちを解放しにいきましょうか?」