第96話 水を支配する悪魔

文字数 3,274文字

 三人が先に飛び出したので、ネレイドの向かう先は決まっていた。
 門も一つの頂点。そこからサディールが左、ペドフィが右――共に、近い頂点を選んだ。
 そしてエリスが左寄りの奥となれば、ネレイドは右寄りの奥に向かうしかない。

「わー、これがお城かぁ」

 前言通り、少女は城の全貌を楽しみながらゆっくりと飛んでいた。みんな先に行ったので、文句をいう人もいない。

「ここは変わらねぇな」
 大剣を象った初代も、同じように緊張感がなかった。

「本当、凄いですね」

 上空から見下ろすと敷地内が円環、建物が十字を模した形になっているのがわかる。
 もっとも、そびえ立つような建造物は中央のみで、上下左右に当たる部分は一階部分しかなかった。
 全体的には白い壁であるが、中央部分だけ壁に青い装飾でも施されているのか、神秘的で不思議な輝きを放っている。
 
「――!?」

 鑑賞を邪魔するように、レヴァ・ワンが魔力の鳴動を感じ取った。
 
 今までにない激しい反応に身構えると、
「……酷い」
 街が壊れていくのが目に見えてしまった。

 目立つのは、エリスが向かった先の雷光と炎。
 けど、他の方向からも崩壊の音は鳴り響いている。
 土煙があがり、目を凝らすことなく街から高さが失われいくのがわかった。

 誰もいないとはいえ、人の営みが感じられる街が壊される様は、見ていて心が痛んだ。

「早く、倒さなきゃ」

 今までと違い、敵も街を壊せると知ってネレイドは気持ちを切り替える。
 正直、皆を助ける必要なんてないと思っていたが、どうやら違ったようだ。
 
 もしかすると、本気で助けないといけないかもしれない。
 
 だから、自分の敵を早く倒す――と、向かった先は場違いなほど、奇麗な光景が広がっていた。

「……氷?」

 建物は残骸になりながらも、氷に覆われているからかとても奇麗である。
 陽ざしを浴びてきらきらと――目を細めた瞬間、レヴァ・ワンが魔力を感じ取った。
 ネレイドは信じるがまま剣を振り、蒼い槍は飛沫をあげて闇に呑み込まれる。

「うそっ。神を殺す者(レヴァ・ワン)じゃないの?」

 可愛らしい声に引かれ、目を向けると裸の女のコ。

「おっかしいなぁ……。その服、間違いないって思ったのに……」

 白皙の肌に澄んだ水の瞳。長い髪は風に揺れる水面のように揺れ、儚い雰囲気を醸し出している。

「気を付けろよ。ここまで人間に似ているってことは、こいつは悪魔だ」

 初代に忠告され、気を引き締める。
「……悪魔、かぁ」
 とはいえ、姿かたちが童女なのでどうにもやり辛い。

「――まさか、その色……我を殺す者(レヴァ・ワン)なの?」

「そう、だけど」
 ついつい優しい言葉を返してしまい、
「――じゃなくて、そうよ!」
 これではいけないとネレイドは首を振る。

「なんでっなんでっ! うそようそよっ! うそうそよーっ」
 嫌だいやだと駄々をこねる子供さながらの動きを見せて、悪魔は背中を向けて逃げ出した。

「な、なんなの?」
 ネレイドは意味がわからず、その背中に目をやる。
 
 悪魔は王都の外に向かっていき――
「――ああぁぁぁっ! おぃ、あいつを止めろっ! ってかさっさと殺せっ!」
 初代が珍しい声をあげた。

「えーと、なんですか?」
 追いかけながら、ネレイドは訊く。

「どう見たって、あいつは水を支配する悪魔だ。で、王都の外――あいつが向かった先には塩湖がある」
「はい、それで?」
「悪魔の生み出した水なんて怖くはないが、本物の水を使われたら話は別だ」
「なるほどっ」
「つか、それならまだマシな話だ。最悪、塩湖の水をすべて放出される可能性だってある」
「――えぇっ! 塩湖って……湖ですよね?」
「あぁ、湖の水をすべて王都にぶちまけられたら、オレたちはともかく他の全員死ぬぞ」

 事の次第を理解して、ネレイドは急ぐ。

「なんの妨害も仕掛けてこないたぁ、レヴァ・ワンのことをよく理解しているようだな」
 
 初代が感心している最中も、少女はひたすら敵を追う。

「先に言っとくが、悪魔に半端な魔術は通用しないぞ。確実に剣で叩き斬れ」

 つまり、その間合いまで詰めないといけない。

「で、でも――間に合いそうに……」
「なら、試しに何かぶっ放すか。足止めくらいにはなるかもしれん」
「なにかって……っ!」

 狙うにしても、相手は小さすぎた。
 かといって、暴風程度で止められるとも思えない。

「あぁぁぁぁぁもうぅぅぅぅっ!」

 今まで向かい風なんて気にしたこともなかったのに、速度を上げれば上げるほど鬱陶しくも邪魔をする。

「まぁ、さすがの悪魔も一瞬で湖の水を支配できるとは限らないから……」

 追いつくのは無理と判断してか、初代が希望的推測を口にした。

「そんな一か八かに、賭けられませんってばぁっ!」
「じゃぁ、嬢ちゃんが何とかするしかないな」
「なんとかって、時間を止めるとか?」
「すぐに悪魔を食えるから、できなくはないだろうが……。この馬鹿剣に、時間の概念があるかどうかは甚だ疑問だな」

 なんせ死者を蘇らせるような奴だし、と初代が不安を煽る。

「あぁー、じゃぁじゃぁ……」

 そうこう言っている間に、悪魔は塩湖へと辿り着いた。
 その先には旧聖都カギがあり、幻想的な街並みを見下ろすこともできたが、今のネレイドにそのような余裕はなかった。

「あたしの勝ちー」
 悪魔はそう宣言するなり、その身を湖面に投げ出して――完全に紛れてしまった。

「あぁぁぁっっ!」
 ネレイドが失敗を悟った声をあげ、

「落ち着け。レヴァ・ワンなら捕らえられ――っ!?」
 フォローする初代の言葉も途中で失速した。
 
 怒涛の勢いで青い水柱が空へと立ち昇り、最悪の展開を覚悟させる。
 見上げても、空が見えない。
 水は天空を穿ち、
「――ばいば~い」
 悪魔の声が地上に降り注ぐ。
 
 馬鹿にしたような響きにネレイドはキレ、
「――凍りつけこの悪魔ぁぁぁっ!」
 怒りに任せて、レヴァ・ワンを振るった。

「――ばっ!」
 初代が止める間もなかった。
 
 いつかの森のように適当な命令を下して、激しい水しぶきが上がる。

「って……あれ?」

 水柱は周囲の山々を揺るがす勢いで収まっていた大地へと戻り、再び湖となった。
 そんな中、童女の姿をした悪魔は空中で凍り付いていた。あどけない表情のまま、完璧に鎖されている。

「……たぶんだが、辺り一帯の魔力が凍ってると思うぜ」
「えっ、なんで?」
「悪魔は魔力の塊だからな。馬鹿剣にとっちゃ、多寡の違いしかねぇんだろう」
「えーっ! じゃぁじゃぁ――」
「いや、先に悪魔を殺してから、な」
「あっそっか」

 動けない悪魔を両断して、
「――氷よ解けろっ!」
 ネレイドは先ほどの命令を解除する。

「なんか、あっさりですね」

 あれほど焦っていたのが、嘘みたいな決着だった。

「もともと、神や悪魔を殺す為の武器だからな。肉体を持たない悪魔にとって、レヴァ・ワンはどうしようもない天敵なのさ」

 ご馳走に喜んでか、レヴァ・ワンは激しい脈動を繰り返す。刀身の先から根元に至るまで、赤い紋様が浮かび上がっては消え――

「……この紋様が持ち手まで来たら、終わりなんですか?」

 ふと、ネレイドはそんなことを思った。

「さぁな。それはオレも知らん。けど、竜が生きている以上、嬢ちゃんが別の世界に喚ばれることはない」
「あっ、そっか」
 
 それを聞いて安心する。

「とりあえず、戻るぞ。嬢ちゃんの所為で、混乱してるだろうから」
「あっ、さっきの?」
「そういうこった」
「……はぁ。やっぱ、怒られるのかな~?」
 
 早く倒して皆の助けに行くつもりだったのに、ネレイドは来た時よりも遅い速度で王都へと戻っていった。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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