第百十九段(後半) 形見こそ(つづき)
文字数 1,288文字
まつとし聞かば いま帰り来む
別れて
その因幡の山の峰に生えている松ではないけれど、
きみが私を待っていると聞いたら、すぐ帰ってくるよ。
百人一首にも入っている、中納言行平さまの歌だ。
「たち別れいなば」(発っていけば)と「いなばの山」、「松」と「待つ」が
ってそんなことより、待ってるに決まってるでしょうが! なにそれ「すぐ帰ってくるよ」って、行かなきゃいいじゃない!
ん? いや、待って。それより、
須磨@兵庫県からなぜ因幡@鳥取県に行くのだ。都に帰るんじゃなかったのか。
これ。
松風さんのために詠んだ歌じゃないね。
そう、じつはこの歌、行平さんが因幡に単身赴任するときに、都に残る奥さまに贈った歌だったのだ。がーん。
なんと劇中の松風村雨姉妹もそれにはちゃんと気がついていて、あの至高の悲劇のさいちゅうに
「『まつとし聞かば』って言ってくださったけどあれ因幡の松だからね。ここ須磨だし」
「そだねー」
としっかりセルフ突っこみをかましている。
こういうところなあなあにできないのが世阿弥さんの性格を物語っている。
まあ、この歌あまりに有名になりすぎてしまって、いまでは迷い猫が戻ってくるおまじないとして使われてたりするんだから、もはや「国民的愛唱歌」のレベルだ。
どんなおまじないかって、数パターンあるみたいだけど、私が知ってるのは
「にゃんこのごはんのお皿を伏せ、その上にこの歌を書いた紙を貼っておく」
というのです。なんか効きそうー。
「けっきょく行平さん、観に来てなかったね」
リハーサル観劇の帰り道、まだ目を赤くして鼻すんすんしながら私が訊くと、
「いや、来てたはず」と業平くんが言う。「客席のどこかにいたんじゃないかな」
「うそ。ほんと?」
「おれだってそうするよ」にっこりされた。「井筒が主役の舞台なんかあったら、ひとりで隠れてどこかからこっそり観る」
「えーまん中で観てくれないの」
「いやだ。はずかしい」
「何がはずかしいのよ」
「いろいろ」
何言ってんだか。
「あたしが主役の舞台? あはは、ないない。こーんな地味な女」
「井筒は可愛いよ。めちゃくちゃ」
「そんなこと言ってくれるの業平くんだけだよー」
「おれが言ってるのに信じないの」
「ありがと。でもね、あたしなんて松も桜も似合わないから。せいぜいススキってとこ?」
「おれススキすすきだよ。あっと噛んだ。
「あははは」
うん、じつは私も薄、好きだ。
風になびいて光るところがいい。
穂になったばかりでつやつやとあかがね色のも、綿毛みたいにぽわぽわ開いてホワイトゴールドに輝くのも、どれも好き。子どもの頃から好き。
自由な感じがする。
まあ、ともあれ、私が主役のおはなしなんて、まちがいなく松風さんみたいな悲劇にはならないね。ぜったいぽてちんとしたのになっちゃうな。ふふ。
「何笑ってるの」と業平くん。
「なんでもない」と私。「ね、しりとりしよっか」
「いいよ。井筒からどうぞ」
「じゃ、ススキ」
「キス」
「やめてやめて、人が見てる」