第31話 別れの時

文字数 2,103文字

 久しぶりの快眠を得た翌日、ネレイドは悩んでいた。街の人が用意してくれた着がえが、教会の祭服だったからだ。

「別にいいだろ。服に罪はないんだし」
 と、初代の言。

「そうです。脱がしにくいので私は嫌いでしたけど」
 論点がズレた、二代目。

『反吐がでる。が、神帝懲罰機関の祭服じゃないぶん、我慢はできる』
 そして、恨みのこもった三代目。

「……別の服を用意して貰うのも悪いもんね。でも、私に似合うかな?」
 
 ケープの付いた白衣。
 両腕を広げると十字架に見えるよう、青いラインが入っている。

「正直、似合わねぇだろ。どう考えても、おまえの髪色とレヴァ・ワンが悪目立ちする」
 容赦なく羽虫の初代が言うも、

「……ですよね」
 自覚していたことなので、それほどダメージは受けなかった。
「っていうか、私の髪……こんなに、赤くなかったと思うんだけどなぁ」
 鏡を使って見るのも、髪を奇麗にしたのも久しぶりとはいえ、さすがに記憶違いではない。

「髪にも魔力が宿る。あとはイメージの問題。レヴァ・ワンの赤い紋様、血をすする印象が強かったんじゃないのか?」

「じゃぁ、レイピスト様も?」

「いや、オレの場合は顔に彫った刺青が赤くなった。レヴァ・ワンほどじゃないが、オレの肌は黒いからな。それでつい、似ているって思ったからだろう」
 黒い剣に奔る赤と、黒い肌に奔る赤。

「私はお嬢さんと同じ、髪でしたね。白髪の部分が赤く染まって、見事にレヴァ・ワンのようでした」
 サディールの髪は黒と白が絶妙に混ざっている。確かに、白い部分が赤く染まったらレヴァ・ワンを連想させる。

「ペドフィ様は?」

『瞳の色だ。普段は黒いんだが、レヴァ・ワンを扱っている時はそこに緋色が混ざっていた』
 
 三代目だけは未だ顔すらわからないので、ネレイドは上手く想像ができなかった。

「おそらく、契約の印みたいなもんだろ」
「先代の意見に賛成です。特に気にする必要はないかと」
 初代と二代目はそう言うも、

『緋色が増すほど、おれは残酷になっていた気がする』
 三代目は不穏な台詞を口にした。
『もっとも、感性が麻痺していただけかもしれないが』
 
 微妙なところである。どちらだったとしても、そうなった理由が明確にあるので、レヴァ・ワンの関与があったと断言することはできやしない。

「とりあえず、着替えるのでお二人は消えてください」

「毎度思うんだけど、ペドフィはいいのかよ?」
 初代が文句を言い、

「ペドフィ様はお二人と違って、配慮できる方だと信じられますので」

「それはどうでしょうか。ペドフィ君はむっつりですからね。それにお嬢さんは年齢的にも発育的にも、彼の好みのようですし」
 二代目も乗っかる。

『断じて違う。それでも不安なら、目を閉じて着がえればいい』

 ペドフィは頭の中で必死に否定して、案を出してはくれたものの、初めて着る祭服でそれは無理があった。

「いいから黙ってさっさと出るっ!」

 強気に出ると、二人は何処かへ消えていった。
 三代目も黙り込み、存在を消す。

 そうしてネレイドは着がえ、鏡の前で溜息一つ。
 
 ――やっぱり、似合わない。
 
 こちらが旅を、そして戦うことを知っていたからか、祭服にしては生地に無駄がないよう調整が施されていた。
 裾もやや短く、手首や足首が隠れるほどではない。

「ベールを被れば……うん、大丈夫かな?」 

 鏡に映った自分がまるで別人のようで苦笑する。もう、三つ編みやお下げが似合うとも思えず、長い髪はそのままにしておくことにした。 

「それじゃ、行きますよ。レイピスト様、サディール様」
 
 呼びかけに応え、二匹が左右の肩に止まる。

「ピエールはいいのか?」
 
 部屋を出るなり階下に向かったネレイドに初代が問う。

「うん、いいの」
 
 言われなくても、察していた。
 もう、一緒にはいられないと。
 ピエールの性格的に、私の後ろを歩くことはない。だから、ここまでよく我慢したほうだと思う。

「だって、ピエールは男の子だもん」
 
 ネレイドが階下の食堂に下りるなり、感嘆の声があがる。
 祭服に身を包んだ少女は、本人が思っているよりもずっと神がかって見えた。
 そう、周囲の人間がつい頭を垂れ、祈りを捧げるほどに。

 ネレイドは居心地の悪い思いをしながらも、そこで黙って食事をした。それがまた、敬虔で慎み深いと評価されるも気にしない。

「どうかお気をつけて」
 
 そう言ってくれた主人に小さく頭を下げてから、ネレイドは一晩を過ごした宿屋を去った。

 街はまだ汚かったけど、進歩が見えないほどではない。たったの一晩とはいえ、着実に復興へと進んでいるのが感じ取れる。
 夜遅くまで、また朝早くから大勢の人が動いていたからだろう。ネレイドは外壁に向かうまでの間、大勢の人たちから感謝と激励の言葉を貰う。
 
 そして門を通り抜け――

「もう、行くんだな」

 ピエールとのお別れの時間がやってきた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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