第69話 決戦前夜
文字数 4,480文字
それも前触れなくネレイドの頭上に現れ、
「っぶねぇなぁっ!」
「先代が煽るからですよ」
忙しなく、言い合いを始めた。
「馬鹿いえ。おまえが遊んでいるからだろうがっ! なにが勝負だ、ただの趣味じゃねぇかっ!」
「だからこそ、ですよ。あれはレヴァ・ワンではなく、サディストに対する挑戦でした。無視するわけにはいきません」
しかも、初っ端から食欲を無くしそうな話題。互いに察して、ネレイドとエリスは無言で食べる速度を上げる。
「それこそ無視しろよっ! それともおまえ、その蔑称が気に入ってんのか?」
「正直レイピスト――先代の子孫と呼ばれるよりは、気に入っています。現に、あちらの子孫も先代のことを酷く憎んでいたようですし」
鳥を丸ごと柔らかく煮込んだモノなので、急げば早く食べられる。畑で収穫できる野菜はすべて魔族たちに徴収されてなかったので、他の具材は野草のみ。
「知るかっ! そんなんあいつが陰気なだけだろ? 千年以上前のことをうじうじと言いやがって。自分らの無能さを血の所為にするなんて、オレの子孫ながら情けない」
「その血が迫害の始まりなのですから、仕方ないでしょう」
それでも、竜は満足だったようだ。
本来、食べ物を必要としないらしいが、人間の貢物――お酒をきっかけに覚えた楽しみとのこと。
「そのおかげでペドフィに殺されなかったんだから、むしろ感謝すべきだろ? それ以前に、オレがいなきゃ生まれてもいないんだぜ?」
「相変わらず、無茶苦茶な理屈ですね」
少女たちは手早く食事を終え、
「で、何があったんですか?」
ネレイドが頭の上で騒がしい二匹に尋ねる。
「アレサの偵察に行ったんだが、速攻でバレてな。しかも、あの男がいたんだ」
「お嬢さんの憎っくき仇でもある男ですよ。二つあるモノを一つにして、獣の脚を与えた――」
「本当ですか? 良かったぁ。まだ、ちゃんと生きてたんだ」
ネレイドは自分でも驚くくらい、冷静でいられた。怒りも憎悪もない。むしろ、高揚さえしている。
「えぇ、それも奇麗な人間の姿に戻っていました。どうやら、あちらにいる先代の子孫――リビ・ジョニスという方に治して貰ったそうで」
「じゃぁ、私が殺してもいいんですよね?」
鈴の音を鳴らす子供のよう楽し気に言われ、エリスは目を見張る。
「五体満足で抵抗する相手なら――私に向かってくるのであれば、止める理由はないですよね?」
ネレイドは睨むように確認する。
以前、無抵抗の相手を殺すにはまだ早いと言ったのはサディールだった。
「えぇ、お嬢さんのご自由にどうぞ。たとえ無抵抗で命乞いをしようと、もうあの男に用はないので殺してくださって結構です。それに五体満足以上ですので、遠慮はいりません」
「うん、わかった。殺す。あいつは絶対に私が殺しますから、手を出さないでくださいね――レイピスト様も」
ネレイドは初代にまで忠告して、
「で、お話の続きはなんでしたっけ? あの男がレイピスト様の子孫を自称する魔族に治して貰って……」
いつもの調子に戻った。
「あぁ。それをこの馬鹿が自分に対する挑戦とか言いやがって、その場でおっぱじめやがったんだ」
責めるように初代は吐き捨てた。
「どうしてあげたんですか?」
一方、ネレイドは弾んだ声で訊き、
「今度はできるだけ増やしてあげました。中指から縦に半分――肘のちょっと上くらいまで切れ目を入れて腕を二本に。また他の指も半分にして二十本に。脚も腕と同じようにして――」
サディールは自慢する子供みたいな早口で答えた。
「あぁ~、それで五体満足以上なんですね」
「……」
正直、エリスにはもうついていけなかった。思いたくないのに、鬼畜の末裔という言葉が頭をよぎってしまう。
「でも、失敗でした。それに時間がかかって、顔のほうは口を耳の辺りまで裂いただけ。なんとも、中途半端に終わってしまったのです」
「あいつらは一枚目の壁を超えた草原地帯で、魔物を放し飼いにしてやがったんだ」
「魔族と魔物は協力しないのではなかったのか?」
これ幸いにと、エリスは食いついた。
「だから、
放し飼い
だ。実際、魔族も襲われていたらかな」「それほどの魔物を、いったいどうやって?」
エリスは質問するも、
「知るか」
初代は吐き捨てた。
「それはオレが訊きたい」
そうして、竜に目をやる。
「聖なるモノが魔に堕ちるきっかけの一つに、同胞殺しがある。正確には、神の定めし
察し、竜が答える。
「汝らの話から推測するに、おそらく、その草原地帯とやらが一種の世界を模しているのであろう。そこに幾多な生物を住まわせることで、様々な意味で強い個体が生き残る」
「なるほど。確かに、狭い範囲なら意図的に魔境へと堕とすことはできるな。しかも、あそこは壁で区画が分かれているから、やりやすい。けど、短時間で普通の動植物を魔物に変えられるのか?」
「魔族がいるのであろう? なら、
「だそうだ。
初代の当てつけに対して、
「……っ」
エリスは黙るしかなかった。
「そうなりますと、サンドラに応援を求めるのも無理ですかね? それとも、先代なら王国騎士団を動かせますか?」
サディールが幾つか提案するも、
「王家を追放され、教会に処刑されたオレの名前なんて出したら逆効果だっつーの」
「神帝懲罰機関も、水鏡の観測者の指示がない限り持ち場を離れることはない」
初代とエリスがそれぞれ否定。
「ちなみに、マテリアさんと連絡は取れますか?」
サディールに促され、
「やってみよう」
エリスは交信を試すも、
「……駄目だ」
繋がらなかった。
「何者かの妨害ですか?」
「いや、我の所為であろう。その円盤は
「つまり、今のエリスさんにはあなたの魔力が混じっているから使えないと?」
「左様」
答えが示されるも、エリスはそれどころではなかった。
このままでは定時連絡も急な連絡も出せないし、受け取ることもできやしない。これでは自分の身に何かあったか、裏切りを疑われてしまう。
「だったら手段は三つだな」
飽きて来たのか、初代が面倒くさそうに並べ立てる。
「オレたちだけで攻めるか、サンドラまで行ってどうにか説得するか、
魔族のふりしてサンドラを攻撃する
か」「えーと、最後のはどういう意味ですか?」
誰もが疑問に思った中、真っ先にネレイドが訊く。意見が錯綜している時は静かなのに、決定の段階になると誰よりも早かった。
「いま膠着状態に陥ってんのは魔族側が優勢で動かず、教会・王国側はレヴァ・ワンの応援を待っている状況だからだ。更にいえば、城塞の防衛レベルの違いだな。勝機がないのにアレサを攻めるのは無謀過ぎる」
「それじゃ、サンドラをいくら攻撃しても出てこないんじゃ?」
「無謀でもやらなきゃならない時はある。王国・教会側としては、絶対にサンドラを明け渡すわけにはいかないんだ。アレサとサンドラと同じように、サンドラとクリノの間にも防衛レベルに大きな差があるからな」
「引けないから、勝ち目がなくても戦う?」
理解が追いつかず、ネレイドは首を捻る。
「早い話が、攻撃をしてこない相手は舐められるんだよ。もし防衛に絶対の自信があるならそれでも構わないが、サンドラはそうじゃない。敵を調子に乗せない為にも、攻められたら攻め返さなければならない」
たとえ、なんの成果を上げられないとわかっていても、それで死ぬとわかっていても――
「勝てなくても……?」
「あぁ。騎士ってのは、味方が負けなければそれでいいんだ」
少女にはよくわからない理屈と感情であった。
「逆に、英雄としてのレヴァ・ワンは勝たなくちゃならない。絶対の勝利があるからこそ、オレたちは許されている」
「……それはわかるかも」
これまで、自分みたいな田舎娘を大人たちが敬ってくれたのは、魔族たちに勝利したからに他ならない。
「今回も、私たちだけで勝てないんですか?」
そして、それこそが自分の存在意義だった。
「今までみたいな圧勝は無理だ。街や中にいるであろう人質の被害を無視していいなら、話は別だがな」
ネレイドは首を横に振る。それは駄目だ。力を持ちながらも、守りたかった者すら守れなかった自分だからこそ――せめて、守れるモノは守りたい。
「全部が無理なのはわかっているけど、最初から切り捨てるのだけは嫌です。どうせ命の危険に陥ったら、そんな余裕もなくなるってわかってる。でも、それまでは守りたい」
「最初から切り捨てといたほうが、沢山救えるとしてもか?」
「はい。そういうのは、私には向いていません。それにどっちを選んでも、後悔せずにはいられないと思うから――」
ネレイドは気まずそうに言う。
「できるだけ、傷が少ないほうがいいかなーって」
自分の気持ちを無視して結果を求めた挙句、失敗したら目も当てられない。
「そうか、ならわかった。オレは嬢ちゃんに従う」
初代はあっさりと自分の意見を捨てた。
「わたしも異論はありません。それに初代レイピストのふざけた提案よりは、よっぽどマシだと思います」
続いてエリスが応え、
「自由を与えてくれた感謝と敬意を表して、我も可憐なる赤髪のネレイドに従おう」
竜も続いた。
「ありがとうエリス、竜さん」
そうして、ネレイドは最後の一匹を見る。
「一つだけ条件があります」
皆に注目されながらも、サディールは即答を避けた。
「先代でもお嬢さんでもいいので、ペドフィ君を起こしてください。お嬢さんの身を守る為には、必ず彼の協力も必要です」
「はい、わかりました。頑張ってみます」
「アレサにつけば、嫌でも心変わりするんじゃねぇか? あいつが生きていた時代のまんま残ってたからな」
ネレイドはさっそく、頭の中で声をかけるも返事はなかった。
それでも気にせず、気持ちを送り続ける。
『お願いします、ペドフィ様。一緒に戦ってください、私を守ってください。そして、もう一度――世界を救ってください』