第102話 適材適所
文字数 3,676文字
なので、レイピスト一行は王国騎士団の区画から武器を調達して、再戦に備える。
「結界の概要がわかった今、一体のみであれば私でも充分に戦える相手です」
主力となる二人――ペドフィとエリスは、実際に戦ったニケから話を聞く。
「ただ、二体となると難しい。敵は協力して戦う術を身に付けていますので。対して、こちらは連携に期待することはできない……かと」
年長者でありながらも、ニケは恐る恐る口にした。
「無理だな」
「えぇ、無理でしょう」
疑いようもない事実だったので、ペドフィとエリスは同意する。
「しかし、流血封じとは。いったい、何の為に創られた結界なのでしょう?」
エリスは目の前でぷかぷかと浮かぶ、小さき竜に問う。
「無論、身を守る為であろう。人間と違い、我々は戦い方が限られているゆえ。いつもの武器が通じないからといって、容易に別の手段は取れぬ」
澄んだ声で竜は説明する。
「また魔に干渉しない結界であれば、我らは怯むことがなかった」
「それで湖の結界に?」
エリスが確認し、
「左様。所詮、聖なるモノの力を増幅する程度だと、甘く見たのだ」
竜が肯定する。
「今思えば、我らが壊し殺すことに専念していた為、彼らは守り封じることに特化していったのであろう」
確かに、いつもの戦い方を封じられるのは厳しかった。
一方で、敵は自分の得意分野に持ち込む。
その効果は凄まじく、あれだけの人数が揃っていながらも撤退を余儀なくされていた。
「ニケ、と言ったか?」
今更ながら、ペドフィは名前を確認をする。
「充分に戦えるという話だが、そのまま勝てるという意味か?」
「敵の耐久力と持久力が不明な以上、難しいと言えましょう。もっとも、剣で斬れなかった謎が解けた今でしたら、倒せるかもしれませんが」
「なるほど。なら、攻撃には念を入れたほうがいいな。それにあいつらの援護では、こちらの邪魔になりかねん」
初代に武器の扱いを習っている三人に目をやり、ペドフィは漏らす。
「おまえら……話にならないぞ。つか、同じ神帝懲罰機関なのに、なんでおまえはこうも下手くそなんだ?」
「先代、そんなのは彼女の胸を見れば明らかじゃないですか。男を殺すのに、これより優れた武器はありません」
「違いますっ! 私の専門が投擲なだけですっ!」
「えーと、遠心力を利用して……あたっ」
鈍器に関しては力がものを言い、連接武器に関しては技量がすべて。
ゆえに、見るも無残な光景であった。
「乱戦状態であの援護を当てにすると、こちらが殺されそうですね」
魔力の凍結で殺されかけたエリスがしみじみと口にした。
「それで、彼女たちをどう活かすおつもりですか?」
「――簡単な役割分断だ」
ペドフィはそう言って、全員を集合させた。
そうして作戦会議が終わり、再挑戦。
一行は
「実に気持ち悪いな」
「えぇ、人間とは呼びたくないですね」
初めて見る二人が吐き捨てた。
大きさも形も屈強な成人男性そのもの。ただ、唇や眼球に至る全身が鉄色で、表情や感情といったものは見受けられなかった。
「硬そうだが、どうなんだ?」
「触った感触は、人間とそう変わりません」
「なら、問題ない」
そう言って、まずペドフィとニケが飛び出した。
二人は上半身を隠せるほどの盾を両手に持って、全身全霊の突撃。二体をこの場から引き離し、残った一人をエリスが相手にする。
男二人はそのまま敵を引きつけつつ、時間を稼ぐ。その為、武器はない。掴まれると致命的なので、両手の盾を使って攻撃を捌く。
一方、エリスは変わった武器――長い鎖で繋がった球体の錘と鉄棍を持っていた。
錘は床に放置したまま、鉄棍で攻撃と防御。そして、状況に応じて鎖を引っ張って、錘の一撃をお見舞いする。
ある程度、鎖が伸び切らないと上手く飛ばせないので、基本的には敵から距離を取るタイミングで使われる。
「面白い武器ですけど、敵に拾われたらおしまいじゃないですか?」
ぶんぶんと、片方に錘の付いた紐を縦に振り回しながらサディールが言う。
「拾おうとしたら隙ができません?」
同じく、振り回すネレイド。
「ですが、非力な彼女に向いているとも思えません」
同様に、ぶんぶんしているユノ。
「まぁ、今回の為だけに組み合わせた武器だからな」
ネレイドの頭の上で喋る羽虫と化した初代。
「竜との会話で思い付いたらしいぞ。おそらく、敵は決まった戦い方しかできない――ワンパターンだろうって」
現に、人型は足元の鎖や錘には見向きもしていなかった。
また、せっかく奪い取った鉄棍も適当に放るだけなので、エリスは足元の鎖を掴んですぐに引き戻している。
いつぞやの戦いでも短剣に雷の糸を繋いでいただけあって、連接武器の扱いには慣れている様子であった。
「鎖を相手の股下に通せれば、上手く転ばせることもできるはずだ」
そうしたら、三人の出番。
ぶんぶん振り回している錘を叩きつけ、トドメをさす。
役割分断、それがペドフィの作戦だった。
力があれば鈍器のほうが確実だが、この面々では遠心力を利用しない限り威力の期待できない。かといって器用に扱えるはずがないので、こうして一撃に賭けることになった。
「もっとも、おまえらが当てられるかどうかは知らねぇけどな」
初代の懸念に、
「相変わらず、先代の冗談は笑えませんね」
「ですよね。あはははは」
「あぁ、神よ」
三人はそれぞれ怖い反応を示す。
そんな中、エリスは冷静に相手の行動を把握し始めていた。
距離に応じて、蹴りか拳の二択。近距離だと掴みにかかり、こちらから攻撃すると武器を奪って適当に放る。
ニケの言っていた通り、一体であれば充分に戦えそうだった。
それでも、余裕はない。
常に鎖の長さと錘の位置を確認して、体勢に応じて行動の選択。
また、敵を転ばせる位置も三人から近くなければならない。
更に言えば、敵の耐久力も予想以上に高かった。何度か錘の一撃を脇腹や背中に与えたものの、人型は平気で動いている。
あとは、このまま敵が学ばないことを祈るしかない。
エリスは防御に専念しながら、タイミングを見計る。
ネレイドたちの傷からして最悪、打撃は食らってもいい。初代の忠告が気にはなるものの、掴まれて壁や地面に叩きつけられるよりは遥かにマシなはず。
「……っ」
手と腕に鈍い痛み。錘の付いた鎖を引くには瞬間的な力が必要なぶん、負担が激しかった。
できれば絶好の機会を用意してあげたかったが、エリスは諦める。とにかく転ばせること切り替え、目線で三人に伝える。
――そろそろだと。
エリスは鉄棍を滑らせるようにして、鎖を相手の股下に通した。なので、一撃は素手で対処しなければならない。
それも蹴りを出させないように、直線的に自ら接近して――少女は頭に手をやった。
敵の拳を床に転がって避ける。
ただ、ベールだけは残したまま、エリスは錘側の鎖を持ち上げると同時に反対側の鎖を手繰って、鉄棍を引き寄せた。
鎖は相手の股に触れた状態。
エリスは鉄棍で殴りかかり、あっさりと放られる。
が、手を放さなかった少女も一緒に飛んでいた。銀髪を揺らしながら壁に足をつけ鋭角に――敵の背後へ回るように跳躍。
人型は振り返って迫るも、鎖がその脚を捕らえていた。
「――今です」
エリスは強く鎖を引き、敵とすれ違うように身を投げ出す。
人型が二足歩行である以上転ばずにはいられず、錘を振り回していた三人が順番に襲い掛かる。
「はぁっ!」
まず、サディール。男らしくもなく、当てやすい背中に振り下ろした。
「てやぁっ!」
次にネレイド。同じく的が大きい臀部に叩き込んだ。
そして、ユノ。
「――頭を!」
エリスの命令に従って、
「はぃっ!」
後頭部に狙いをつけ――外した。
しかし、ある意味では当たりであった。
偶然ではあるが、ユノの一撃は狙っていたら絶対に当たらなかったであろう後ろ首に的中。
果たして、鉄色の人型は液体のように飛び散った。
「まずは一体、ですね」
「やったぁ! 当たった当たった」
「あぁっ! ……良かったぁ」
攻撃役を担った三人が喜ぶ中、
「おぃ、なんかおかしいぞっ!」
初代の勧告。
飛び散った鉄色が目の前を通り過ぎたのを見て、
「二人とも、気を付けてくださいっ!」
エリスも喚起を促した。
順調に足止めをしていたペドフィとニケは目をやり、飛び跳ねる鉄の飛沫から逃げるように人型から距離を取る。
そうして全員の目の前で、形を失った人型は二体に吸収された。