第75話 レヴァ・ワンを殺す者たち

文字数 4,547文字

 遥か高い上空にいながらも、エリスは地上の様子を見ていた。
 竜曰く、レヴァ・ワンは目立つので、ネレイドとサディールの居場所ならわかるとのこと。

『それほど、我らはレヴァ・ワンが怖かったのだ』
 声の所為か、まるで乙女の言い分に聞こえた。
『傷つくことを知らぬモノにとって、アレは滅びの象徴。肉体を持たぬ悪魔――いや、魔を統べる神でさえ恐れずにはいられなかった』 

「今でも、そう思われますか?」
『あぁ、怖いとも。もしレイピストがいなければ、あの剣は我を食らう』

 竜はネレイドのことを赤髪のと呼ぶので、今のは初代レイピストを指しているのだろう。

「レイピストの前にも、レヴァ・ワンを扱う人間はいたんですよね?」
『いたが、善神の傀儡であった。当時はいかにして、人間をかどわすかが大事だったのだ』
「魔剣レヴァ・ワンが善神の傀儡で、神剣レヴァ・ワンが悪神の?」
『皮肉であろう? 本来、自分たちと相反するモノを味方に引き入れるなど』

 その上、勝敗を左右する要であった。

『人間たちとて、そうだ。

使



 エリスにとっては耳の痛い話である。

『だが、それは仕様のないことだ』
 
 教会は善神に祈りながらも、魔剣を崇めている。
 それも神剣と称して――

『本当かどうか定かではないが、レヴァ・ワンに封じられていたのは神々を統べる存在だったという。ならば、人間に抗う術などあるはずがない』

 ――自らを含む、神々と眷属の滅びこそが目的。

『もっとも、神剣レヴァ・ワンに選ばれた人間はそれを成し遂げた。今のレイピストのように』

 だからこそ、魔を統べるモノたちが勝ったのだと竜は語る。

『天使は誑かせた人間と共に戦わなかった。その一方で、我々は神を殺す少女(レヴァ・ワン)と共に戦った。半ば脅された形であったが、悪い気分ではなかった』
「どのようにして、魔を殺す者(レヴァ・ワン)を倒したのですか?」
『簡単なことだ。我々が囮になった隙に、後ろから切り捨てた。所詮は魔を殺す剣。手綱を握る者がいなければ、聖なる力には見向きもしない』

 今更ながら、レイピストたちが馬鹿剣と詰るわけをエリスは知る。

『しかし、レイピストという担い手がいる以上、もう通用しない。もし勝敗を分けるとしたら、それは人間同士の力によるモノだろう』
「人間同士……。けど、初代レイピストを相手にしたいとは思いません」
『それは同感だ。もし

、レヴァ・ワンとて

はず』
「そう、なんですか?」
『左様。レヴァ・ワンが

であろう。察するに、あのモノは他者を圧倒する己の力を厭っている。ゆえに必要とされない限り、振るわない』

 そう言われて、エリスは納得する。
 現在はともかくとして、かつての時代であれば魔力に不自由はなかったはず。
 それなのに、初代は最終手段のよう使われていた。
 山を斬ったエピソードもそう。最初から彼が戦っていれば簡単に解決できただろうに、そうはしていない。
 また、初代レイピストはやいのやいの文句を付けつつも、最終的な判断はネレイドやエリス――生者に任せていた。

「もし彼がその気になれば、こんなことにはならなかったんですね」
『無論。我も殺されていた。この世界の魔は駆逐され、神剣レヴァ・ワンに選ばれた少女にように別の世界へと旅立っていたであろう』

 だとすれば、良かったとも言えない。
 おそらく、世界の在り方は今と比べものにならないほど変わっていたはず。

『――どうやら、地上で進展があったようだ』 

 その言葉に引かれ、エリスは再び地上の様子を探る。
 と、いつの間にかネレイドが上空に浮かんでいた。
 あれではいい的だろうに、何かあったのだろうか?
 そして、サディールは相変わらず……。

「――行きます」
 
 それこそ、

だとしてエリスは突入する。時間がないと言っていたのだから、


 
 言っていた通り、動きを封じられたのだと判断して――急襲する。

 異形の手足に翼と尻尾。青黒い竜の鱗を纏わせて、少女は降り立った。
 獣さながら、両の手まで付いた着地で地面を叩き割る。竜の四肢は容易く石畳を削り取り、周囲に土埃を巻き散らす。

『――なにっ!?』

 女の声は遠くから、それにしてはよく聞こえた。

「我が名は神帝懲罰機関が一人、エリス――これより、神の剣が振り下ろされる」

 疑問を呈した声の主に返答して、エリスは周囲の魔族を蹴散らす。明らかに人ではなかったので、情けの欠片もなかった。
 両手に力を入れ、石畳が更に砕ける。そうして、握り潰した飛礫を敵に向かってばらまくと同時に馳せ――竜の爪で引き裂いていく。

 飛礫の直撃を受けなかった者から順に、怪しい動きを見せた者には尻尾の一撃をお見舞いし、羽も巧みに使って効率よく――瞬く間に、十三人いた女たちを殺した。

「大丈夫ですか?」
「えぇ、助かりましたエリスさん。実にいいタイミングでしたよ」

 本当に窮地だったのか、怪しい態度である。
 が、サディールはこれ以上の軽口は叩かず、神殿へと向かった。
 エリスも後に続く。教会の人間として、この場をいつまでも魔族に使わせておくわけにはいかない。

 当時、ここは最終避難所として作られた。
 その為、中は広く余計な置物はおろか椅子すらないはずなのに、今は人型の彫刻で溢れかえっている。すべての身体に先ほどの魔族と同じ目が付いており、一斉に侵入者を睨みつけた。

「あらら……。

、ですか? すいませんエリスさん、

のでアレ破壊してください」
 我先にと入っていったくせして、サディールが情けない台詞を漏らす。
 
「あなたは何をやっ――て!?」
 しかしエリスも同じように動けなくなってしまい、

『魔眼による魔封じ。ありとあらゆる目を、任意の場所に付着させる魔物がいるようだ』
 懐かしいと言わんばかりの口調で、竜が説明する。
『だが、それは自らの弱さの証明でもある。少なくとも、他者より強く進化した種族ではない』

「どうすれば?」
『少し身体を借りる』

 そう言うなり、竜は吠えた。
 エリスの喉を使って咆哮し、神殿内を文字通り震わせる。

『やはり、弱い』

 彫刻は無事だったが、あの目が無くなっていた。

「急ぎましょうか。この神殿には隠し通路があったはずです」
 逃げられたら厄介だと、サディールはまた先導する。
 
 囮を買って出ているつもりなのか、それとも本当に焦っているのか……。
 仕方なく、エリスもその背中を追いかけた。




「今からおまえたちを殺してやる!」
 叫ぶレヴァ・ワンの言葉を聞いて、

『……化け物がっ! 一丁前に……怒ってんじゃねぇよっ』
 異形のリビが嘲笑う。

『……本当に……女の子、なんじゃない?』
 しかし、ヘーネルは乗らなかった。

『どっちにしろ、鬼畜の末裔だっ。それにあいつは……自分だけを守ってた』
 自分たちでそう仕向けておいて、リビは勝手なことを言う。

『どっちでもいいけど、大丈夫なの?』
『全員、人間たちに紛れているから……あの化け物次第だな』

 容赦なく吹き飛ばすか、それとも配慮してくれるか。

『そういう、おまえこそどうだ? 狙えそうか?』
『あと一回、魔導砲で足止めして欲しい。そうしたら、その次に――仕留めてみせる』
『わかった』

 揃って口だけは達者であったが、その足は全力で逃げ――建物に身体を隠していた。

『やはり、初代レイピストは無理』
 指輪を通じて、全員に愚痴ったのはケイロン。
『あれは無理。あれが出てきたら、逃げるしかない』
 相も変わらず、後ろ向きな発言ばかり。

 しかし、見ていた者は誰一人として否定しない。
 噂に違わぬ蛮族といった格好だったのに、何故か魔導砲や弓を放とうとは思えなかった。
 遠くから顔を見た瞬間、逃げなければならないと衝動が襲い――結果、ネレイドなる少女が宣告した時には、誰もが身を隠すのに成功していた。

『……アレクトさんと連絡が取れません』
 続いて、またしても暗い男の声。
『きっと、サディストにやられてしまったんです。今頃は裸にされて、穴という穴を犯され――あぁっ、アレクトさんには目という、沢山の穴があるからきっときっと……』

『エイル、黙って。手元が滑って、狙いそうだから』
 苛立ちを隠さず、ヘーネルは吐き捨てた。

『えっ! 僕の姿が見えるですか? なら、あのレヴァ・ワンにも見えちゃって……』
 
 どうしようどうしようと、鬱陶しい声が血の指輪をはめた全員の頭に響く。

『……ごめん、冗談。あんたの姿、見えてないから安心して』

『あの化け物は律儀に剣で殺しまわってるぜ』
 リビの後押しもあってか、

『よかった。なら、僕はまだ安全ですね』
 エイルは落ち付いてくれた。

『エイル。もし、アレクトが本当にやられたんなら――あんたの役目を果たしなさい』 
 本当は言いたくないけども、ヘーネルは口にした。

『……いいんですか?』
『じゃなきゃ、アレクトの身体を奪ったサディストに虐められるわよ? もし記憶も読めるのだとしたら、生かされて色々訊かれるのはあんただし』

 結局のところ、ヘーネル、リビ、ケイロンの三人は実働部隊で命令を受けて動いている。
 一方、エイルはアレクトと共に色々と考え、企てていた側。
 
『でも、僕なんてみんながいないと何もできないのに……一番の無害なのに?』

『一人じゃ何もできないってのは同感だがよ、無害だぁ? むしろ、一番の有害じゃねぇか』
 レヴァ・ワンを使い――同志の一人を犠牲にして、聖都カギを滅ぼす作戦を考えたのはエイルであった。
『もし無害な奴がいるとすれば、てめーが犠牲を強いたアトラスだけだ』
 面倒なことにリビが割って入り、話が脱線してしまう。

『だって、アトラスさんが一番使えなかったんですから仕方ないじゃないですかぁっ!』

 無自覚なクズ発言。そう、エイルはこういった性格だから、はっきりと言っておかないと絶対に役目を果たさない。

『――無駄話は止めてくれる?』
 不意に、連句が取れなかったアレクトからの発言。
『質問も返答もなしでお願い。全員、私は死んだとして作戦の実行に移って。サディストだけじゃなくて竜もいた。私はもう死ぬしかない』

 釘を刺された手前、誰もが口を噤んだ。

『神帝懲罰機関の一人が竜を宿して、サディストの味方をしている。もしかすると、レイピストに味方する竜がそのコを乗っ取ったのかもしれないけどね』

 レヴァ・ワンに続いて、竜とも敵対。
 誰もが、自分たちが生き残ることを諦める。

『私はできるだけ時間を稼ぐ。だから、その間にレヴァ・ワンを殺して』

 それでも、レヴァ・ワンを殺すことだけは諦めきれなかった。

『――以上』

 そう締めくくって、アレクトの伝言は終わった。最期の言葉にしては素気なかったものの、状況的に仕方がない。

『エイルはすぐに神殿を破壊して私たちの加勢を、ケイロンは今すぐ作戦に参加』
 有無を言わさず、ヘーネルが告げる。
『どうせ死ぬなら、精々レヴァ・ワンを苦しめてあげようじゃないの』

 長期戦はもうできない。
 なので最悪、レヴァ・ワンを追い詰めて街と一緒に死ぬのも一つの手であった。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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