第16話 初陣、四代目レイピスト
文字数 2,872文字
剣の形を取った初代が口うるさく言う。
結局、ネレイドは答えを出さなかった。その時になってから決めると言って、案内させていた。
「現にペドフィがそうだった。自分でやったことなのにうじうじと後悔して、しまいには正当化しやがった。皆を守る為にやったことだと。自分は殺したんじゃない、人間に害を及ぼす存在を倒しただけだ――ってな」
案内を務める羽虫形態の二代目はゆっくりと飛んでいた。
既に日は落ち、辺りは真っ暗。少なくとも、ネレイドの目では手の届く距離ぐらいしか、見通しがきかない。
「バカらしい考えだ。理由なんてなくても、人は人を殺せる。人以外なら尚更だ。もともと、同種で殺しあってた生物だぜ? 話し合えばわかるって考えに至ってからのほうが、歴史は浅いんだ」
だから、速度が遅いのは当然なのだが、ネレイドには時間稼ぎにしか思えず、苛立ちが募っていく。
「つまり、考えること自体無駄なんだよ。殺したいから殺す。それでいいのに、バカたちはそこに理屈を求める。ただの衝動に、罪なんていう大層な名前を付けやがって」
初代の言い草は愚痴か説得か判断できなかった。
皮肉にも、だからこそ言っていることが本音だと理解できてしまう。
本当に、どちらを選んでも構わないと思っている。殺しても、殺さなくても――ネレイドの決定に異を唱えるつもりはない。
「先代とは生きている時代が違うんですから、そんな暴論で納得できるわけないでしょう」
呆れたような、サディールの物言い。
「ただ、もし罪を犯すというのであれば喜びを覚えながらやるべきです。それだけが、犯罪の良さですからね」
しかし、言っている内容は初代よりも酷かった。
「楽しいからやる。これに勝る理由はありません。もっとも、最高の快楽を前に罪悪感を覚える人間もいますけどね」
「あぁ、いるなぁ。快楽を前にしり込みする、クソ真面目野郎」
それでも、先祖たちは互いの言い分がわかるようだった。
『聞き流しておけ。時代も価値観も違う人間の言葉だ。それに人間性はともあれ、二人とも本物の英雄だった。凡人に理解できる範疇じゃない』
頭の中に直接響く、ペドフィの言葉。気遣ってくれているのだろうが、なんの気休めにもならなかった。
何故なら、ネレイドは初代と二代目の意見に流されかけていた。衝動のまま殺しても、後悔するのは目に見えている。
また、罪を犯す喜びも少なからず知っていた。子供の頃、大人からの言いつけや村の決まりを破った時のなんともいえない感覚。
対して、罪悪感を伴いながら聖都カギへ向かった時の居心地の悪さ。
子供の頃は自分がそうしたくして罪を犯した。それは食べ物を盗んだとか、入ってはいけない場所に入ったとか些細な罪であったけども――楽しかった。
それと魔族を、人間に似た生き物を殺すことを同列に扱うことはできないけども、わからなくはない。
罪を犯すならば、喜びを覚えながら――
「そろそろ、声が聞こえてくると思いますので注意してくださいね。死体を見た時みたいに騒がれると、奇襲になりませんから」
サディールの喚起に、ネレイドと黙って後ろを付いてきていたピエールの足が止まった。
「ちなみに、灯りはありませんのでご安心を。あっ、ピエール君にとっては残念でしたかね?」
こんな状況ですら、二代目は冗談を飛ばす。
「いや、たいはんが中年のおばさんとまだ胸すら膨らんでいない童女でしたから、ご安心をで間違いない、ですよね?」
サディールは重たい空気をどう解釈したのか、繰り返した。
「……どう、すれば? 見えないんじゃ、奇襲もできないと思うけど」
ピエールは黙殺して、現実的な質問をした。戦闘経験はないが、狩りに置き換えたら厄介な状況である。
獲物は見えず、近くに人もいる。
「簡単ですよ、レヴァ・ワンを投げればいい。魔を殺す剣ですから、狙いなんてつけなくても勝手に当たってくれます。問題があるとすれば、軌道上に人間がいても止まってはくれない点ですかね」
「そこはオレがなんとかできるが」
ネレイドたちが文句を言う前に、レイピストがねじ込んだ。
「その場合、人質を盾にされる危険性が高くなる」
――どうする?
という初代の質問は愚問だった。
「そうしてください。私の目的は、その人たちを助けることですから」
それだけは、誰になんと言われようとも揺るがない。ネレイドを――いや、少女を突き動かす衝動の根源であった。
「となると、問題は相手の性格ですね。どうせ殺されるなら人質も道連れにするタイプか、冷静に人質を捨てて逃げるタイプか。ちなみに、逃げる敵はどうします?」
サディールは当たり前のように訊いてくるも、ネレイドには答えられなかった。
「今殺すか、後で殺すかの違いですよ。それにここで逃がしたら、また傷つけられる人がでてくるかもしれません」
子供に計算を教えるかのような口調だが、はいそうですね、と素直に頷ける問題ではない。
「はぁ、それもでたとこ勝負かよ?」
ここにきて、初代の声色は呆れよりも心配のほうが強くなっていた。
「だって……」
だから、ネレイドはつい泣き言を漏らしてしまう。
「もういい。こうなったら、こっちも覚悟を決めるてやる。でたとこ勝負、嬢ちゃんの状況によって、逐一対応する」
「えー、本気ですか先代? それ面倒くさいですし、先代が一番、向いていないと思いますよ?」
「だから、覚悟を決めるって言ったんだよ」
そう笑ってから、
「――ネレイド」
始まりの勇者は厳粛な声で呼びかけた。
「今度こそ、目だけは閉じるな。その先に広がっているのは、これからのおまえの人生だ。どれだけ陰鬱で腐って最低だろうとも、閉じた時点で終わるぞ」
脅しに聞こえるけども、それが純然たる事実。
「かといって、背けるのも駄目だ。それは自分の人生を、他人に任せることになっちまうからな」
とても簡単で難しい、指示。
「まっ、子供のおまえには難しいかもしれない。けど、安心しろ。たとえ間違ったとしても、オレたちが付いている。何をやらかそうとも、全員を敵に回したとしても――おまえが望むのなら、おまえは生きていける」
とても心強くて、恐ろしい励まし。
「それじゃぁ、行くとしようか。四代目レイピストの初陣だ!」
本当に、初代は覚悟を決めていた。
当事者であるネレイドよりも先に――
「――はいっ!」
ただ、流されるのがさほど嫌いではない少女にとって、それは都合が良かった。
さもなくば、この一線を越えることはできなかっただろう。
そうして、少女は初めて魔族を殺す。
思っていたよりも遥かに人間に近くて、躊躇いはするものの――最後は自らの意思と手で。