第88話 果たされた目的、残された助力
文字数 4,068文字
手伝っていないネレイドは最初、何かの間違いかと疑ったくらいである。
「そっか、大きいですもんね」
ペドフィに加え、サディールも人型。
身体こそ全員女であるものの、目に見えて食欲が違う。
二人はとにかく食べる。
牛一頭を食べ尽くす勢いで、口へと運び続けている。
アレサには充分な貯蓄があった。
長期的に支配する目論みだったのか、それとも彼らなりの気遣いなのか――持ち主の記憶を読めるといっても、さすがにそこまではわからなかった。
「本当に美味いな。今の食事は」
しみじみと言いながら、ペドフィは串に刺さった牛肉を頬張る。
「香辛料の違いだけでなく、肉そのものも美味しくなっています」
肉を薄切りにして、野菜を巻いたものを味わいながらサディールは酒を呷る。
「ペドフィ君も飲めばいいのに」
「結構だ」
そんな二人に対して、ネレイドは小食だった。食べ物を呑み込むと、どうしても傷が痛んで仕方がない
エリスは普通。
初代と竜はがつがつと食らっているものの、サイズが小さいので量的にはさほど。
「それでは、これからについて。少し、お話しましょう」
長い食事が終わって、サディールが仕切る。
もっとも、長かったのは話題を持っている二人だけで、その他の面々は既にお茶とお菓子に移行していた。
「ちなみに黒幕がいるのですが、お嬢さんはどうしたいですか?」
「……どう、とは?」
意図が掴めず、ネレイドは問い返す。
「懲らしめてやりたいか、別にどうでもいいと放っておくかです」
「放っておく、だと?」
信じられないと言わんばかりに、エリスが口を挟んだ。
「誰も知らないことですし、黒幕は仮にも教会の人間。知らしめるとなると、民たちは混乱します。そこから、人間同士の争いにも発展しかねません」
「だがっ! 罪は裁かれなければならない」
「ですが、この先に待っている敵は人間です」
「じゃぁ、ここからは人殺しかぁー」
ネレイドがぽつりと漏らす。
「いいんですか?」
別に構わないといった口ぶりだったので、サディールは確認する。
「そりゃ、嫌ですけどぉ。ここまでエリスが付き合ってくれたんだから、今度は私が付き合うべきかな~って」
「……そんな理由で決められても困ります」
今度は乗り気だったエリスが渋る。
「えー。でも、神や正義、みんなの為っていうんなら私は行かないよ?」
「相手を恨む気持ちはないの? その人がいなければ、あなたは普通の女の子でいられたかもしれないのよ?」
「あー、そっか。……でも、その人を殺したって戻れないし。それに私の目的も終わってるから」
なんというか、すっきりしていた。
酷いことをした魔族たちを倒して、苦しめられていた人々を助け出して、母親たちの仇も取って――わかりやすく、満足できてしまった。
それなのに、黒幕がいるから倒しに行きましょうと言われても、気分は乗りやしない。
もともと、小さな村で暮らしていたからだろう。
ネレイドは目に見えない巨悪よりも、目に見える悪のほうが許せない質であった。
「んー、やっぱエリスの為以外じゃ、行く気にはなれないかなぁ~」
「わたしの為に人を殺すって言うの?」
素直に喜べば終わる話なのに、潔癖な性格が邪魔をする。エリスは納得がいかないと、真っすぐな目でネレイドを射抜いた。
「駄目?」
が、当の少女は首を傾げるだけ。
「駄目? ――じゃないでしょうがっ!」
それが腹立たしくて、エリスは姉のような態度で怒る。
「だって~、水鏡の観測者が黒幕って言われても知らないし。それにその人、教会のお偉いさんでしょう? 実は悪い人だから殺しに行きましょうって言われても……」
ネレイドは村娘らしい台詞を吐く。
「それで『うん、わかった!』って言うの、小さな男の子くらいだと思うけどなー」
「そんな例え話と一緒にしないっ!」
感情的に机を叩いて、エリスは怒りを発散させる。
「大勢の人が傷ついたのよ? あなただって、沢山見てきたでしょ?」
「うん。だから、ちゃんと殺したじゃん」
二人の会話は噛み合いそうになかった。
「エリスさん、それくらいにしましょう。あなたの――いいえ、私たちの理屈はお嬢さんには通じません」
これ以上は時間の無駄だと、サディールが割り込む。
「罪を犯した人間とそれを唆した悪魔。私たちが断ずるのは悪魔ですが、多くの人々は違うということです」
「まっ、そうだな」
更に初代も参加し、
「目に見える範囲、手の届く位置。それこそが、オレたちの世界だ。目に見えない神が見下ろす世界なんて、オレたちには関係ない」
「民たちが教会の声を聞いていたのは、信じていたからじゃない。ただ、面倒を避ける為――自分たちの世界を守る為だ」
ペドフィが同意を示す。
「我々はある意味、神に唆されて聖なるモノと争った。だが、神を恨んではいない」
竜も自らの見解を口にする。
「察するに、汝ら人間たちは同じ種族でありながら、別々の世界を持っているのであろう。だから、交わらない」
時代はおろか種族すら違う存在に諭され、二人の少女は口を噤んだ。
「エリスさんは黒幕を懲らしめてやりたい。お嬢さんはどうでもいいけど、エリスさんの協力はしてもいい」
そして、サディールが話を戻す。
「……わたし一人では、太刀打ちできないかもしれない。だから、あなたにも付いてきて欲しい」
顔は納得いきません! と、叫んでいたが、エリスは素直に協力を求めた。
「うん、いいよ」
ネレイドは即答して、
「問題は相手がどこまでやる気か」
サディールが次へと進める。
「仮にも、私たちはアレサを取り戻した英雄です。加え、お嬢さんは教会の祭服に身を包み、神帝懲罰機関のエリスさんもいらっしゃる」
たとえ、討て! と命令されたとしても、盲目的に応じるには些か無理がある。
それに神帝懲罰機関はあくまで神の剣。
エリスの身の振りよう、また現
「もし、下っ端まで襲ってくるようであれば、洗脳されていると考えていいでしょう」
「その女魔族の記憶に、他の人間はいないのですか?」
「えぇ。水鏡の観測者がアレクトさんに話を持ちかけ、レヴァ・ワンとレイピストの情報を流した。以降はアレクトさんから頼まれ、協力する形を取っていたようです」
水鏡で見た情報の隠蔽と虚偽、魔族たちの流入、大選別に用いた帳簿の横流しなどなど。
「まさしく黒幕であって、首謀者とは言い辛い方ですね」
「それでも、諸悪の根源に違いありません」
許せず、エリスは吐き捨てる。
「まぁ、本当の諸悪の根源はオレだろうけどな」
と、初代が笑えない冗談を口にした。
「そういう意味じゃ、王家がどう動くかもわからねぇ」
「確かに、神帝懲罰機関よりは唆しやすいですね」
サディールも否定せず、溜息を吐く。
ネレイドがどういう意味? ときょろきょろしていると、
「原罪を罰すれば赦される、か」
ペドフィが噛み砕いてくれた。
「王家と仲が良かったって話だが。今のおまえから見て、王国騎士団の実力はどうなんだ?」
初代に求められるも、
「当然ですが、誰一人としてあなたには及びません」
エリスは満足な答えを持っていなかった。
「ただ、
「オレ以下、おまえ以上。ほんと、なんの役にも立たねぇな」
初代は切り捨て、
「ペドフィ、そいつの頭ん中で話すべきことは見つかったか?」
続いて、三代目に求める。
「
ペドフィは気を遣うべきが少しだけ考えるも、必要ないと判断して説明する。
「竜が言っていた
目を向けて見ると案の定、エリスの顔から血の気が引いていた。
「つまり、教会の始まりは神帝懲罰機関。それも悪魔によって作られた、というわけですか」
サディールが更に傷つけ、
「ご愁傷様だな」
初代の軽い慰めがトドメをさす。
「レヴァ・ワンには及ばないが、教会も強大な力を持っているってことだ。それで無理やり、弱い連中を従わせている」
ネレイドが相も変わらずわかっていない様子だったので、初代は口添えた。
「古を生きる竜よ、あなたの時代に教会は存在していましたか?」
サディールは仰々しく、問う。
「そもそも、我には教会なるモノがわからぬ。すなわち、魔に属する人間たちの間には存在しなかったのであろう。だが、聖なる者たちのことはわかりかねる」
エリスを気にかけながら、竜は答えた。
「ただ、組織だった人間はいたと言っておこう」
「やはり、エイルさんを魔獣に食われたのは失敗でしたね。各地の伝承に詳しい彼の知識があれば、はっきりとしたのに」
ぶつぶつと、サディールが過ぎたことを悔やむ。
「まさか、始祖にまで遡る契約だったとはな。アイズ・ラズペクトよ。戦いが終わった当時、おまえより力ある魔の存在はいたか?」
初代が真剣な口調で訊く。
「当時の我より、力あるモノはいなかった。だが、そのモノたちが今も存命しているとすれば、今の我よりは上であろう」
「嬉しいような、悲しいような答えだな」
答えとしては先ほどのエリスと同じだが、さすがの初代も竜に向かって滅多な口は叩けないようだった。