第四段 くっつく ※ちょいエロ
文字数 548文字
と業平くんが言う。
「そう?」
「いい」
きっぱり言う。
力をこめて、というような、無理をした感じがひとつもない。
才能だ。天賦の才。
もっと早く出逢いたかった——
とは、言わない。
おたがい、暗黙の約束のようなものができている。
言ってもしかたのないことだ。だから言わない。
一度だけ、私が泣いたことがある。何と言って泣いたのか思い出せないが、とにかく泣いた。
私も今よりは若かったのだ。まだあきらめきれない未来と、くやしい過去があった。
別れるなら、あのときだったと思う。
業平くんは黙っていた。黙って、じっとしていた。
しばらくして、もぞもぞ動きだした。
「何?」と訊くと、
「くっつく」と言う。
もう一度、私の胸をていねいになめだした。
母猫が子猫をなめてきれいにしてやるように、いっしんになめている。
なめながらまた言っている。
「くっつく」
もう笑ってしまって、その話は終わりになった。あれ以来、二度としていない。
ずるいと思うのに、憎めない。
まだ彼に会っていなかった時間、他の男と過ごしていた時間もすべて、彼のものだったことにしてしまおう。彼に出会うまでのカウントダウンだったと。
あとは、そのうち私が死ぬとき、彼の女として死ねばいいだけだ。
それだけの話だ。