第二十四段 ジレ
文字数 681文字
当日、行く前にうちに寄ってくれた。
とくに意味はない。三つ揃え姿を見せに来てくれただけだ。
「やだ。素敵」
ベッドに倒れてもだえる私を、困ったような顔で見下ろしている。照れてるのだ。
「上着脱いで脱いで」
ワイシャツにジレ(ベスト)。この組み合わせに私はいちばん弱い。「ああん、もうやだ」と顔を覆ってベッドでごろごろする。
ひとしきりころがって起き、
「はい、じゃあいってらっしゃい。楽しんできてね」
と言ったら、黙ってジレのボタンを外しはじめた。
「何してるの。遅れるよ?」
「時間ある」ワイシャツのボタンも外している。「そう思って早めに来た」
「はあ?!」
「一回だけ」
「ちょ、待って、帰ってきてからにしたら」
「一回だけ」
攻められながら、なんとなく勘で、
(花嫁が元カノなのね)
と思う。
帰りには、寄ってくれなかった。
「疲れたからまっすぐ帰るね。ごめん」
とメッセージが来た。
「うん。お疲れさま」
返事を指でとんとん打ちながら、お疲れさまも変かな、と一人苦笑した。
ところが、本当にお疲れさまだったのだ。
また有常くん談になるが、披露宴がお開きになって会場の出口に新郎新婦が立ち、一人一人にあいさつしながら送り出すというあの時間になった。
業平くんがにっこりして、新婦に
「おめでとう。お幸せに」
と言ったら、数秒の間があって——
花嫁、大泣きを始めてしまったらしいのだ。
「ほんとお騒がせなやつ」
有常くんのメッセージに大量の笑いマークがついている。
「あいつのせいじゃないけどな」
うん、私もそう思う。業平くんのせいじゃない。
ジレのせいだ。