第100話 すべてを仕組んだモノ
文字数 3,301文字
サディールを助けに来たにもかかわらず、ネレイドは回れ右をしたくなる。
遠くからは静かに見えてたのに、近くだとここが一番酷い戦場だった。
おびただしい虫の大群。
空から見下ろすと、地面の色が変わってみえるほど集まっている。
「サディール様、あの中ですかね?」
一カ所だけ、立体的になった場所があった。
おそらく、サディールが作った瓦礫の防塞。
だが、虫に覆われているところからして長くはもたないだろう。
「たぶん……な」
さすがの初代も引いているのか、微妙な物言いであった。
「あっちが魔獣? ですかね」
人型に見えなくはないが、サイズが大きい。
しかも、身体には虫が蔓延っており、風に揺れる体毛のように
「良かったぁ。ここじゃなくて」
心の底から、ネレイドは思う。いきなりあんなモノと対峙して、大量の虫に囲まれるなんて想像したくもない。
事実、彼女は未だ距離を取って高く飛んでいた。
「でも、どうしよう……近づきたくないなぁ」
虫に関しては暴風で吹きとばせそうだが、万が一こっちに飛んできたらと思うと躊躇ってしまう。
「とりあえず、燃やそう」
サディールを助けるよりも、ネレイドは自分の精神状態を優先させた。
まず、虫の撲滅。
それも確実に、形すら残さずに焼き尽くす。
が、ネレイドはそれに必要な言葉を知らなかった。
ここまで街に配慮した戦いを余儀なくされていたので、当然の結果である。
「えーと……」
なので、悠長にもこの場で模索する。
虫を燃やしたい気持ちを強く抱きながら、様々な言葉をレヴァ・ワンにぶつけ、反応を探っていく。
虫、燃やす。
虫、消す。
虫、いなくなる……!
そうして閃いた言葉を口に乗せ、
「――
ネレイドは大剣を振りかざした。
あらゆる世界に通じている魔剣は持ち主の意図を読み取り、それにふさわしい魔の力を使役する。
果たして、虫は燃えた。
恐ろしいことに、虫だけが燃えている。
というより、虫の形をした黒い炎に蹂躙されていた。
「……うわぁ」
自分でやっておきながら、ネレイドはその光景に引いている。どうやら、虫のイメージが強すぎたみたいだった。
炎が黒いのも相まって、虫の大群が襲い掛かっているような光景。
すなわち、虫と虫の戦い。
見ていて、気持ちのいいモノではない。
「サディール様、大丈夫かな?」
虫を燃やす炎。
いや、虫の形をした炎が襲い掛かるのは同属だけだが、熱がどう作用しているのかまではわからなかった。
ちなみに、魔獣のほうが熱がっていないので、たぶん大丈夫であろう。
「なんか見てますけど……近づきたくないなぁ」
飛翔能力はないのか、魔獣はじーとこちらを見上げていた。
身体に纏っていた虫たちを黒い炎に変えて、不気味に佇んでいる。
「……うん。あとはサディール様に任せちゃいましょう」
虫を這わせていた魔獣の素顔など見たくないと、ネレイドは飛んだまま。
一方、サディールはなんとも言えない気分でいた。
彼は魔力の凍結中、凍った魔獣や虫たちを見ることしかできず……。
それが解けた後は、ありったけの地面を使った防塞に引きこもって耐える道を選んでいた。
もっとも、その壁の外には複眼を付属させ、可能な限り虫の駆除にも努めた。
だが、多勢に無勢。
次第に眼球の上を虫が歩き始め、かじられていく。複眼に感触はないものの、視力はあったのでその光景は中々のモノであった。
そんな風に思えたのも、彼の特殊性癖のおかげであろう。
恐ろしいことに、サディールはその光景を見て使えそうだなと妄想していた。
女性であれば、それはそれは素晴らしい悲鳴をあげてくれるはずだと――ある意味、強靭的で逞しい精神力だった。
そして、助けが来たと安堵したら今度は燃えている。
ここまで近くで――というか、炎の中から炎を眺めるのは初めてであった。
虫だけを燃やす、黒い炎。
いや、炎を象った同属を食べる虫――実にレヴァ・ワンらしいと、サディールは呆れながらも笑う。
「それがあなたの素顔ですか、ムスカペニアさん」
すべての虫が燃えたのを複眼で確かめてから、サディールは土の防塞から姿を出した。
「人間あるレヴァ・ワン……ワタシ、敵わない、ゾ」
巨人というほどではないが、大きな人間。
ただ虫を纏わせていたからか、髪の毛を含めて体毛の類は一切ない。
また全裸でありながらも、下半身に雌雄を示すシンボルは付属していなかった。
「戦って、死ぬだけの役目ですか」
皮膚もない。
肉もいくつか千切れかけて、骨が見えている。
「ワタシ、だけじゃないゾ。みな、そうだったゾ。魔を統べる神でさえ、オマエじゃない
「……今は違うと言うのですか?」
「違う、ゾ。ワタシ、オマエじゃないレヴァ・ワンを待っていた。だから、封印を受け入れたんだ、ゾ。もう一度、レヴァ・ワンに会いたかったゾ」
「どういう、ことですか?」
サディールは理解が追いつかず、素直に尋ねてしまう。
「封印された魔、いない同然だゾ。だからオマエ――
魔獣は空を見上げたまま、答える。
「でも、無理だったゾ。ワタシの仲間たち、それにオマエのレヴァ・ワン、まだ残っていた。もう、ワタシ、死なないと会えない……ゾ」
「死ねば会えると?」
「ワタシ、オマエのレヴァ・ワンの中で生き続ける、ゾ。呑まれないように頑張る、ゾ。だから、さっさとみな、殺す、ゾ。そして、あのレヴァ・ワンに会いにいくんだ、ゾ」
人間みたいな感傷を見せられて、サディールはやってられなくなる。
「――
魔獣の足元に暗い瞳が開かれる。
けど、ムスカペニアは気にも留めない。
ずっと、空を見上げている。ネレイドに、自分の会いたかったレヴァ・ワンの姿を重ねているのだろう。
その身体が瞳に呑みまれるまで、魔獣はその姿勢を崩さなかった。
「何を話してたんだ?」
ネレイドが地上に降り立つなり、大剣を象っていた初代が羽虫型へと転じ、訊く。
「色々と、興味深い話でしたよ」
サディールはかいつまんで説明し、
「こっちにいた悪魔は、その
初代も自分たちが遭遇した魔について話した。
「それぞれ、目的が違ったのでしょう。どちらにせよ、
「そして、そいつらを騙した奴がいる」
「それはわかりませんよ。本当に封印された魔は存在しないのかもしれません。事実、レヴァ・ワンは今日まで見逃していましたし」
「けど、竜もアレサの奴も封印されていたんだぞ? なのに、この馬鹿剣は残っていた。それとも、野放しにされている魔が他にいんのか?」
「もしくは、先代の子孫たちがいたからか」
「馬鹿言え。あんなのまで残しちゃいけないってなったら、人間の半分くらいは殺さないと駄目になるぞ」
「ですよねー」
「神が想定した魔を殺す剣であることを考慮すると、人間の血が混ざった魔族は除外していい。突然変異の魔物もだ。あくまで、対象は争う為に創られた眷属たち」
先祖たちが難しい話を始めるや否や、ネレイドはぼーと城を眺めだす。
「となると、封印されていたとしても意味はないというわけですか」
「あぁ、ここにいた奴らは騙されたか。発案者も知らなかったかのどっちかだな」
「そうなりますと、本当の黒幕は消去法で決まりですね」
「そういうこった」
話は纏まったのか、
「――お嬢さん」
サディールが呼びかけた。
「すべてを仕組んだのが誰か、わかりますか?」
「えーと、消去法だから……」
発言する気がないだけであって、聞き流しているわけではなかった
それを証するように、
「教会の始祖と契約を交わした悪魔。たぶん、
ネレイドは見事に答えを言いあてた。