第七十五段 洗濯物
文字数 609文字
業平くんが突然言う。
「伊勢に行って、井筒といっしょに暮らしたい」
「旅行じゃなくて?」
「うん」
「伊勢がいいの?」
「うん」
「井筒に会えて、楽しかったから」と言う。
何かあったね。
何があったのかな。
「井筒だけいてくれたらいいから」と言う。
確定だ。また何か嫌なめに遭わされたのだ。
待っているのに、何も言わない。
「洗濯物、ありがとうね」私は話題を変えてみた。
「うん」
今日彼は私が帰宅する前に来ていて、洗濯物をとりこんで、たたんでおいてくれたのだ。
在原業平に洗濯物をたたませる女。
世間に知れたら私は確実に、彼のファンにとり囲まれて撲殺されるだろう。
「たたむの好きだから」と言う。
「ありがとう」
「たたみに来た」と言う。
「雨降ってきたから?」
小雨が降りだしていた。それでいそいで来てくれたの? 私の撲殺ますます確定じゃないか。
「も、あるけど」と彼。
「あのね」と彼。
「どした?」と私。
「あの」
「うん?」
何を告白しようと言うのだ。
「ときどき、井筒のいないときにね」
「うん」
「その」赤くなっている。
どもりながら前後する話を整理してみると、
どうやら私のいない留守に、私の洗濯物を枕にして、お昼寝するのが好きらしい。
は?
は??
「本物いるじゃない、あたし。あたしを枕にしてくれればいいじゃない」
「それは別」
「そういうものなの?」
「そういうもの」
奥が深いぞ、在原業平。
深すぎてさっぱりわからん。