第35話 魔女の街
文字数 2,985文字
「ペドフィ君。お嬢さんの身体をお願いします」
それを待つことなく、先祖たちは街に入る。サディールは人型、初代は羽虫型、ペドフィはネレイドの身体を操って門へと。
「おや、教会の方が今更なんの御用で?」
女の門番に嫌味を言われるも、
「違いますよ。私たちは便利だから、教会の祭服を着ているだけです」
サディールはさらりとかわす。
「そいつはまた随分と罰当たりだね」
「でも、滅んだのは聖都カギで私たちはピンピンしています」
二人はあこぎな笑みを浮かべ、通じ合う。
「けど、そっちのお嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「実を言うと、駄目なんです。なにぶん、田舎育ちの生娘でして。しかも、男が無理やり女を犯す姿しか見てこなかった所為か、困った誤解をしていましてね」
「そいつは可愛そうに。まだ、女の楽しみも知らないのかい」
「えぇ。それで彼女の誤解と偏見を解ければと、この街に寄らせて頂きたいのですが、構いませんか?」
ネレイドが喋らないことをいいことに、サディールは好き勝手に言う。
「別に構いやしないよ。金を落としてくれるなら、ね。それにお嬢ちゃんの為だ。同じ女として歓迎するよ」
本人からすれば余計なお世話であるが、何も言えなかった。ネレイド本人は気を失っているわけでもないので、話は聞こえている。
ようは、いつものペドフィと入れ替わっている状態。
いつでも身体は取り戻せるものの、今は動かすのが億劫だったので先祖の好きにさせていた。
「それじゃ魔女の街、ルフィーアへようこそ」
「魔女の街を自称しますか?」
「普段は違うんだけどね。今だけは、それで間違いないと思っているよ」
「つまり、神聖娼婦はいないと?」
「お兄さん、その言葉を何処で訊いた? そいつは恐れ多くて、誰も自称すらできないはずなんだけどね」
それを聞いて、サディールは確信を深める。
「それを名乗ることが許されているのは、ルフィーア・クルチザンヌだけですか?」
「……あんた、何者だい?」
「サディール・レイピストと言ったら、信じますか?」
門番は武器を持つ手に力を込めながら、観察する。
その視線が黒と白からなる斑の髪と、ピンクがかった赤い瞳に向けられているのを見て、サディールは小さく笑う。
「どうやら、私には荷が重いようだ。もし時間に余裕があったら、カメリアの館に行くといい。この街の女主人が取り仕切っている娼館だ。そこでなら、昔話も聞けるはずだよ」
「わざわざ、ありがとうございます」
お礼を言い、サディールは門を通る。
「意外と普通だな」
頭上付近を飛んでいる初代が言う。
「えぇ、街の通りは奇麗です。ただ、お店の中を覗くと……ねぇ」
「どれどれ」
その言葉に釣られて、ペドフィもつい目をやってしまう。
「うわぁ……こいつはまた」
規模は比べものにならないが、この手の通りは初代の時代から存在していた。
売り物とされる女性は奇麗に着飾り、通りから見える位置に展示される。もしくは、自由に歩き回って、買ってくれる相手に声をかける。
「気持ち悪いな」
男と女が逆になっただけで、ここまで酷くなるとは思ってもいなかった。
いや、問題はそこではない。売り物にされている男はこの街を襲おうとした魔族で、今となってはただの捕虜。
結果、見てくれも扱いも酷いものだった。
「……」
入れ替わった甲斐もなく、ネレイドの身体は硬直していた。その光景はペドフィにとっても衝撃が強くて、とても平静ではいられない。
『……悪いが。代わってくれ』
『嫌ですよっ! というか、なんてものを見せるんですか! 早く、視線を切ってください』
ペドフィとネレイドは声にせず、言い合う。
一方、気持ち悪いと口にしながらも初代は色々と見て回っている。
商品は皆、鉄の籠に入れられていた。とはいえ、牢屋や獣を捕らえる無骨なデザインではない。どれも洗練されており、優美な曲線を描くだけでなく、花やリボンなどで飾られている。
が、それがまた気持ち悪さを助長させていた。
中に可憐で美しい女性がいるのならともかく、全裸の男が手足を縛られているとなると、悪い冗談にしか見えない。
しかも、誰もが下半身の逸物が目立つよう固定されている。
「うわぁ、可哀そうにランク付けされてんのか」
店員なのか、女性の呼び声がする。
「皮被り、半剥け、ズル剥けなどなど。見て来て触って確かめて。極太、極長、並み、小物。短小、極大、勢ぞろい」
実に楽しそうなリズムに乗って、店員は歌っていた。
下半身以外だと、顔にランクがあるようだ。
素顔を晒している男が美形なので、仮面付きは不細工。その中でも、上半分、目だけ、口半分など、仮面の隠せる範囲は豊富であった。
「逆に、全部覆われている奴の顔が気になるな」
「ですね。それでペドフィ君? お嬢さん? いつまでそんなところで立っているんです? 先に進みますよ」
『だ、そうだ』
『こんな街を私に歩かせるつもりですか?』
『あんたの身体だろう? それにきっと、勉強になるはずだ』
『そんなの学びたくありません!』
動こうとしない二人に向かって、サディールは突きつける。
「どちらでもいいですが、早くしないと先代に代わって貰いますよ? そうなると、容赦ない光景を見せられると思いますが?」
証するように、
「げっ! これか、サディールが言っていた奴は。うわっ、マジで尻に疑似男根を挿れて勃たせてやがる」
耳にするだけで悍ましい光景が説明され、
「おっおぉっっ! あぁぁーっっ!」
気分を害する野太い恍惚の声が聞こえてきた。
「……っく、うぅ~ペドフィ様の意地悪ぅ」
やっと、どちらが動かすか決まったようだ。
「はぁ。見たくないなら、私の腕に捕まっていてください。目を瞑ったままでは、転びますからね」
ネレイドは駆け足で、跳びつくようにサディールの腕にしがみ付いた。
「まったく。他のお嬢さんは平気で見て回っているというのに」
「嘘だぁ」
「本当ですって。ほら、あそこ。お嬢さんと同じくらいの娘たちがいますよ?」
恐る恐る、ネレイドは目を向けると本当だった。
「……なんで?」
四人ほどの少女が笑いながら、商品の男を指さして見ていた。それだけでなく、棒のような物を使ってつついている。
「興味があるからでは? この街で暮らしているということは、将来、そういうお仕事に就くつもりでしょうし」
甲高い声に引かれて後ろを見ると,自分よりも年少の娘たちがいた。物怖じした様子はなく、普通にはしゃいで見える。
「……信じたくない」
幼気に見える女の子たちはネレイドに気づいて、けらけらと笑い出した。
「おや、馬鹿にされているようですね」
「……別にいいもん。馬鹿にしたければ、すればいいんだ。私はずぇぇぇったいに見ないんだからぁっ!」
やれやれと肩を竦め、ネレイドを引きずるようにしてサディールは歩いていく。
「これでは、先が思いやられますね」