第8話 少年という存在
文字数 2,995文字
顔こそ精巧に作られているものの、首から下は黒衣のベールに覆われていて、人間らしいパーツは何も見えない。
その所為か、二人は歩くのではなくふわふわと空中を漂っていた。
そんな二人をネレイドは確かに可愛いと思っていた。
――が、今となっては鬱陶しい害虫でしかなかった。
「おっ! こいつも美味いぞ」
「どれどれ? おぉ、なんだか懐かしい味がします」
ちょこまかと飛び回るだけならまだしも、この二人は料理のつまみ食いをするのだ。
しかも、手足がないから直接口を付けて丸かじり。
それが虫みたいで嫌だった。
「あーっ! もうっ! あとは盛り付けるだけなんだから、大人しくしていてください!」
その度にネレイドは文句を言うも、
「ほんと口うるさい女だな。八百年ぶりの自由なんだから、少しは大目に見てくれよ」
「これだけ喧しいと、修道女にはなれませんね。品というものが、著しく欠けています」
二人の先祖は生意気に言い返してくる。
「うるさーい! ここは女の戦場なんだから男は黙って命令に従うのが礼儀でしょ? 違う? ピエール!」
そして、最終的にとばっちりを食らうのは幼馴染の少年だった。
「いや、その……はい」
自分が言い出したこととはいえ、ピエールは後悔していた。
ネレイドの身体と声を使っていた時と違って、二人の言動は色々と酷かった。正確には印象が変わった、というべきだろうか。
しかしミニチュアサイズでこれとなると、本来の大きさになったらどれほどのものか、想像するだけで嫌になってくる。
「ったく、仕方ないな。なら、オレたちは酒を持ってくるから、おまえはせっせと盛り付けてろ」
「それじゃ、運搬係としてピエール君も同行をお願いします」
「ちょっ! ピエールは私の雑用係よ!」
レヴァ・ワンを見つけるまではピエールが主導権を握っていたはずなのに、今となっては一番の下っ端である。
「手足がないのに、どうやって酒を運べって言うんだ?」
「そもそも、飲みたいのはレイピスト様とサディール様じゃん。だったら、その場で飲んでくればいいだけじゃないの?」
「お嬢さん、人の話を聞いていませんね。お酒は料理と組み合わせてこそ、最高に輝くものなのです」
対して、ネレイドは絶好調だった。
先祖に向かって、友人のように喋っている。
「おぃ、ピエール。おまえはどうしたい? まさか、女の言うことにほいほい従うわけじゃねぇよな? 男の子ぉ~」
さすが年の功と言うべきか、初代は煽りと牽制と強制の入り混じった誘い文句を口にする。
「なに、ピエールは私よりもこんな羽虫の言うことを聞くの? 忘れてるかもしれないけど、この二人は鬼畜だよ?」
一方、ネレイドは感情的に喚くだけ。
最後の一言なんて、遠回しに自分を貶めているだけなのに、まったく気づいた様子がない。
「お嬢さんも、その血を引いているんですけどね」
だから、サディールの一言が勝敗を決した。
「うっ……」
ネレイドは怯み、
「さぁ、行きましょうピエール君」
その隙に初代と二代目は少年の肩にくっつき、行ってしまった。
「もうっ! ピエールの馬鹿ぁぁっ!」
誰もいなくなってからネレイドは吠え、八つ当たりの如く怒涛の盛り付けを開始する。
「えーと、もう少し優しくできませんか? 一応、ネレイドはお二方の子孫なわけですし……」
遠くから響く罵り声を受け、ピエールは両肩の二人に声をかけた。
「無理。だって、オレが女とまともに話してたのは少年の頃だけだ。だから、ああいうやり方しか知らないんだよ」
「いや、その……一応、王家に迎えられていたんですよね?」
「それこそ、無理だ。あの時のオレは、ただ惨めだったからな。黙って女の機嫌を窺って……ほんと、躾けられた犬みたいだった」
悲しげに、それでいてこれ以上聞くなと言わんばかりの怒気を含ませて、初代は吐き捨てた。
「私の場合は嫌ですね。そつのない会話は、教会によって象られた性質ですので」
重苦しい沈黙となるまえに、自分のは我儘だとサディールが述べる。
「それに私も先代も、充分に配慮していますよ? あのお嬢さんが自分らしくいられるようにね」
「まぁ、確かに口うるさいほうがネレイドらしいですけど……」
ピエールはなんとなく腑に落ちなかった。
「おまえは平和な世界を生きていたから、日常の大切さがわからないんだろうよ」
「え?」
「こんな時に、こんな状況なのにのんびりしていていいのか? って思ってんじゃないのか?」
それは自覚さえしていなかった少年の心。
「だから、ただはしゃいでいるあのガキが気にくわない。せっかく神剣に選ばれたのに、どうして英雄として立ち上がらないんだ? と、心の何処かで思っている」
それなのに、初代は見事に汲み取っていた。
「つまり、嫉妬だな」
「そんなっ! それはちが――」
「別に悪いことじゃない。少年ってのは、相手が自分より優れているだけで許せない生き物だ。幼馴染の女が選ばれて、自分が駄目だった。これでなんとも思わない奴は男じゃねぇ」
ピエールの足が止まる。
さすがに、歩きながら考えられる内容ではなかった。
「だから妬んでも、悔しがってもいいんだ。そうやって素直に相手を上だと認めることができるのなら、おまえはいつか成長できる」
「……」
「けど、それができないなら最悪だ。おまえはいつか、あいつを引きずり下ろそうとするだろう。そうして、自分のほうが上だと思い込む。本当はちっぽけなままなのにな」
言われるまで気づかなかったが、そうかもしれない。
正直、自分がレヴァ・ワンに選ばれるとは思っていなかった。
けど、ネレイドが選ばれるとも思っていなかった。
おそらく、自分が選ばれるよりもないだろうと――下に見ていた。
「あのお嬢さんの祖先として、ピエール君にはお願いしたいのです。どうか、あの娘の支えになって欲しいと。どうかきみだけは、彼女を英雄として見ないでやって欲しい」
真剣な口調でサディールは言う。
「この先、お嬢さんの意思にかかわらず大衆は彼女を英雄として迎えます。けど、すべてが終わった後に待っているのは、私たちと同じです。諸悪の根源として、彼女の処刑を求める声は必ず出てきます」
「そんなっ! ネレイドはあなたたちとは違う!」
「えぇ、私や先代とは違います。でも、ペドフィ君とは似ています。彼は本当に良い子だった。だからこそ、レイピストの子孫――諸悪の根源でありながら、処刑を望む声よりも庇う声のほうが大きかった。その結果、教会は暗殺という最低の手段にでましたけどね」
「いやっでもっ! あの人だって、結局はあなたたちと同じように――」
「あれは私と先代が扇動したようなものです。あのまま死んでいたら、教会に覚えのない罪を捏造されるのがわかっていましたからね。だったら――と、唆したんです」
何もしなくてもレイピストの名に相応しい罪を着せられるのなら、自分からするべきだと。
「まぁ、それでああいう形になったのはペドフィ君の性質によるものですけどね」