第28話 少女の一閃
文字数 2,602文字
「ちょっと、お礼を言いたい人がいるので」
呆気にとられるネレイドを他所に、街のほうへと飛んでいく。小さいからか、魔族たちは気づいていないようだった。
「魔術かぁ……」
ネレイドの呟きに、
『敵をゴミか虫と思えなければ、サディールのようにはいかないぞ』
ペドフィが忠告する。
『半端な想像力と命令じゃ、あっさり破られる。だから、もし真似したければ今の光景を憶えておくことだ。ひと時も忘れることなく、何度も思い返していればあんたにもできるようになる』
「……それは嫌ですよ」
自分には向いていないと、ネレイドは割り切る。今はまだ殺すので精一杯で、思い返したり想像したりする余裕はなかった。
「ただ今の話を聞いて、一つだけ試してみたいことができました」
ペドフィが疑問に思う中、
「レイピスト様」
少女は初代の名を呼んだ。
「なんだ?」
杖に赤い紋様が走り、声が聞こえてくる。
「あなたのレヴァ・ワンになって貰えますか?」
「……いいぜ」
僅かに躊躇う素振りはあったが、初代は応じてくれた。
『正気か?』
初代の剣はペドフィ――男の身体でさえ、扱いきれなかった代物。少女の背はおろか、身体さえも凌駕するほどの大剣である。
「んっしょっと!」
案の定、ネレイドは持ち上げることができなかった。それでも持ち手を握り、刀身の半分以上を地面に引きずりながら進んでいく。
サディールの言っていた通り、魔族たちに退く姿勢は見受けられなかった。
愚かにも、外壁にいた魔族たちは次々と地面に降り立ち、声を張り上げながらこちらに向かってくる。
「すーっはーっすーっはーっ!」
その状況で、ネレイドは悠長に深呼吸をする。
大事なのは想像力――少女の頭の中には、初代の言葉が強く残っていた。
――あれくらいなら、一振りで終わる。
その響きに、強く惹かれていた。
そして、たったの一振りなら――自分でも、この剣を振り切れる気がする。
その方法は先祖たちが教えてくれた。
変幻自在の闇――ネレイドの両手から、二の腕にかけて覆われていく。黒く太く、この剣を握るのに相応しい大きさに。
脚もそう、つま先から膝にかけて――必要なのは剣を薙ぎ払う膂力と駆け走る脚力。
少女の想像力はその二点に徹底していた。
その為、気づかぬ内に黒衣は解けてしまった。
今、少女が身に付けているのは質素な衣服。胴衣とスカートが一繋ぎで、ところどころが汚れて解れた、村娘らしい装い。
結果、黒い四肢が悪目立ちしていた。
遠目から――魔族たちから見ると、少女は異形の手足を有しているようだった。
「――っ! でぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
少女は繰り返していた呼吸を止め、吐き出すと共に駆け出した。
向かうは百を優に超える魔族の群れ。
あちらもまた、武器を手にこちらに向かっている。
だが、恐れる気持ちはない。
だって、一振りで終わるから――ネレイドは刀身をやや後ろに引きずったまま、地面を蹴る。
「――らぁっ!」
そして、横一文字に薙ぎ払った。
全身を使い、これでどうだ! という意気込みで振り払い――勢い余って剣を手放し、地面に転がる。
「――真っ二つに!」
倒れた状態でネレイドは叫ぶ。
持ち主の手を離れたはずの大剣が描いた軌跡通り――レヴァ・ワンは飼い主の命令を聞いてくれた。
魔族たちの目には黒い刃が飛んでくるように見えていた。
だが、見えた時には遅い。
それは身体をすり抜け、何が起きたのかと振り返ると――上半身と下半身が、そのまま離れてしまった。
ばたばたと、一斉に魔族たちは倒れていく。誰もが肉体を真っ二つにされながらも死なず、どういうことかと混乱している。
それは中途半端な命令の所為――真っ二つと言われたものだから、レヴァ・ワンは律儀にその通りにしていた。
「……った! やった、できたぁっ!」
場違い過ぎるほど、明るい少女の声。
ネレイドはその場で何度も飛び上がり、素直に喜んでいた。
「見て見てっ! ほらっ、レイピスト様っ!」
「不格好だったけど、大したもんだな」
羽虫型の初代は褒めながらも、周囲を警戒していた。
今、ネレイドはレヴァ・ワンの黒衣を纏っていない。もし何かを投擲されたら厄介だと、少女の肩に止まる。
「それもレヴァ・ワンのおかげだ。しっかり、褒美は与えろよ?」
「うんっ!」
笑顔で頷き、ネレイドは魔族たちに目をやる。
その間に表情は一変していた。
意識することなく冷たい視線になり、
「さぁ、お食べ」
無慈悲な命令を下す。
少女の中で食べるといえば、咀嚼が必要であった。その為には歯と顎が――地面から、無数の黒い口が生まれる。
恐怖に引きつった悲鳴が上がる中、それらは生きたまま魔族たちに歯を立てた。
――ばりっ、ぼりっと。
ネレイドの想像力に従って、黒い口は獣のように肉を喰らい咀嚼していく。
気づけば、悲鳴は懇願に変わっていた。助けて助けて……と。大人の男たちが、子供みたいに泣き叫んでいる。
「……ねぇ、私って酷いかな?」
その光景を見ても、ネレイドには当然の報いとしか思えなかった。
「あぁ、酷いな。けど、オレやサディールほどじゃない」
「じゃぁ、ペドフィ様よりは酷いんだ」
ペドフィは何も言えなかった。
彼にはもう、少女の気持ちがわからなかったからだ。
素直に笑って喜ぶことができるのに、どうしてこうなってしまったのか――自分のようになってしまったのかが、まるで理解できなかった。
「そうでもないぞ。正直、効率的に数をこなしたペドフィのほうが酷いっちゃ酷い。しかも無表情で淡々と、害虫駆除のように殺しまくってたからな。そう考えると、苦しませてやろうって思っている嬢ちゃんのほうが人間らしいっちゃ人間らしい」
「そっか……」
先祖たちと比べることで、自分はまだ大丈夫だとネレイドは言い聞かせる。大丈夫、大丈夫――私はまだ鬼畜ではないと。
それが間違っているとわかっていながらも、もう止められそうになかった。