第五十段 さつま揚げ
文字数 769文字
と業平くんが言う。
キッチンの隅に置かれたペットボトルのことだ。
めざとい。
私はめったに、ペットボトル入りのお茶は買わないものだから。
「あ、それね」と私。
ときどき通っているリラクゼーションサロンというか、整体マッサージのお店があるのだけど、そこでの担当の整体師さん、
「ペットボトルなんですけど」と賀陽くん(仮名)。「台湾の烏龍茶に金木犀の香りがつけてあって。最近はまってるんです」
「わあ素敵」と背中を押されながら私。「どこで買えるの?」
「ふつうにコンビニで買えますよ」
「じゃあ帰りに買ってみます。ありがとう」
賀陽くんは私よりはるかに年下の、もの静かな好青年だ。
「ふーん」と業平くん。「おいしかった?」
「うん、初めて飲む味だったけど」と私。「金木犀の香りがよかった」
「ふーん」
「何?」
「べつに」
その後、食事のあいだも、ずっと無口だ。
よく聞くと、お鍋をつつきながらぶつぶつ言っている。
「……のくせに」
「え、何?」と私。
「何でもない。
さつま揚げのくせに、なまいきだって言ったの」
はい?
「ふっ」と鼻で笑う。「一枚増量?
気の利いたことをしたつもりかもしれないけど。
誰も頼んでないよ。
増量してくれなんて」
すでに私は笑いが止まらない。
「賀陽くんとは何でもないからね? あたりまえでしょ。彼から見たら私なんてただのおばさんよ」
「ナントカくんの話なんかしてない」と業平くん。「さつま揚げの話」
「さつま揚げに当たるのやめなよ」
「こうしてやる」
箸でお鍋に沈めている。ぐいぐい。
「ざまあ見ろ。思い知ったか、このさつま揚げが!」
私は息を吸うあいだも笑って、呼吸困難になりかけた。
あのねえ、あなたさまはいつも何十枚ものさつま揚げに囲まれていらっしゃるんじゃないんでしょうか?
訊いちゃうよ。